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神話の適合者《アダプターズ》 ――伝説の神を宿す――  作者: 渡部安恵


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プロローグ 相模湊《相模みなと》

第一話:太陽を宿した夜



 僕、相模湊さがみみなとは、弟のれんくんに連れられて、いつものようにダンジョンへ来ていました。


 ひんやりとした空気が漂う迷宮の通路。

 松明の光が揺れる中、前を歩く弟の後ろ姿は、中学二年生とは思えないほど頼もしく見えます。


「……いいか兄貴。ダンジョンは弱肉強食の世界なんだ。今は僕が守るけど、いつか『いじめ』とかに遭わないためにも、最低限の自衛能力はつけてもらわないと。……いい?相手がモンスターだろうが人間だろうが舐められたら終わりなんだからね」

「蓮くん、心配しすぎだよ。僕は毎日、美味しいお料理を作ってみんなと笑って、たまに綻びたお洋服を繕ったりできればそれだけで十分幸せなんだけどな……」


 蓮くんは最近、なんだかすごく「力」にこだわっています。

 時々、遠い目をして「フラグが……」とか「レベリングが……」なんて難しいことを呟いているけれど、僕にはよくわかりません。

 でも、そうやって一生懸命に僕のことを心配してくれているのは伝わるので、僕は「はいはい」と笑って、少しだけ歩幅を早めてついていくことにしました。



 探索は順調でした。蓮くんの完璧なリードのおかげで、僕たちは危なげなくボス部屋の前に到着しました。


「よし、兄貴。扉の向こうがボスだ。最終確認をするよ。僕がヘイトを稼ぐから、兄貴は僕が教えた支援魔術の詠唱準備を……って、兄貴?聞いてる?」


 蓮くんの声が、急に遠くなった気がしました。

 代わりに、僕の心に直接届いたのは、冷たい壁の奥から漏れ出す、震えるような「声」。


(……え?なんだろう、この泣き出しそうな魔力)


 それは、深い闇の底に一人ぼっちで取り残された子供が、膝を抱えてすすり泣いているような――胸を締め付けられるほど、切なくて「寂しい」感覚でした。


「兄貴?どこ行くんだよ、そっちは行き止まり――」


 蓮くんの焦った声を無視して、僕は呼ばれるように部屋の隅の壁へと歩み寄りました。

 僕の手が冷たい石の壁に触れた瞬間、景色が歪みました。

 現れたのは、何百年も誰の手にも触れられていなかったような、古い「ゆりかご」を思わせる不思議な祭壇。


 その中心で、闇を切り裂くように朱金あかときの燐光を放つ宝玉が静かに明滅していました。


(……よしよし。もう、大丈夫だよ)


 言葉にはならない愛おしさが込み上げてきました。

 ただ「抱きしめてあげたい」という一心で、僕はその宝玉へと手を伸ばしました。

 指先が光に触れた瞬間、朱金の輝きが溢れ出し、冷え切っていた祭壇の周囲を春の陽だまりのような熱が包み込みます。


「……あ、温かい……」


 宝玉は、まるでお母さんの胸に飛び込む子供のように、僕の胸元に吸い込まれていきました。

 力強く、でもどこか安心するような拍動が、僕の心臓と重なります。


 気づけば、目の前の神殿は幻だったかのように姿を消し、そこには元の、何の変哲もないダンジョンの壁だけが残っていました。


「兄貴!!ったく、急にふらふら歩き出して……。何してたんだよ、壁なんて見つめて」


 後ろから駆け寄ってきた蓮くんが、僕の肩を掴んで心配そうに覗き込んできました。

 僕は、胸の奥に残る熱い感触を確かめながら少し戸惑いました。

 今起きたことを正直に話しても、蓮くんをさらに心配させてしまうだけな気がして。


「……ごめんね、蓮くん。ちょっと、どうやってボスを攻めようか考えていただけだよ。大丈夫、準備はできてるから」

「……それならいいけど。集中してよ?僕、兄貴に怪我させたら、お袋に顔向けできないんだからさ」


 蓮くんはまだ少し不審げでしたが、すぐに前を向き直して剣を構えました。

 僕の胸の奥で、吸い込まれた朱金の光が、とくん、と優しく跳ねた気がしました。



 ボスが光の粒子となって消えていく中、僕は剣の鞘を鳴らして納刀した蓮くんの背中を見つめていました。


「ふぅ……。圧勝だね兄貴!それにしても、さっきのバフ凄かったよ。タイミングが完璧だった!……ていうか、ちょっと凄すぎない?魔力の出力がいつもの1.5倍はあったっていうか……」

「そうかな?蓮くんの教え方が良かったからだよ、きっと」


 僕ははぐらかすように笑いました。でも、自分の手のひらを見つめると、まだ微かに朱金あかときの余熱が残っているような気がします。まるで、背中から誰かが「もっとこうするのよ!」と手を添えて、魔法の軌道を優しく修正してくれたような……。


(……気のせいだよね、たぶん)

「……ま、いいか。無傷でクリアできたなら、それが一番だしね。それじゃあ兄貴、換金しに行こう!」


 ダンジョンを出た僕たちはギルドの窓口に向かいました。蓮くんが慣れた手つきで魔石を差し出し、今日の報酬を受け取ります。


「よしよし、今日はレアな素材も落ちたし、かなりの額になったぞ。……あ、兄貴!ほら、今日の分け前。これで新しいエプロンでも買いなよ」

「えっ、こんなに?僕は後ろにいただけなのに……」

「何言ってんだよ。兄貴の支援がなきゃ、僕だって危なかったんだから。これは正当な報酬!拒否権なし!」


 ぐい、と財布を押し付けられ、僕は苦笑いするしかありませんでした。弟に養われているみたいで少し恥ずかしいけれど、蓮くんの誇らしげな顔を見ると無下に断るのも悪い気がします。


「ありがとう、蓮くん。じゃあ……このお金で、みんなにお土産を買って帰ろうか」

「おっ、賛成!じゃあ、駅前のパティスリー・ソレイユに行っちゃう?あそこの新作タルト気になってたんだ!」



 僕たちが向かったのは、地元で人気の洋菓子店『パティスリー・ソレイユ』。夕暮れ時なのに店内には、焼きたてのスポンジと甘いクリームの香りが幸せそうに漂っていました。


「うわぁ……どれも美味しそうで迷っちゃうね」

「兄貴、何言ってるんだ。迷った時は『全部買い』が探索者の特権だろ?」

「だめだよ。お母さんがせっかく夜ご飯作って待っててくれてるんだから、一つずつ、ね」


 ショーケースを覗き込みながら僕は家族の好みを思い出します。

 お父さんは甘さ控えめのモンブラン。お母さんはフルーツたっぷりのタルト。


「蓮くんは何にする?チョコケーキかな?」

「僕は……そうだな、その期間限定の『太陽のオレンジムース』にしようかな。なんか今日の兄貴の魔法みたいで、縁起が良そうだし」


 蓮くんはそう言って笑いましたが、その瞬間、僕の胸にピリッと跳ねました。それと同時に、なぜか僕の喉が「ごくり」と鳴ります。……僕、今日はそんなに甘いものを食べたかったのかな?


「兄貴?どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。……あ、あそこの焼き菓子セットも買っていこうか。お父さんの晩酌のおつまみにもなりそうだし」


 山ほどのお土産を抱えて店を出ると、街はオレンジ色の綺麗な夕焼けに染まっていました。


「……あ、蓮くん見て。今日の夕日はすごく赤いね」

「本当だ。……なんか燃えてるみたいだ」


 二人で並んで歩く影が長く伸びていきます。

 お土産の袋から漂う甘い香りと夕暮れの穏やかな風。

 

「早く帰ろう。お母さんのハンバーグ、冷めちゃうといけないから」

「了解、競争しようぜ兄貴!」


 走り出した蓮くんを追いかけながら、僕は心の中で、今日拾ったあの宝珠のことに、もう一度だけ想いを馳せました。

 あんなに寂しそうだった光は、今は僕の胸の中で、お土産のケーキよりもずっと温かく、静かに眠っているようでした。


 家に着けば、キッチンからお母さんの優しい声が響いています。


「湊、お帰りなさい。今日は蓮にこっぴどく鍛えられたんじゃない?」

「ただいま、お母さん。ううん、蓮くんが守ってくれたから大丈夫だったよ。夜ご飯の準備を手伝うね」


 お父さんも仕事から帰り、賑やかな食卓にお土産のケーキを並べて。

 相模家のリビングは、いつも通りの、温かくて平凡な幸せに満ちていました。

 胸の奥に、「魔神」という名の寂しがり屋な太陽が入り込んだことなど、まだ誰も知る由もありませんでした。




みなとの肉じゃがは、本当にお出汁の加減が最高ね」

「ふふ、お母さんに褒められると自信がついちゃうな」


 お父さんも帰宅し、一家だんらんの幸せな夕食。

 けれど、その幸せな時間のあとに、僕の「日常」は音を立てて形を変えました。


 一番風呂を頂こうと脱衣所で服を脱いだ時、鏡を見て息を呑みました。

 胸元に、見たこともない「紋章」が刻まれていたんです。


『……ふぁあ。やっと起きたわ。……って、ちょっと、どういう状況!?なんで男が私の「あるじ」になってるのよ!アナタ、説明しなさい!』


「……えっ?だ、誰ですか?」


 頭の中に響く声は、高飛車な口調だけど、どこか震えている少女のようにも感じる女性の声。

 彼女は『ラーナ』と名乗り、文句を言い募りますが……不思議と怖くはありません。だって、彼女の言葉の裏から、あの祭壇で感じた「震えるほどの寂しさ」が、そのまま流れてきたから。


「事情はわからないけど……。ラーナちゃん、だよね?ずっと一人で寂しかったんだね。……うん。僕でよければお話しの相手になるよ。よろしくね」


 僕が微笑んでそう答えた、次の瞬間でした。


「――っ!?」


 視界が朱金あかときの光に染まりました。

 体が熱い。筋肉が、骨格が、爆発的なエネルギーで再構築されていく感覚。

 パァン!!と、着ていた下着やシャツが耐えきれずに弾け飛び――。


「な、何事だッ!?」

「湊!?大丈夫なの!?」

「兄貴、今すごい光が……ッ!!」


 光の爆発に驚いた家族が、お風呂場になだれ込んできました。

 そこに立っていたのは、湊《僕》ではありません。


 陽光を反射する褐色の肌、暴力的なまでの曲線美。

 極薄のシルクに黄金の装飾品をジャラジャラと鳴らす、「絶世の魔神ラーナ」の姿をした――中身は困り顔の僕でした。


「あ、あの……みんな、お騒がせしてごめんなさい……?」


 静寂。

 最初に動いたのはお父さんでした。


「……お、おお。なんと美しい……。いや、誰だこの美人は!まさか不法侵入……ぐはっ!?」

「貴方は黙ってなさい(バコォォン!)。……あら、この感じ。口調も雰囲気も湊じゃない。そうね、湊なのね?」


 お母さんは、さすが元お弁当屋さんの肝っ玉です。

「女の子が欲しかったから丁度いいわ!」と、謎の納得で拳を握っています。


 けれど……。

 一番深刻だったのは、蓮くんでした。


「……あ……うあ……」


 蓮くんは、僕の……いえ、ラーナちゃんの姿を凝視したまま、石のように固まっていました。瞬き一つしません。

 その瞳には、前世で培った「オタクの審美眼」と、今世の「兄への敬愛」が、超新星爆発を起こしているのが見て取れました。


「蓮くん?大丈夫?顔が怖いよ?」


 心配して一歩近づくと、僕の動きに合わせて黄金の鎖がジャラリ……と、この世のものとは思えないほど贅沢な音を立てました。

 その瞬間、蓮くんの鼻から鮮血がひと筋、ツーッと静かに垂れ落ちました。


「(……褐色の、女神……。透けるシルクの隙間、……中身は、大好きな、兄貴……。……ダメだ、これは世界が壊れる禁忌タブーだ。兄貴で、褐色で、URで……。いや待て、兄貴なんだぞ!?俺は、俺は……っ!!)」


 ぶつぶつと呪文のような独り言を漏らしながら、蓮くんの脳内は明らかにオーバーヒートして煙を吹いていました。


『ちょ、ちょっと待ちなさいよこのガキ……なによ、失礼ね!私に見惚れるのは当然だけど、鼻血垂らしながら凝視するなんて無礼千万でしょ!……こ、コホン!控えよ小童、我の神々しさに気圧されるのは理解できるが、あまりに卑俗な姿であるぞ!』


 僕の脳内でラーナちゃんが顔を真っ赤にして怒っていますが、僕は確信しました。

 ……明日からの相模家は、今日までよりも、ずっとずっと賑やかで……そして蓮くんの理性が少し心配な日々になりそうです。

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