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第1話 追放の日、腹ぺこ少女はなぜか笑う

第2作です。今度のテーマは呪いと居場所。20時更新していきます。

「はい追放、って軽すぎないか?」


自分で言っておいて、喉の奥が変に引っかかる。笑いにしたつもりなのに、うまく転がらない。村の広場は朝のくせに妙に静かで、風が乾いた土をなでる音ばかりが耳につく。いつもなら鶏が騒ぎ、井戸端でおばさん連中がうるさく笑っている時間だ。なのに今日は、誰もまともに俺を見ない。


見ないくせに、見ている。


ああいうの、嫌でもわかる。石を投げられる方がまだましだ。正面から嫌われるなら、こっちだって睨み返せる。でも、視線だけ滑らせて、まるで道端の穴でも避けるみたいに距離を取られると、どうにも殴り先がない。


広場の真ん中で、占い師の婆さんが杖を握っている。皺だらけの手は震えているくせに、声だけはやけにはっきりしていた。


「黒瀬ユウ。お前は今日、この村を出るんだよ」


「十五歳の誕生日に言う台詞としては、だいぶ最低だな」


「村を守るためさ」


「便利だよな、その言い方。なんでも正しそうに聞こえる」


口は勝手に回る。昔からそうだ。黙ると余計なことを考えるから、先に軽口で蓋をする。俺の悪い癖であり、わりと便利な生存術でもある。


村長は少し離れた場所で、胃でも痛いみたいな顔をしていた。子どものころに肩車してくれたあの人が、今日は俺と目を合わせない。パン屋の親父も、井戸のそばの娘も、みんなそうだ。怒っているというより、何かに怯えている顔だった。


その怯え方が、妙に揃っている。


俺が近づくと空気が悪くなる。道具は壊れる。家畜は落ち着かなくなる。初対面の相手は、だいたい眉をひそめる。生まれたときからずっとそうだった。だから、俺が気味悪がられるのはわかる。わかるけど、今日のこいつらは少しおかしい。ただ嫌ってるだけじゃない。見えない崖の縁に立たされたみたいな、そんな顔だ。


占い師の婆さんが、やけに青い顔で続ける。


「神殿の記録にもある。お前の呪いは不吉だ。お前がいれば、村が滅ぶ」


「すごいな。俺一人で村一個か。出世した気分だ」


「冗談にするんじゃないよ!」


杖の先が石畳を叩く。乾いた音が広場に響いた瞬間、後ろにいた子どもがびくっと肩を跳ねさせて母親の背に隠れた。その動きが胸に刺さる。昔は一緒に川で魚を追いかけたガキだ。今は俺を化け物みたいに見ている。


いや、違うか。化け物みたいに見ようとしている、の方が近い。


俺は鼻の奥に抜ける朝の冷たい匂いを吸い込んで、荷物袋を肩にかけ直した。中身は着替え一組、干し肉少し、火打石、包丁、古い鍋。俺の十五年は、思ったより軽い。


「わかったよ。出ればいいんだろ」


広場が、目に見えない形で安堵した気がした。ほんと露骨だな、おい。傷つくぞ。いやまあ傷ついてるけど。


村長がやっと口を開く。


「ユウ……すまない」


「謝るくらいなら止めろよ」


言ってから、少しだけ後悔した。困らせたいわけじゃない。困ってるのは知ってる。ただ、最後くらい一発くらいは返しておきたかった。


村長は唇を噛んだまま黙った。


それで充分だ。これ以上言わせるのは、たぶん俺の方がきつい。


俺は踵を返す。背中に視線が刺さる。振り返らない。ここで振り返ったら、まだ期待してるみたいじゃないか。そんなの、かっこ悪いにもほどがある。


村の門へ向かう途中、家々の間を抜ける風が妙に冷たかった。干し草の匂い、家畜小屋のぬるい臭い、朝飯の焼ける匂い。ぜんぶ知っている匂いだ。嫌いじゃなかった。たぶん、好きだった。


門のそばに立てかけてあった鍬が、俺の肩がかすっただけでぼきりと折れた。


「最後まで感じ悪いな、お前」


誰に言ってるのか自分でもわからない。鍬か、この呪いか、それとも世界そのものか。まあ、全部かもしれない。


木の柄の断面は新しく、嫌になるくらい白かった。普通に古びて折れた感じじゃない。内側からずれたみたいに、妙な割れ方をしている。昔からそうだ。壊れるというより、何かが噛み合わなくなる。釘は曲がるし、扉は外れるし、火は急に弱る。俺の周りだけ、世界がちょっと雑になる。


門を出たところで、村の鐘が鳴った。誕生日を祝う鐘じゃない。昼でもないのに、低く短く三回。厄払いの合図だ。


さすがに笑うしかなかった。


「徹底してんなあ」


喉の奥が熱い。泣く気はない。ないけど、こういうとき人間の体は勝手だ。目頭がじわついてくる。まったく、空気読めよ俺の涙腺。今さら被害者ぶるのも違うだろ。


俺は村から続く森道に足を向けた。土の道は昨日の雨を少し残していて、踏むたびに湿った音がする。木漏れ日が揺れて、鳥の声が遠い。村のざわめきが背中の向こうへ薄れていく。静かだ。静かすぎて、考えたくないことまで浮かんでくる。


これから一人だ。


いや、最初から一人みたいなもんだっただろ、と自分で突っ込む。けれど、それとこれとは違う。村の端っこにいるのと、帰る場所そのものがないのは、似てるようで全然違う。


腹が減ったな、と無理やり別のことを考える。人間、落ち込んでも腹は減る。そこだけは平等だ。俺は干し肉を一枚かじった。塩が強い。うまい。いや、こういうのはうまいっていうより、生き延びる味だな。


しばらく歩いたころ、森の奥でがさりと音がした。


反射で足を止める。


もう一度。今度は右。低く唸る声までついた。嫌な予感しかしない。追放一日目から歓迎会が雑すぎるだろ。


茂みの間から、黒い毛並みの獣が三匹、ぬるりと出てきた。野犬に似ているが、肩の張りと牙の長さが普通じゃない。目の周りには薄青い光が走っている。魔力で強化された個体だ。村の近くにはめったに出ない。こういうの、普通は加護持ちの狩人が処理するやつだ。


「はいはい、今の俺は無所属なんですけど」


一匹が低く身を沈めた。来る。


俺は半歩だけ横へずれる。飛びかかってきた一匹を木の幹に誘導し、すれ違いざまに荷物袋を顔面へ叩きつける。中身が軽いぶん勢いだけは乗る。獣が短く吠えて怯んだ。だが二匹目がすぐ左から回り込む。


速い。普通なら追いつけない。なのに、俺のすぐ前まで来たところで、その体を包んでいた青い光が妙にぶれた。脚運びが一瞬だけ狂う。まるで地面を踏み損ねたみたいに前足がもつれた。


今だ。


俺は落ちていた太い枝を拾い、横殴りに鼻先へ叩き込む。鈍い手応え。獣が悲鳴を上げて転がる。三匹目が背後から来る気配に、体を低くして前へ転がった。爪が背中の布を裂く。浅い。まだいける。


心臓がうるさい。けど、頭は妙に冷える。


正面の切り株、その向こうに石。右の地面はぬかるみ。なら、やることは単純だ。


俺はわざと切り株の横を駆け抜ける。獣たちが追う。飛びつく瞬間、俺は石を蹴って泥を跳ね上げた。視界を潰された一匹が切り株にぶつかり、後ろの一匹がつられてもつれる。青い強化光がまた乱れた。俺の近くに来ると、あいつらの魔力の噛み合わせが悪くなる。昔からそうだ。意味は知らない。ただ、今はありがたい。


「嫌われ者にも使い道くらいあるってか!」


自分で言って、笑いそうになる。笑ってる場合じゃないけど。


鼻先を打たれた獣がまだ立ち上がる前に、俺は枝を投げつけ、反対側の斜面を駆け下りた。追ってくる足音は途中までしたが、やがて遠のく。縄張りの端を越えたらしい。


立ち止まった瞬間、脚が震えた。遅れて全身が痛みを主張してくる。背中のひっかき傷がひりつくし、肺は焼けるみたいだ。


「はあっ……くそ、いきなり難易度高いなこの旅」


木にもたれて呼吸を整える。土と湿った葉の匂い。汗が首筋を流れる感覚。生きてる実感としてはだいぶ雑だ。


そのとき、近くの倒木の影から、かすかな声がした。


「ねえ」


人の声だった。女の子。いや、気のせいかと思うくらい弱い。


俺は身を固くする。追手か何かなら最悪だが、そんな気配じゃない。恐る恐る近づくと、切り株の陰に小柄な少女がうずくまっていた。年は俺より少し下くらい。ぼさぼさの栗色の髪、泥だらけの頬、やたら大きい目。服は擦り切れているし、靴なんて片方の紐が切れている。


で、第一声がこれだった。


「食べ物ある?」


「第一声それ!?」


あまりにも迷いがなくて、逆に感心した。助けてでも痛いでもなく飯か。生存本能が強すぎるだろ。


少女はふらふらしながら俺を見上げる。警戒心が薄いとかいうレベルじゃない。普通、俺みたいなやつに初対面でこんな距離感にはならない。俺の近くに来た相手は、だいたい目を細める。空気が悪いとでも言いたげに半歩引く。なのにこいつは、まるで焼きたてのパンでも見つけたみたいな顔をしていた。


「あるにはあるけど、少しだぞ」


「少しでもいい!」


「目が輝く基準が低いな」


俺はため息をつきながら、荷物袋から干し肉を一枚取り出した。貴重な保存食だ。今の俺の全財産の一部と言っていい。普通なら渡さない。普通なら。


でも、こいつ、今にも倒れそうなんだよな。


少女は受け取るや否や、ものすごい勢いでかぶりついた。野生か。顎の力どうなってる。噛みしめるたびに、幸せそうに頬がゆるむ。そんなにうまいか、それ。いや、腹が減ってると何食ってもうまいけどさ。


「生き返る……」


「大げさじゃないのが怖い」


「命の恩人だね、きみ」


「干し肉一枚で命を背負わせるな」


すると少女は、当たり前みたいに俺の隣へぴたりと座った。距離が近い。近すぎる。肩が触れる。俺は思わず半歩ずれる。少女はその分だけ詰めてきた。なんだこの圧。


「今日から一緒に住む!」


「いやなんでそうなる!?」


思わずいつもの口癖が飛び出した。そうなる要素がどこにあった。干し肉一枚で共同生活まで飛躍する会話ってあるか?


少女はきょとんとする。


「だって、ごはんくれる人に悪い人はいない!」


「判断基準が雑!」


「あと、きみの隣、変な感じで落ち着く」


「いやそれ絶対故障してるだろ感覚が」


俺は全力で否定したが、少女はまるで聞いていない。干し肉の残りを大事そうに抱えたまま、ふんふんと鼻を鳴らしている。犬かお前は。


「名前は?」


「断る流れ見えなかった?」


「見えたけど、お腹いっぱいじゃないと細かいこと気にできない」


「開き直りがすごいな」


まあいい。黙っていても離れそうにない。


「ユウだ。黒瀬ユウ」


「ユウ。わたしはミア!」


元気に名乗ったくせに、直後に腹が鳴った。長い。すごい音量。森の鳥が一羽飛び立つくらいには響いた。


俺はついに吹き出した。


「まだ足りないのかよ」


「足りない!」


「潔いなあもう!」


笑うつもりじゃなかったのに、笑ってしまった。さっきまで胸の中に詰まっていた重たいものが、少しだけずれる。こんなタイミングで変なやつに会うとか、世界もたまには雑な冗談を言うらしい。


結局、その日は森の浅いところで野営することになった。と言っても、俺一人なら適当に木陰で寝るつもりだったのに、ミアがいるせいでそうもいかない。焚き火くらいは必要だ。


乾いた枝を集め、火打石で火を起こす。最初はつく。だが、しばらくするとふっと弱まり、頼りなく揺れて消えた。


「ほらな」


「火、嫌われてる?」


「正確には俺の近くにいるものがだいたい機嫌悪くなる」


「へえ」


へえ、で済ますなよ。わりと深刻な話なんだぞ。


俺はもう一度火をつける。消える。三回目もだめ。四回目でさすがに苛ついて、枝を投げそうになったところで、ミアが俺の手首をつかんだ。


「ちょっとじっとして」


「は?」


そのまま彼女は、俺の手に自分の両手を重ねた。ひやりとして柔らかい。近い近い近い。心臓に悪い。というか初対面なんだけど?


次の瞬間、手のひらから何かが抜けるような妙な感覚が走った。痛くはない。むしろ、張りつめていた糸がすっとほどけるような、不思議な軽さだ。


ミアが焚き火に指を向けると、火がぱっと安定した。さっきまでぐずついていた炎が、嘘みたいに素直に燃え上がる。


「……今、なにした?」


「ちょっともらった」


「何を」


「きみの、余って暴れてるやつ」


説明がふわっとしすぎて何もわからない。だが、本人は得意げだ。焚き火の赤が頬を照らして、目がきらきらしている。こいつ、ほんとに俺の呪いが平気なのか。


俺は火の向こうに視線を落とした。


「気味悪くないのか、俺」


聞くつもりはなかった。聞いたところで答えに期待してるみたいで、だいぶださい。でも、口から出た。


ミアは首を傾げたあと、あっさり言う。


「別に?」


「即答だな」


「お腹空いてる方がつらいし」


「比較対象そこ?」


「それに、きみ、嫌な匂いしない」


「人を肉みたいに判定するな」


「寂しい匂いはする」


その一言だけ、妙に静かに落ちた。


焚き火のはぜる音が耳に残る。夜の森は冷える。虫の音が遠くでつながって、黒い木々の間を風が抜ける。炎の熱が頬にあたるのに、背中はひやりとしていた。


寂しい。そんなもの、今さら言われなくてもわかってる。ずっと前から知ってる。知ってるけど、人に言われると形になってしまうから困る。


「……勝手に分析するな」


「当たってるんだ」


「うるさい」


ミアはくすっと笑った。勝ち誇るでもなく、からかうでもなく、ただ普通に。あまりにも普通すぎて、逆に落ち着かない。


俺は鍋に水を張り、残っていた乾燥野草と少しの塩で薄いスープを作った。大したものじゃない。でも温かいだけでだいぶ違う。ミアは両手で木の椀を抱えて、湯気まで嬉しそうに吸い込んでいる。


「ユウ、料理うまい」


「この程度で褒めるな。期待値が上がる」


「明日も食べたい」


「それはお前がついてくる前提なんだよな?」


「うん!」


即答。強い。押しが強い。腹ぺこ少女、距離感がだいぶ壊れてる。


けれど、不思議と嫌じゃなかった。面倒だとは思う。かなり思う。でも、嫌じゃない。追い出されたその日にそんなことを認めるのは、少し悔しい。


夜が明ける前、俺は何度か目を覚ました。焚き火は細くなっても消えずに残っている。ミアは俺のすぐ隣で丸くなって寝ていた。警戒心、ほんとにどこへ置いてきたんだ。


朝は冷えた空気と、湿った土の匂いで始まる。薄い霧の向こうで鳥が鳴き、葉から落ちた露がぽつぽつと音を立てる。俺は顔を洗い、残り少ない荷物をまとめた。


「行くぞ」


「ごはんは?」


「起きて最初がそれかよ。歩きながら木の実でも探せ」


「ユウが厳しい」


「世界はもっと厳しい」


「じゃあユウは世界よりちょっとだけ優しい」


そう言って笑うから、返す言葉に困る。そういうの、ずるいだろ。


森道を抜けて街道に近づいたころ、遠くから馬のいななきと、怒鳴り声が聞こえた。金属のぶつかる音も混ざる。明らかにろくでもない。


「……面倒の気配しかしないな」


「ごはんの気配は?」


「しない」


「じゃあたぶん大変な方だ」


会話の基準が終始ぶれないな、こいつ。


俺たちは木々の間から街道をのぞいた。馬車が横転し、荷台の箱が散らばっている。護衛らしい男たちが何人か倒れ、数人の盗賊が剣を振り回していた。剥き出しの腕に雑な刺青、革鎧、濁った笑い声。いかにもだ。


その中で一人、銀髪の女が盾を構えて踏ん張っていた。鎧姿の騎士だ。だが周囲を囲まれ、押し込まれている。馬車の陰から子どもの泣き声がした。


俺は舌打ちする。


「関わる気はない。ないんだけど」


体がもう前に出る準備をしている。ほんと嫌になる。俺は一人で生きるって決めたばかりだぞ。決意の賞味期限が短すぎるだろ。


ミアが横で俺を見る。その目は妙に静かだ。


「ユウ、行くんでしょ」


「なんで断定なんだ」


「そういう顔してる」


「腹ぺこのくせに観察力だけ高いな……!」


子どもの泣き声がもう一度響く。甲高く、息が詰まるような声だ。


だめだ。無理だ。聞こえたものをなかったことにはできない。


俺は近くの石を拾い、盗賊の一人へ向かって全力で投げつけた。


石は額に当たり、男が「がっ」と変な声を出す。


「おいそこの雑な悪役ども! 寄ってたかって格好つけるな、見てるこっちが恥ずかしい!」


盗賊たちの顔が一斉にこちらを向く。はい注目集め成功。成功してほしくない種類のやつだけど。


「ガキが」


「死にたいらしいな」


「いや別に。生きたいに決まってるだろ」


言いながら、俺は街道へ駆け下りた。盗賊の一人が身体強化の魔法をまとって突っ込んでくる。足元に青白い光が走り、速度が跳ねる。速い。だが俺の前まで来た瞬間、その光がぶれた。脚の運びが一拍ずれ、男の剣筋がわずかに甘くなる。


その隙を、銀髪の騎士が逃さなかった。


重い盾で男の剣を弾き、返す刃で腕を浅く斬る。盗賊が悲鳴を上げて後退した。騎士の動きは派手じゃない。けれど無駄がなく、守るための形をしている。馬車のそばの子どもへ攻撃が行かないよう、立ち位置が綺麗に調整されていた。


「子どもから離れろ!」


凛とした声が飛ぶ。真面目そうだなあ、と一瞬だけ思った。思った直後に、別の盗賊がその背後へ回るのが見えた。


「後ろ!」


俺が叫ぶ。同時に走る。背中の包丁を抜くほどの余裕はない。なら、蹴る。


盗賊の足首を横から払う。体勢が崩れたところへ、騎士の盾が叩きつけられた。ごつん、というだいぶ痛そうな音。男が沈む。


残りの盗賊たちが俺を睨んだ。だが、俺が前へ出るほど、連中の強化魔法が微妙に狂う。肩にまとった光が薄れ、剣の軌道がぶれる。噛み合わない。俺の近くではそうなる。仕組みは知らない。でも、今は使う。


「なんだこいつ!」


「知らねえよ、こっちが聞きたい!」


俺が毒づきながら石箱を蹴って転がすと、盗賊の一人がつまずく。騎士がその前へ滑り込み、盾で叩き伏せる。強い。いや、固い。守りの型が徹底している。


最後の一人は子どもを人質に取ろうと馬車へ飛びついたが、その前にミアがどこからか拾った棒で手首をひっぱたいた。


「ごはんの邪魔!」


「参戦理由が食事!」


盗賊が痛みに呻いた隙に、俺が体当たりする。男は荷車の車輪にぶつかって倒れ、そのまま騎士に取り押さえられた。


静かになった街道に、荒い息だけが残る。馬が鼻を鳴らし、荷物の匂いと土埃が混ざる。朝の光がようやく霧を押しのけて、場面全体を白っぽく照らしていた。


俺は肩で息をしながら、倒れた盗賊を見下ろす。


「だから朝から重いって……」


そのとき、銀髪の女騎士がこちらへ向き直った。年上だ。十九くらいだろうか。整った顔立ちに、きっちり結い上げた髪。けれど額には汗がにじみ、鎧の一部は傷だらけだ。真面目さがそのまま人の形になったみたいな雰囲気をしている。


彼女は俺の前まで来ると、突然、片膝をついた。


「命を救われた以上、最後まで責任を取ります!」


「は?」


「このレティシア・アルヴェイン、あなたに忠義を尽くします!」


「いやなんでそうなる!?」


本日二回目である。どうなってるんだこの世界。村から追い出されたと思ったら、腹ぺこ少女が同居を宣言し、その次は騎士っぽい人が責任を取るとか言い出した。


俺は頭を抱えた。


空は晴れている。最悪なくらいに晴れている。たぶんこれ、俺の旅はぜんぜん静かじゃない。


一人で生きるつもりだったはずなのに、世界はそんな決意をあざ笑うみたいに、次の面倒をどんどん寄越してくる。


ただ――胸の奥に空いたままだった穴に、さっきよりほんの少しだけ、熱が残っていた。

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