第3話 敦賀に舞い降りた九頭竜
「……ちっ、お役所仕事ってのはこれだから」
枚方ダンジョンの検問所は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
現場の救難部隊を完璧に撒いて、お忍びの女性探索者のフリをしてゲートを抜けようとした。……はずだった。なのに、どうしてこうなった。
「……申し訳ありませんが、こちらの魔力測定器が振り切れてしまいまして。精密検査のため別室へ移動をお願いします」
武装した自衛官たちに囲まれ、なかば連行される形で医務室へと押し込まれた。
バレたら終わりだ。心臓がバックバク鳴っている。
だが、ギルドが誇る最新鋭の魔導診断機が出した結果は、俺の予想の斜め上を行くものだった。
「……信じられん。異常、なしだと?」
診断書を二度見、三度見する医師の手が震えている。
測定された魔力値は、最前線の精鋭自衛官を遥かに凌駕する「測定不能」の数値。だがその波長は極めて自然で、邪法や寄生の痕跡など一切ないという。
「なるほど、固有能力による『変身』の類ですか。身分証がなくとも、登録データの『九頭竜誠司・19歳・男性』と魔力波長が完全に一致していなければ、別人のなりすましを疑うところでしたよ。現代ダンジョンにおいて、能力発現に伴う一時的な性別転換は極めて稀ですが前例のないことではない。九頭竜さん、おめでとう。魂との結合も健康、非の打ち所がないほど完璧な若い女性の体ですよ」
太鼓判を押す医師の横で、立ち会っていた自衛隊の広報官が、目を血走らせて身を乗り出してきた。
「君ぃ!君ほどの逸材を民間に置いておくのは損失だ!どうだい、自衛官を目指してみないか?君ほどの才能ならエースとして活躍できるぞ。給与については上に交渉して精鋭クラスの基本給から始まるようにしてもいい!」
「いやぁ、あはは……。自分、そういうカチッとしたのは向いてないんで。のんびり自由にやるのが一番かな~って……」
しどろもどろで勧誘を断り、なんとか解放された俺は、検問所の隅で大きく息を吐き出した。
「女性として完璧」なんて診断、誰が信じるかっての。俺は九頭竜誠司、19歳。独身。彼女無し。中身は筋金入りのクズ男だぞ。
「……ふぅ、散々な目に遭ったぜ。装備も、お宝も、全部パーじゃねぇか……」
ボロボロの毛布を肩にかけ、自分の「女の体」への違和感と空腹に毒づいていると、背後からトテトテと足音が響いた。
「あの!お……お姉様!」
振り向くと、保護されていたあの少女が立っていた。彼女は俺の、いや「セレナリア」としての姿をまじまじと見つめ、何かを確信したように、いたずらっぽく微笑んだ。
「助けてくれて、本当にありがとうございました。……お兄さんがその姿のこと、二人だけの秘密にしておきますね?」
……バレてる。完全にバレてる。口調と声のギャップで察せられたか。
俺は気まずさに鼻をこすり、「……おう。お姉さんの紹介、忘れるなよ」とだけ返した。
少女のパーティーメンバーたちに拝まれ、自衛隊には「惜しい逸材だ」と未練がましく見送られながら、俺は逃げるように枚方ダンジョンを後にした。
「……。まぁ、たまには、こういうのも悪くねぇな」
夜空に浮かぶ月を見上げ、独り言ちる。
誰にも見られないよう、人気のない場所から再び光の翼を展開した。敦賀までの夜間飛行だ。風が肌に心地いい。
――数十分後。
深夜の敦賀。愛着のあるボロアパート前の路上に降り立った瞬間、その時は来た。
ピキィィィィン、と背中に走る強烈な悪寒。
「あ、やべ……時間切、れ……っ!?」
身体から光が立ち上り、神々しい魔力が霧散する。同時に、魔力で編み上げていた偽装の私服も、跡形もなく空気中に溶けて消え去った。
月光に照らし出されたのは、銀髪の女神ではなく、一糸まとわぬ姿で路上に突っ立っている本来の姿――九頭竜誠司だった。
「……さっむ!!っていうか、元々着てた自分の服も部屋の鍵も、最初の変身のとき塵になって消えてたんだったわァァァァ!!」
全裸。深夜のアパートの前。バックレるための服もなければ、逃げ込む部屋の鍵もない。最悪の詰み状況だった。
たまたま窓の外を見ていた住人が、素っ裸で立っている変質者を発見し、絶叫した。
「……キャァァァァァァ!変質者ぁぁぁ!!」
「違う!誤解だ!俺はさっきまで人類の希望だったんだよ!!」
ウゥゥゥゥゥゥーーーーン!!
遠くから響いてくる、パトカーのサイレンと赤色灯の反射。
「……クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!待て!待ってください旦那!事情があるんです!!誰か服を!せめてパンツをぉぉぉ!!」
俺は股間を必死に隠しながら、夜の敦賀を全速力で駆け抜けた。
「伝説の女神」の降臨からわずか数時間。俺は、警察との全力鬼ごっこでその幕を開けた。
(おい!セレナリア!これどうにかしろよ!さっきの神の力で、せめてトランクスの一枚くらい錬成してくれ!)
『……私の権能にそういったものはありません。それに、今の私は、まだ能力が半分も復活していません。全ての力を使い果たした「枯渇状態」なのです』
(枯渇だぁ!?あんなに景気良くビームだの翼だの出してたじゃねーか!)
『貴方と融合するまで魂が朽ちる寸前だったのです。さきほどの戦闘で私の魔力は完全に底を突きました。再びあの姿へ変身できるようになるまで、およそ24時間はかかるでしょう』
(に、にじゅうよじかん……!?)
『左様です。ですから、その「お巡りさん」から逃げ切れるかどうかは、貴方自身にかかっています。……頑張りなさい、私の器よ』
(頑張れるかよ!警察の持久力なめんな!っていうか、せめて消える前に「あと5分で全裸になります」って予告しろよ!)
『善処します。……それでは、私は回復のために眠りにつきますね』
「止まりなさい!そこの君!止まらないと公然わいせつ……いや、もう手遅れだがとにかく止まれ!」
「止まれるかぁぁぁ!!俺には!24時間の!リキャストタイムがあるんだよぉぉぉ!!」
背後で鳴り響くサイレン。脳内でスヤスヤと眠りにつく女神。
俺は涙目で、深夜の国道を、文字通り「裸一貫」で駆け抜けたのだった。




