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第2話 責任感が重すぎる女騎士

「だから、なんでそうなるんですか」


朝っぱらから、俺は頭を抱えている。


街道わきの草は夜露で濡れていて、踏むたびに靴の裏が冷たい。横転した馬車はどうにか起こされ、怯えていた馬も少し落ち着きを取り戻している。盗賊どもは縄でまとめられて、芋みたいに地面へ転がされていた。空気はもう戦いの匂いじゃない。土埃と汗と、荷台からこぼれた乾燥香草の匂いだ。


なのに一人だけ、空気がぜんぜん落ち着いていない人がいる。


銀髪の女騎士――レティシア・アルヴェインは、片膝をついた姿勢のまま、まっすぐ俺を見上げていた。目が真面目すぎる。真面目が鎧を着て歩いてるみたいな人だ。たぶん、冗談って概念を一回棚に置いてきている。


「あなたが作ってくださった隙がなければ、私はあの子どもを守れませんでした」


「いや、たまたまだって。俺は石投げて叫んだだけだぞ」


「十分すぎます!」


「評価のハードルが低い!」


「命の恩人だから結婚を前提に――」


「護衛でいい! そこは護衛で止めろ!」


思わず食い気味に叫ぶ。朝の街道に響く俺のツッコミ。なんだこれ。昨日まで村で厄介者やってた俺が、なんで一晩でこんな珍獣収集みたいな状況になってるんだ。


ミアは俺の後ろで、どこから拝借したのか林檎をかじっている。いつの間に手に入れた。戦場跡で食欲を維持できるメンタル、だいぶ強いな。


「ユウ、もてるね」


「こんなのを“もてる”のカテゴリに入れるな」


「でもこの人、すごく本気っぽい」


「それが怖いんだよ!」


レティシアはぱちぱちと瞬きをしたあと、ほんの少しだけ頬を赤くした。


「し、失礼しました。手順が飛びました」


「何の手順だよ」


「普通はまず、同行の許可を願うべきでした」


「そこからやり直しても結論は同じだぞ」


俺は両手をひらひらさせた。


「護衛とかいらない。俺は一人で――」


言いかけて、背後で干し肉を頬張る音がした。ミアが堂々と数に入っている。そうだった。一人じゃなかった。追放二日目にして計画が崩れるのが早い。


ミアがにこっと笑う。


「もう一人じゃないよ」


「お前、ほんと余計なとこだけ鋭いな……」


レティシアはその会話をどう受け取ったのか、なぜかますます決意を固めた顔になった。


「承知しました。では、お二人を護衛します」


「してない、承知してない、話を進めるな」


「ご安心ください。野営、索敵、荷運び、応急処置、簡易陣地構築、一通りこなせます」


「そこだけ聞くとめちゃくちゃ有能なんだよな」


「料理も努力しています!」


「努力の方向だけ教えてくれ」


俺は心の中で盛大にため息をつく。断る理由は山ほどある。見ず知らずの相手だし、俺の呪いに巻き込むかもしれないし、何よりこの人、真面目すぎて絶対疲れる。


なのに、子どもを守るために最後まで下がらなかったあの動きが頭に残っている。自己満足じゃない。自分が傷つくことを先に計算から外して、守る位置に立っていた。そういう人を雑に突き放すと、たぶんあとで寝覚めが悪い。


くそ、俺のこういうところ、ほんと損だ。


結局、盗賊を近くの詰所へ引き渡すところまでは同行する流れになった。流れっていうか、レティシアが当たり前みたいに盗賊を担ぎ始めたせいだ。細身なのに力もある。すごいな。見た目だけだと、風に飛ばされそうなくらい真面目な美人なのに。


詰所は街道沿いの小さな監視小屋だった。中にいた老兵が事情を聞いて、レティシアを見るなり微妙な顔をしたのが気になった。


「おや、アルヴェイン卿の娘さんか」


「現在は地方警備補佐のレティシア・アルヴェインです」


その言い方が妙に固い。老兵は「ああ」と曖昧にうなずき、俺の顔を見ると露骨に眉をひそめた。来た来た、この反応。だいたい知ってる。


「そっちの坊主は……加護証はあるのか」


「あるよ」


俺は荷物の奥から薄い木札を出した。生まれたとき神殿で渡される加護証だ。普通は加護の種類や適性が刻まれて、誇らしげに見せびらかすやつもいる。俺のは違う。古びた文字で不穏な印が焼きついているだけだ。


老兵はそれを見て、目を細めた。嫌悪、というより不快感に近い顔。だが、その奥にびくりとするような怯えも見えた。


「……呪い持ちか」


「見ればわかるだろ」


「ここ最近は珍しいな」


「喜んでいいのか悪いのか判断に困る感想だな」


老兵は肩をすくめ、盗賊を引き取る手続きに移った。問い詰められはしなかったが、歓迎もされない。まあ慣れてる。


詰所を出てしばらく歩くと、レティシアがこちらをうかがうように言った。


「すみません。不快な思いをさせましたか」


「してるならとっくに慣れてる」


「慣れるものではありません」


「そう言う人、だいたい慣れてない側なんだよな」


すると彼女は少し黙った。言葉の意味を噛みしめるみたいな沈黙だった。真面目な人は、すぐ答えを出さない。ちゃんと受け止めてから考える。そこは、嫌いじゃない。


昼前には宿場町が見えてきた。木柵に囲まれた、そこそこ大きな町だ。赤茶の屋根が並び、門のそばでは行商人が荷台を整えている。焼きたてのパンの匂いが風に乗ってきて、ミアの歩幅が露骨に速くなった。


「はやく! ごはんの町が呼んでる!」


「町を食堂みたいに言うな」


「間違ってないよね?」


「一理あるのが腹立つ」


門の前には神殿の出張所みたいな白い天幕が張られていた。通行人が列を作り、順番に木札を見せている。加護の確認だ。この国じゃ、加護は身分証みたいなものでもある。何の加護を持つかで、向いている仕事も、待遇も、人生の期待値まで決まる。便利で、そして息苦しい仕組みだ。


俺たちの番が来ると、門番の若い男が俺たちを順に見た。最初にミア。何も持っていないので怪しまれる。次にレティシア。騎士章に反応して姿勢を正しかけたのに、所属表記を見た瞬間、微妙に熱が冷めた。最後に俺。加護証を見た瞬間、わかりやすく顔が曇った。


「……呪い持ち」


「朝から二回目だぞその確認」


「町の中で騒ぎを起こすなよ」


「起こしたくて起こせるなら苦労してない」


門番は俺から半歩だけ距離を取り、木札を返した。その動きが、やけに滑らかで、あまりにも自然だったからむしろ引っかかった。自分の意思というより、決まりきった振る舞いをなぞっている感じ。前にも似たものを見た。村のみんなの視線だ。


その横でレティシアが一歩出る。


「彼は今回の盗賊討伐に協力した者です。不当な扱いはやめていただきたい」


門番はむっとしたが、彼女の騎士章をもう一度見て鼻を鳴らした。


「地方警備補佐殿に言われてもな」


言い方に棘がある。レティシアの肩がほんの少しだけ強張った。俺はそこでやっと気づく。この人、単に真面目なだけじゃない。たぶん、こういう扱いに慣れすぎている。


結局、町には入れた。だが歓迎はされていない。門をくぐった瞬間、人のざわめき、屋台の匂い、鉄を打つ音、荷車の軋みが一気に押し寄せてくる。にぎやかで活気があるのに、俺の周りだけ空気が少し薄い。


「まず宿だな」


「ごはん!」


「先に屋根だ」


「ごはん屋根ごはん」


「単語の並びが雑!」


宿は町外れの安い木造だった。看板は斜め、床はたまに鳴る、でも鍋の匂いは良い。俺はこういうところの方が落ち着く。豪華な宿は、それだけで“お前みたいなのが来る場所じゃない”って壁があるから。


部屋を取って荷物を置くと、レティシアが腕まくりした。


「では、私が昼食を作ります」


嫌な予感がすごい。


「待て」


「恩返しの一環です」


「その気持ちはありがたいから、いったん鍋から離れろ」


「大丈夫です。最近は失敗率が下がっています」


「最近“は”の時点で怖いんだよ」


しかし彼女は止まらなかった。台所を借り、食材を並べ、実に見事な手際で野菜を切る。そこまではいい。むしろ綺麗だ。だが、そのあと何をどう判断したのか、香草を山ほど入れ、塩を二回手に滑らせ、火加減を強気に攻めすぎた。


次の瞬間。


ぼんっ、と鍋が跳ねた。


蓋が天井に刺さり、白い湯気と謎の匂いが台所いっぱいに広がる。宿の主人が悲鳴みたいな声を上げ、ミアは拍手している。拍手するな、芸じゃない。


「どうしてです!?」


「それを俺が聞きたい!」


レティシアは本気でショックを受けていた。目の前で世界の法則が裏切ったみたいな顔をしている。いや、この人にとってはたぶん毎回そうなんだろうな。


結局、俺が鍋を代わった。野菜を切り直し、水を張り、塩を少し、香草は控えめ、干し肉を薄く裂いて旨味を出す。火は焦らず中火。料理は喧嘩じゃない。勢いだけで攻めるとだいたい負ける。


しばらくすると、湯気にやさしい匂いが混じり始めた。玉ねぎの甘い匂い、肉の塩気、香草の青さ。宿の主人までこっそり戻ってきて鍋をのぞいている。


ミアは鼻をひくひくさせた。


「ユウ、天才」


「料理一つでその評価は危ない」


レティシアは椅子に座ったまま、いたく感動していた。


「これが……食べられる料理……」


「お前の中で料理の基準どうなってたんだ」


三人でスープを囲む。木椀を両手で持つと、じんわり熱が伝わってくる。外の喧騒が少し遠くなって、部屋の中だけ妙に穏やかだった。


ミアは一口飲んで、幸せそうに目を細める。


「帰ってきた感じする」


「どこからだよ」


「知らない。でもする」


そういうことを平気で言うから困る。帰る場所なんて言葉、今の俺にはちょっと重い。


レティシアは背筋を伸ばしたまま、真剣にスープを味わっていた。


「おいしいです」


「そりゃよかった」


「……こういう食事、久しぶりです」


言い方が妙だった。俺は椀を口元で止める。


「騎士団って、もっとちゃんとしてるもんじゃないのか」


「ちゃんとしています。規律も、栄養も、配給も」


「じゃあ何が違う」


彼女は一瞬だけ迷って、それから言った。


「失敗しても、笑われない食卓という意味で」


ミアが黙ってスープを飲む。俺も返事を飲み込んだ。


なるほどな、と思う。門番の反応、老兵の含み、本人の硬さ。たぶんレティシアは、騎士でありながら騎士団の中でちゃんと居場所がなかった。


昼食のあと、町を歩いて必要なものをそろえることになった。火打石、包帯、安い毛布、乾燥豆。レティシアが護衛みたいに周囲を見て歩き、ミアがその横で屋台の匂いに引っ張られていく。落ち着け。犬の散歩か。


広場では冒険者風の男たちが騒いでいた。新しい加護を授かったらしい若者が、自分の腕に走る光を見せびらかしている。


「見たかよ、“剛腕”だぜ!」


「これで俺も上級入りだ!」


屋台の店主が迷惑そうにしているのに構わず、そいつらは木箱を持ち上げて投げたり、樽を殴って割ったりしていた。調子に乗った一人が肩で屋台へぶつかり、串焼きの台がぐらりと傾く。


下にいた子どもが、目を見開いた。


俺の体が先に動いた。


「危ねえ!」


飛び込んで子どもを抱え、横へ転がる。次の瞬間、鉄板が落ちて火の粉が散った。熱気が頬をかすめる。子どもは泣きそうな顔で俺を見上げた。


「だいじょうぶか」


こくこくとうなずく。その直後、若者の一人がこっちを睨んだ。


「邪魔すんなよ、呪い持ち」


知ってる顔ではない。なのに、もう俺をそういう枠で見ている。便利な社会だ。人を見る前に札を見るだけで済む。


そいつが腕に魔力をまとわせ、殴りかかってくる。加護持ち特有の、身体強化の青白い光。けれど、俺の目の前まで来た途端、その光が変にゆらいだ。力の入りどころがずれたみたいに拳の軌道が甘くなる。


そこへレティシアが割り込んだ。


重い盾が拳を受け、鈍い音を立てる。彼女の足は一歩も下がらない。すごいな、この人。派手な攻撃力はないのに、受け止める形だけは完璧だ。


「一般市民を巻き込むな!」


「は、はあ!? てめえ、地方送りのくせに!」


その一言で、広場の空気が少し変わった。周囲の人間が「ああ、あの」とでも言いたげな顔をする。レティシアの表情がわずかに曇る。けれど次の瞬間には、もう盾を構え直していた。


俺はその横で石を蹴り、若者の足元へ転がす。つまずいたところへ、レティシアの盾が胸を押し返した。後ろの二人も同じように突っ込んでくるが、俺の近くではどうも踏み込みが狂う。力に酔ってる連中ほど、ほんの小さなズレに弱い。


騒ぎの収束は早かった。周りの大人たちも我に返って若者を取り押さえたからだ。


だが、そこへ白い法衣の神官が現れた。年若い男で、胸元に白天教会の紋章。笑っているのに目だけ冷たい。


「また騒ぎですか」


その一言だけで、広場の空気がぴんと張る。教会の人間は、この国でそれだけ重い。


神官は倒れた屋台を見て、若者たちではなく俺を見た。


「呪い持ちを町に入れれば、こうなる」


「おい待て、今の流れで俺のせいにするの無理あるだろ」


「不吉は人を乱すのです」


「便利な言葉だな。不吉って言えばなんでも押しつけられる」


神官の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。俺を見て動揺した。嫌悪でも軽蔑でもない。もっと、知っているものに出会ったときの反応だ。


その前へレティシアが立つ。


「騒ぎを起こしたのは彼らです。この少年ではありません」


「アルヴェイン卿の娘が、呪い持ちを庇うのですか」


「事実を述べています」


「あなたも騎士として立場を考えるべきでしょう」


刺すような言い方だった。レティシアの背中が、鎧ごと固くなる。騎士という肩書きは、この人にとって誇りであると同時に首輪でもあるのかもしれない。


ミアが俺の袖を引いた。


「ねえ、あの人」


「ん?」


「お腹の中が、すごく冷たい」


物騒な表現だな、と思ったが、妙にしっくりもくる。神官は笑っている。周囲もそれを“穏やか”だと思うだろう。でも、あの笑顔には体温がない。相手のためじゃなく、役割として微笑んでいる感じだ。


神官は結局、若者たちへ軽い説教だけして去っていった。俺への視線だけを最後まで残して。


夕方、宿に戻るころにはさすがに全員くたびれていた。窓の外では赤い光が屋根を染めて、遠くの鐘が鳴っている。町はまだ騒がしいが、昼よりは少し穏やかだ。


部屋の中で、レティシアが不意に口を開いた。


「私は、弱い騎士です」


いきなりだな、と思いつつ、俺は包帯を指に巻きながら聞く。


「さっきの続きか」


「はい」


彼女は膝の上に拳を置き、まっすぐ前を見たまま言葉を絞り出した。


「加護が弱いのです。攻撃も、突破力も、騎士団の中では最低に近い。守ることだけは多少できますが、それでは評価されません。任務でも、私は何度も“目立たない役”しか回されませんでした」


「多少、ねえ」


今日の戦いを見た俺からすれば、だいぶ盛った謙遜だ。あの盾捌きは、多少で済む話じゃない。


でも本人は本気でそう思っているらしい。


「誰かに必要とされる騎士になりたかったのです。ですが現実には、加護の強い者ほど重用される」


「まあ、この国そういうとこあるよな」


「だから、せめて恩義だけは返したいのです」


そこで彼女はやっと俺を見た。


「あなたが命を懸けて飛び込んだから、私は守れました。だから、あなたを放ってはおけません」


真正面からそう言われると困る。俺はこういうのに弱い。皮肉で返すと、自分の方がひどいやつみたいになるから。


しばらく黙ってから、俺は肩をすくめた。


「守れたなら、弱くないだろ」


レティシアが目を見開く。


「え……」


「加護が派手とか、攻撃が強いとか、知らねえよ。今日だってお前がいなきゃ、あの子ども危なかった。守れたなら、それで充分だろ」


言ってて気恥ずかしい。俺、たまにこういう真っ当なことを言ってしまうから困る。もっとひねくれて生きたいのに。


レティシアはしばらく何も言わなかった。やがて小さく、けれど確かにうなずく。


「……ありがとうございます」


その声は、昼よりずっと柔らかかった。


夜が更ける。宿の廊下は静かになり、厨房の匂いも薄れていく。俺は荷物の中を確認し、加護証をしまい直した。木札の裏面に、妙な封印紋みたいな焼き印があるのが見える。昔からだ。神殿の文字は読めないが、普通の加護証にはこんなものはない。


嫌な予感がして、俺はそれを布の奥に押し込んだ。


その直後だった。


窓の外で、かすかな音がした。


木がきしむような、靴裏が壁を擦るような音。俺は息を止める。宿の二階、しかも夜更けにそんな音がする理由なんて、だいたいろくでもない。


そっと立ち上がり、包丁を手にする。隣のベッドではミアが寝息を立てている。信じられないくらい無防備だな。レティシアは壁際で浅く眠っていたが、俺が動いた瞬間、目を開いた。騎士こわい。反応が早い。


「どうしました」


「客だ」


次の瞬間、窓がわずかに開く。黒装束の腕が伸び、机の上の荷物へまっすぐ手を突っ込んだ。金じゃない。食料でもない。狙いが正確すぎる。


「おい!」


俺が踏み込むと、そいつは俺の荷物の中から木札――加護証だけを掴み、窓へ飛び退いた。顔は布で隠れているが、動きは訓練された兵士みたいに無駄がない。


レティシアが剣を抜く。金属の澄んだ音が狭い部屋に走った。


侵入者は一瞬だけこちらを見て、低くつぶやく。


「……世界の穴は、記録どおりか」


ぞくり、と背中が冷えた。


意味のわからない言葉だ。なのに、その響きだけで嫌な感じがする。昔から自分について説明されるときに感じる、“俺の知らない俺”を勝手に決められる感覚に近い。


侵入者はそのまま窓から外へ消えた。レティシアが追おうとするが、俺は反射で腕を掴んだ。


「待て」


「しかし!」


「罠の可能性がある。しかも向こうは俺の加護証だけ狙ってた」


レティシアは悔しそうに歯を食いしばる。だが、無理に飛び出さなかった。冷静だ。そこもこの人の強さだと思う。


ミアがようやくむくりと起き上がった。


「なに? 朝?」


「まだ夜だ」


「じゃあ寝る」


「図太いな!?」


しかし、その図太さに少し救われる。俺は窓の外の闇を見た。町の灯りが遠く揺れ、夜風が布を鳴らす。さっきの男の気配はもうない。


世界の穴。


記録どおり。


頭の中でその言葉が引っかかる。呪い持ち、じゃない。厄介者、でもない。もっと別の、古い呼び方みたいだった。


翌朝、宿の主人経由で一つの噂を聞いた。昨夜この町に現れた黒装束の一味は、最近“呪われた森の研究小屋”の方角で目撃されているらしい。昔、追放された魔女が住みついたとかなんとか、子どもを脅すのに使うような話つきで。


レティシアは真顔で言った。


「追いますか」


ミアは即答した。


「その前に朝ごはん!」


俺は額を押さえた。


「……優先順位がぐちゃぐちゃなんだよ、お前ら」


でも、行くしかないんだろうな、ともうわかっていた。盗まれた加護証。意味不明な“世界の穴”って呼び名。俺のことを知っているみたいな連中。


嫌な予感しかしない。


それでも、放っておくともっとろくでもないことになる。そういう勘だけはよく当たる。


窓から入る朝の光は明るいのに、胸の奥には小さな棘が刺さったままだった。


俺は深く息を吐き、荷物を背負う。


一人で生きるつもりだった旅は、気づけば腹ぺこ少女と責任感の塊みたいな女騎士つきになっている。静かな道のりなんて、最初から無理だったらしい。


「よし。森に行くぞ」


ミアが手を上げる。


「その前に朝ごはん!」


「わかったよ! もう食ってからだ!」


レティシアがなぜか少しだけ嬉しそうにうなずく。


「承知しました。護衛しつつ食事処を探します」


「そこまで一体化しなくていい!」


俺のツッコミを乗せて、宿場町の朝が動き出す。


たぶんこの先も、面倒しか待っていない。


けどまあ――昨日までより、少しだけうるさい今の方が、悪くないと思ってしまったのは、たぶん内緒だ。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




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