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神話の適合者《アダプターズ》 ――伝説の神を宿す――  作者: 渡部安恵


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第2話 黄金の夜明け、迷宮の盾

 ゴールデンウィークもいよいよ最終日。

 この数日間、僕たちは本当に「順調」という言葉がぴったりな日々を過ごしていました。

 和菓子屋さんのような不意の変身事故も一度もなく、心の中のラーナちゃんと賑やかな対話を楽しみながら、少しずつダンジョンの奥深くへと歩みを進めてきたのです。


 けれど、迷宮の神様は最後に「試練」を用意していたようでした。


「いいか兄貴、今日は11層。無理は禁物だ。あくまで昨日の復習のつもりで行くぞ」

「うん、わかったよれんくん」


 11層のボス部屋前。待機列に並んでいた時でした。突如としてボス部屋の中から「ギギィィッ!」という、鼓膜を突き刺すような咆哮が響き渡りました。直後、僕たちの携帯端末に緊急信号エマージェンシーコールが鳴り響きます。


「イレギュラーだ!あのパーティー、ロード級を引き当てやがったぞ!」


 迷宮の鉄則は「救援要請には即応」。

 若手、中堅、ベテラン。僕と蓮くんを合わせて計16人の即席混成部隊による戦闘が始まりました。ですが、扉の向こうに広がっていたのは地獄絵図だったのです。


「ザコ召喚が止まらねぇ……っ!なんだよこの数は!」


 ゴブリンロードの指揮の下、重装ナイトや狼に跨るライダーたちが完璧な陣形を組み、先行していた若手たちを包囲しています。


「蓮くん、みんなにバフを配るよ!――『太陽の祝福を、彼らの盾に』!」


 僕が魔力を練り上げると、ラーナちゃんの力が黄金の粒子となって広がり、救援隊全員の身体能力を底上げしました。けれど、あまりに多勢に無勢です。恐怖に顔を引きつらせた若手たちは呼吸を乱し、せっかくの支援を活かしきれていません。さらに悪いことに、退路までもがライダーの集団によって遮断されてしまいました。


『……ふん。不快な羽虫どもめ。我が器をこれほど醜悪な気配で囲むとは、万死に値するぞ』


 脳内でラーナちゃんの声が低く、冷たく響きます。周囲の温度が一気に数度上がりました。それは、彼女の機嫌が「不快」へと振り切れたサインでした。


「全員、俺たちの後ろに下がれ!自衛隊が来るまで粘るぞ!」


 ベテランのおじさんが盾を構えますが、ゴブリンロードの手には大規模魔法の予兆であるどす黒い雷が収束し始めていました。僕を庇うように前に出る蓮くんの背中が、微かに震えています。


(ラーナちゃん。みんなが怖がってる。……助けてあげたいんだ。いいかな?)

『……許可など求めるな。貴様が願うなら、我がその太陽を見せてやる。――さあ、立て、みなとよ』


 一瞬、周囲の音が消えました。

 ドクン、と。僕の胸の奥で、朱金あかときの太陽が爆発的な熱量を持って目を覚まします。


「……みなと……兄貴……?」


 蓮くんの呟きは、直後に溢れ出した眩い光の中に掻き消されました。

 11層の冷たい空気。そこに、絶対に存在するはずのない「真昼の熱狂」が顕現しようとしていたのです。




 ドクン、と胸の奥の太陽が脈打ちました。

 次の瞬間、11層の冷たい空気と絶望を切り裂くように、あの「頼もしい音」が響き渡ります。


 バキバキバキッ!!


 着ていた探索者用の防具が、内側から溢れ出す強大な魔力に耐えきれず弾け飛びました。「今度は長持ちしそうだね」なんて笑い合った5万円が木っ端微塵になる音。本来なら泣きたくなるような出費の音ですが、今の僕には、反撃の狼煙を告げる勝鬨かちどきのように聞こえたのです。


 眩い朱金あかときの光が収まったそこには、黄金の宝飾品を揺らし、透けるような白のシルクを纏った絶世の魔神――ラーナちゃんの姿になった僕が立っていました。


「ギ、ギギッ……!?」


 あまりに神々しく、あまりに圧倒的な質量を持った魔力に、ゴブリンの軍勢が本能的な恐怖で動きを止めます。その一瞬の隙を僕たちは逃しませんでした。


(ラーナちゃん、いくよ!)

『ふん、塵芥ちりあくたどもが。我が光の糧となるが良い!』


 僕が指先を天にかざすと、そこから太陽の欠片が零れ落ちたかのような、黄金の波動が全方位へと解き放たれました。それは、周囲を囲んでいたゴブリンのライダーも、影に潜んでいたアサシンも、悲鳴を上げることすら許さず、一瞬で光の粒子へと還していきます。


 けれど、その光は破壊だけではありませんでした。


「な、なんだ……?体が、軽い……」

「傷が消えていく……」


 光を浴びた人たちの心に温かな勇気が灯ります。恐怖で震えていた人の心身は癒され、守りを固めていた人たちの体には活力が漲っていきました。それは魔神の慈愛というより、僕の「みんなを助けたい」という願いが、ラーナちゃんの極陽魔力と混ざり合った結果なのでしょう。


 しかし、自分の軍勢を塵に変えられたゴブリンロードは、怒りに狂ったように手を振り下ろしました。


「ギガァァァァァッ!!」


 ロードが放ったのは、周囲の味方を狂化させ、敵を蝕む大規模魔法――『冥府の瘴気』。一瞬にして、ボス部屋がどす黒い霧に満たされてしまいました。


『…………っ!!』


 その瞬間、僕の脳裏にラーナちゃんの前世で最も忌まわしい記憶が流れ込んできます。大陸を腐らせ、人々を絶望させたあの黒い霧。自分を孤独の淵へと追いやった憎しみの象徴。ラーナちゃんの魔力が、怒りに任せて暴走しそうになります。


(ラーナちゃん、大丈夫だよ!今度は、一人じゃないから!)


 僕は心の中で、彼女を強く抱きしめるように呼びかけました。

 お母さんの優しい笑顔。お父さんの香ばしいお煎餅。蓮くんが必死に赤くなって顔を逸らす、あの不器用な日々。湊として触れてきた「人の営み」の温かさが、ラーナちゃんの荒ぶる心をそっと宥めていきました。


『……そうだな。みなとよ。貴様らのような弱き者が作る日々も、そう悪くはないと……今の我は知っておる』


 勝ちを確信し、醜悪な笑みを浮かべるゴブリンロード。けれど、黒い瘴気の中から現れたのは、怒りに溺れた魔物などではなく、慈愛と威厳に満ちた「太陽」そのものでした。


(ラーナちゃん、終わらせよう)

『うむ。――跪け、不浄なる者ども』


 僕が優雅に手をかざすと、周りの人たちを包み込む黄金のバリアが展開されました。直後、僕の体から放たれた極限の熱線が、冥府の瘴気ごとボス部屋の空間を焼き尽くしたのです。


 熱線が通り過ぎた後には、黒い霧も、醜いロードの姿も、ましてや召喚された軍勢の欠片すら残ってはいません。ただ、黄金のバリアの中で守られた探索者たちが、陽炎の向こう側に立つ僕の姿を、呆然と、けれど救世主を見上げるような瞳で見つめているだけでした。


 静寂が戻った11層。

 ジャラリ……と僕の黄金の鈴が鳴る音だけが、勝利の余韻として響いていました。



 ボス部屋を埋め尽くしていた熱気が、ゆっくりと霧散していきます。

 後に残ったのは、焦げ跡ひとつない清潔な石床と、黄金の粒子を纏って佇む僕、そして……開いた口が塞がらない16人の探索者たちでした。


「あ、あの……。エマージェンシー、解除しなくて大丈夫かな?」


 僕がラーナちゃんの姿のまま、鈴の音を響かせて声をかけると、蓮くんを含む全員が「はっ!」と我に返りました。けれど、誰も端末に手を伸ばす余裕がありません。あまりの光景に、脳の処理が追いついていないんです。


 その時でした。


「緊急要請により現着!全員、無事かッ!!」


 ボス部屋に響き渡る声と共に、フル装備の自衛官10名が雪崩れ込んできました。

 彼らが目にしたのは、血の一滴も落ちていない平穏な空間。そして、中心に立つ人智を超えた美しさを放つ褐色の女神――僕の姿でした。


「……何が起きた?敵は?それに君は……その魔力は一体……」


 隊長らしき男性が、僕から溢れ出す太陽のような魔力に圧倒されつつも、鋭い視線で説明を求めてきます。

 変身が解けない上に、装備は弾け飛んでしまっています。なんて言えばいいのか迷っていると――。


「あー!すみません!ちょうど今、倒し終わったところで!」


 いち早く立ち直ったベテランのおじさんが、驚くほどの早口で割り込みました。それに合わせるように、れんくんも僕の前に立ちはだかります。


「そうなんです!みんなで死に物狂いで連携して、なんとか撃破しました!直後に兄……姉さんが、とどめの広域浄化魔法をぶっ放したせいで、ちょっとみんな放心しちゃって解除が遅れました!申し訳ない!」

「そ、そうそう!俺たちも必死で!」

「あの女神様……あ、いや、彼女のバフが凄まじくて!」


 同年代のパーティーの方々も、僕を庇うように次々と説明をしてくれています。

 モンスターはラーナちゃんの熱線で文字通り「塵」になったので、証拠品となるドロップアイテムすら残っていません。自衛官たちは首を傾げつつも、16人全員の必死の証言と、僕の穏やかな表情に、渋々といった様子で納得してくれました。


「……了解した。だがお嬢さん。君の魔力波長は異常だ。念のためギルドで検査に付き合ってもらうぞ」



 結局、全員で連れ立って地上に戻ることになりました。

 みんな装備が壊れていたり、精神的にクタクタだったりで「今日はもう店仕舞い」という、どこか晴れやかな雰囲気です。


 ですが、その道中。自衛官の方々以外の男性探索者さんたちから、熱い視線と怒涛の勧誘が始まってしまいました。


「あの、お名前は!?次回、俺たちのクランで一緒に潜りませんか?」

「いや、俺たちのパーティーにどうだ?専属の支援職として、最高の条件を出すぜ!」


 僕は困り果てて、「あはは……。すみません、パーティーは弟と組むって決めていますし、学校の実習もありますから」と、いつもの僕として丁寧にお断りしました。

 中身が男の子である僕には、皆さんの視線が純粋な「好意」であるという自覚が、悲しいことに全くなかったのでした。


 それを見たれんくんは、鼻の穴を膨らませて「フンッ」と優越感たっぷりに僕の隣を陣取っています。それでも「じゃあ弟さんも込みで!」と食い下がる猛者たちに、蓮くんは顔を真っ赤にして叫びました。


「うるさい、兄貴……っ、姉貴は俺が守るんだよ! 近寄るな!」


 呼び方に混乱しながらも、必死に応戦してくれている蓮くん。

 そんな彼の必死な様子を見ながら、僕は心の中で「そんなに顔を赤くしなくてもいいのに、蓮くんは本当に真面目だなぁ」と、少しだけ場違いな感心を抱いてしまうのでした。



 ギルドでの精密検査の結果は、「異常なし」というものでした。

 魔力値こそ、最前線の精鋭自衛官の方々を遥かに凌駕する測定不能寸前の数値でしたが、波長自体は年齢相応に清らかで、いかなる邪法や薬物の痕跡もない「極めて自然に成長した魂」の形をしている……とのことでした。


 加えて、医師の方からは「どこからどう見ても、非の打ち所がないほど健康な若い女性の体です」と、太鼓判まで押されてしまったのです。……中身が男の子である僕としては、その言葉をどう受け止めるべきか、非常に複雑な気持ちでしたが。


「素晴らしい才能だ。高校卒業後、ぜひ自衛隊の探索官を目指さないか?」

「あはは……。前向きに検討してみます」


 隊長さんからの熱烈なスカウトを無難にかわし、ようやく解放された頃には、街にはすっかり夜の帳が下りていました。


 弾け飛んでしまった装備を買い直す時間はありませんでしたが、代わりにラーナちゃんが気になっていた和菓子の別バージョンと、家族への晩ご飯のお惣菜をたくさん買い込んで、僕たちは家路につきました。


「ただいま、お父さん、お母さん」

「お帰りなさい!あら、またその姿なのね。よっぽどお気に入りなのねぇ」


 お母さんは今日も通常運転です。お父さんも「おっ、いい匂いだな」と、僕の姿よりもお土産の袋に目を輝かせていました。

 そして、リビングのソファに深く沈み込み、再び「褐色女神の兄」という現実に脳を焼かれて挙動不審になっている蓮くん……。


『ふん、みなとよ。あの「じえいかん」という者たち、なかなか見る目があったではないか。我を軍の象徴に据えようとするとはな!』


 心の中で楽しげに高笑いするラーナちゃん。その笑声は、かつて大陸を焼き尽くした魔神のものとは思えないほど、晴れやかで無邪気なものでした。


 こうして、僕の波乱万丈なゴールデンウィークは幕を閉じました。

 明日からは、また普通の高校生活が始まります。……でも、この「太陽」を宿した僕の日常は、きっとこれまで以上に熱く、賑やかなものになりそうです。

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