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第3話 森の魔女は笑って秘密を暴く

「森って、だいたい入口から嫌な顔してくるよな」


宿場町を出て半日。俺は目の前の木々を見上げながら、心底どうでもいい感想を口にする。


街道から外れた先に広がる“呪われた森”は、見た目だけならただの深い森だ。背の高い針葉樹が空を細く切り取り、湿った土の匂いが足元から立ちのぼる。風は弱いのに枝葉はざわついていて、鳥の声がやけに少ない。静かというより、音がここだけ避けている感じがする。


こういう場所、だいたい碌でもない。


ミアは俺の隣で、買ったばかりの固いパンをかじっていた。森に入る直前まで食ってたのに、まだ食うのか。胃袋が別次元につながってるだろ。


「嫌な顔ってわかるの?」


「なんとなくな。空気が“帰れ”って言ってる感じ」


「森もユウを追い出したいんだ」


「さらっと傷口をえぐるな」


レティシアは先頭で周囲を警戒していたが、森へ一歩踏み込んだあたりから、妙に動きが固くなった。足取りそのものは乱れていない。ただ、視線の運びが不自然だ。さっきから三回くらい同じ木を見ている。


「どうした」


「……方角が、曖昧です」


珍しい。宿場町からここまでの道中、この人は地図も太陽も地形もきっちり拾って進んでいた。真面目が行軍してるみたいな精度だったのに、今は自分でそれを信じきれていない顔をしている。


「目印の岩が、先ほどもあそこにあった気がします」


「気のせいじゃないの?」


「いえ。私の記憶違いならいいのですが」


声が少し低い。警戒しているというより、自分の感覚が裏切ることに苛立っている感じだ。


俺は周囲を見回した。


確かに、森の景色は似ている。似ているけど、俺には妙な違和感があった。木々の間に、ごく薄く、空気の継ぎ目みたいなものが見える。糸くずみたいな光の歪みがいくつも漂っていて、道らしく見える場所ほど妙にねじれている。


「……あっち行くな」


「え?」


レティシアが向けた足先を、俺は反射で止めた。


「あっちは変だ。道っぽく見えるけど、たぶん違う」


「見てわかるのですか」


「わからん。でも、あそこだけ“作ってる感”がある」


説明が雑なのは自覚している。俺だって自分で言ってて意味不明だ。でも、本当にそんな感じなのだ。自然にある歪みじゃなくて、誰かが上から塗り直したみたいな違和感。


ミアが木の幹にぺたっと手を当てた。ぺろっと舐めそうな勢いだったので、さすがにそれは止める。


「食べるなよ」


「まだ食べてないよ」


「まだ、って言ったよな今」


ミアは目を閉じ、しばらくじっとしてからにやっと笑った。


「この森、お腹いっぱい」


「比喩にしてもだいぶ物騒だな」


「魔力が濃い。変な味だけど」


味で言うのやめろ。森全体がスープみたいに聞こえる。


とにかく、レティシアの感覚は頼れない。俺の勘と、ミアのよくわからない食レポだけが頼りという、あまりにも不安な探索が始まった。


それでも進むしかない。盗まれた加護証を追うためだ。俺の身の上なんて、どうせ昔からろくでもない。だが、それを知ってる連中が先に動いてるとなると話は別だ。知らないまま殴られるのは趣味じゃない。


森の奥へ進むにつれ、空気はますます湿って重くなった。靴が腐葉土を踏む音すら吸われていく。遠くで水の滴る音がするのに、川は見えない。枝の影がときどき人の形に見えて、すぐ崩れる。


レティシアが小さく息を吐いた。


「視界の端に、人影のようなものが見えます」


「俺には見えないな」


「なら幻覚ですね。最悪です」


真顔で最悪認定するのがこの人らしい。いや、実際最悪だけど。


俺の目には、人影よりもっと別のものが見えていた。木と木の間に、ひび割れみたいな線が走っている。そこだけ空気の色が薄く、触れたら抜けそうだ。俺はその綻びを避けるように歩く。


「たぶん、この森。道を隠してるんじゃなくて、間違った道を見せてる」


「嫌な仕組みだね」


「罠ってそういうもんだろ」


「食堂の行列を本物っぽく見せて別の店に誘導するみたいな?」


「森の罠を食事の話で例えるな」


でも、あながち間違ってもいない。見せたいものを見せて、選ばせる。そういう悪意がある。


しばらくして、木々の向こうに小さな建物が見えた。苔むした石の土台に、古びた木の壁。窓の片方は割れ、屋根には蔦が絡まっている。森の中の研究小屋、という噂にぴったりの見た目だ。


「見つけた……のか?」


レティシアが眉を寄せる。


「不用意に近づくのは危険です」


「それはそう」


言った直後だった。


割れた窓から、何か白いものが飛び出してきた。


「っ!?」


反射で身を引く。白いものは人だった。ほっそりした少女が窓枠を軽々と飛び越え、俺の目の前に着地する。長い灰銀の髪、眠そうに半分垂れた目、黒いローブの下から覗く足はやけに細い。全体的に“ちゃんとしていない美人”という感じだ。だが、その目だけは異様に輝いていた。


俺を見た瞬間、そいつは言った。


「え、面白」


「第一声それ!?」


なんなんだよ今日の出会い。俺の人生、初対面の礼儀が壊れてるやつしかいないのか。


少女――たぶん噂の魔女は、俺の顔をのぞき込むように近づいてくる。距離が近い。ほんとにこの世界、他人との間隔を測る授業が存在しないのか?


「近い近い。なんだお前」


「うわ、本当にいるんだ。“世界の穴”」


心臓がひやりとした。


またその言葉だ。昨夜の侵入者も言っていた。聞き覚えのないはずなのに、耳に残る。嫌な形で。


レティシアがすぐ前に出て、剣の柄へ手を置く。


「あなたがこの小屋の主ですか」


「たぶんそう。少なくとも、最近は私しか住んでない」


「最近ってなんだ」


「季節感の話」


「たぶん今それいらない」


魔女は気にした様子もなく、俺の腕を勝手に持ち上げようとした。反射で振り払う。


「触るな」


「えー。ちょっとだけ」


「何がちょっとだけだよ」


「解剖していい?」


「よくない!!」


ミアが楽しそうに拍手した。


「この人おもしろい」


「お前の面白い判定、命に関わる方向へ雑だな!?」


レティシアは本気で剣を抜きかけているし、俺はツッコミで息が切れそうだし、魔女はまったく悪びれない。場の空気が一瞬でめちゃくちゃになった。


魔女は首を傾げる。


「だって君、珍しいし。神殿が数百年単位で隠してるやつだし」


「物騒な情報を軽いノリで足すな」


「じゃあ解剖じゃなくて観察で」


「ランクが下がっただけで怖いわ!」


俺が怒鳴ると、魔女はようやく少しだけ口を尖らせた。


「つまらない」


「こっちは命がかかってる」


「私も研究がかかってる」


「知らん!」


するとミアが俺の袖を引っ張った。


「ユウ、この人、嘘はあんまり言ってない」


「“あんまり”が不穏なんだよ」


魔女はそれを聞いて面白そうに目を細めた。


「あ、そっちの子も変わってるね。いいなあ、今日当たり日だ」


「当たり日で済ませるな」


レティシアが低い声で問う。


「昨夜、宿に侵入した者たちを知っていますか」


魔女は肩をすくめた。


「知ってる。というか、あの人たちが探してた記録、私が先に確保した」


「……は?」


「盗んだ、とも言う」


「悪びれろ!」


「でもあれ、君たちに渡る前に教会に回収されたら終わりだよ?」


その一言で、俺の頭の中のツッコミが少し止まる。


教会。


やっぱりそこにつながるのか。


俺は息を整えて、改めて魔女を見た。


「名前は」


「シエラ」


「じゃあシエラ。まず確認だ。お前は敵か?」


「面白い問いだね。私は研究者で、教会に追われてて、森に住んでて、君を解剖したい」


「途中までは敵寄りなんだよな」


「でも今のところ、君を殺す理由はない」


「物騒な基準だな!」


シエラはくるりと踵を返した。


「外で立ち話もなんだし、入る? どうせここまで来たなら、見た方が早い」


「罠じゃないだろうな」


「この森自体が罠みたいなものだし、今さらじゃない?」


ぐうの音も出ない。腹立つなこいつ。


結局、俺たちは小屋へ入ることになった。中は外観以上にめちゃくちゃだった。壁一面の棚には巻物や瓶や骨やら何やらが積まれ、机の上には紙束と工具と干からびた草が同じ顔で転がっている。窓際には妙に鋭い刃物が並んでいて、見なかったことにしたい。


「絶対その刃物、観察用じゃないだろ」


「用途はいろいろ」


「聞いてない」


シエラは散らかった机の上から、古びた冊子を二冊と、俺の加護証そっくりの木札を取り出した。昨夜盗まれた俺の加護証だ。


「返す」


「素直!」


「必要な写しは取ったから」


「写しを取るな!」


俺が木札をひったくると、裏面の封印紋に見覚えのない線が追加されている気がした。いや、追加されたんじゃない。うっすら隠れていた線が、擦れて見えやすくなっている。


シエラは俺の視線を追って笑った。


「そこ、普通は見えないんだよ。教会の封印式が焼いてある」


「教会?」


「うん。白天教会」


レティシアが息を呑む。


「……やはり」


シエラは冊子を開き、机に広げた。古い文字がびっしり並んでいる。俺には半分も読めない。だが、ところどころに紋章や図式が描かれていて、その中に俺の加護証の裏面と似た形があった。


「“世界の穴”。数百年前に一度だけ大きく記録が残ってる呪い。神殿の文書では災厄扱い。でも、もっと古い文献だと解釈が違う」


「どう違う」


シエラはとん、と紙を叩く。


「“世界の綻びを観測する者”」


言葉が、やけにすっと耳に入った。


災厄じゃない。化け物でも、不幸でもない。観測する者。意味はまだよくわからないのに、今までよりはるかに納得できる響きだった。


俺はすぐに首を振る。


「いや、待て。そんなの陰謀話だろ。俺は昔から周りの空気を悪くして、物を壊して――」


「壊してない。ズラしてる」


シエラが即座に言い切る。


「君の近くで魔法も加護も噛み合わなくなる。整えられた術式が“正しく動けなくなる”。それだけ。だから雑な強化ほど崩れるし、隠された仕組みほど見えやすくなる」


俺は黙る。


それは、心当たりがありすぎた。


村で折れた鍬。盗賊の狂った踏み込み。若い冒険者のぶれた拳。全部、“壊した”というより“ずれた”方が近い。


でも、それが呪いじゃないと言われても、じゃあ何だ。十五年分の扱いを、いきなりひっくり返せと言われても困る。


シエラは俺の表情を見て、少しだけ声を落とした。


「信じなくていいよ。だから実験する」


「解剖以外で頼む」


「もちろん。今日は優しいやつ」


“今日は”がついてる時点で信用が揺らぐ。


シエラは棚から白い護符を取り出した。表面に教会の紋章、裏面に細かい術式が刻まれている。見た瞬間、なんとなく嫌な感じがした。見えないのに、見せたくないものを上から塗って隠してる感じ。


「これ、教会の結界札。そこそこ上等」


「なんでそんなもん持ってるんだ」


「拾った」


「嘘つけ」


「半分くらい」


「半分嘘じゃねえか」


シエラは俺に護符を押しつけた。


「握って」


「嫌な予感しかしない」


「大丈夫。爆発しても小規模」


「大丈夫の意味を勉強し直せ!」


それでも、ここまで来た以上は引けない。俺は渋々、護符を手に取った。


ひやりとした紙の感触。次の瞬間、手のひらの奥がずきっと痛む。痛いというより、拒まれてる感じだ。護符の内側で何かが必死に形を保とうとしていて、俺の指先がそこへ触れた途端、噛み合わせが狂う。


ぴし、と細い音がした。


護符の表面に亀裂が走る。


「おい」


ぴし、ぴし、と連続で割れ目が増え、次の瞬間、護符が甲高い悲鳴みたいな音を立てて砕け散った。


部屋の空気が一気に変わる。


窓の外の木々がぶれ、森を覆っていた薄い霧が一瞬だけ引いた。視界の向こう、さっきまで見えなかった場所に石碑が立っている。苔に埋もれ、半分崩れながらも、そこだけ異様に存在感が強い。


「なっ……」


レティシアが目を見開いた。


「森の幻惑が、消えた……?」


シエラは楽しそうに笑った。


「ね?」


ね、じゃない。こっちはびびってるんだよ。


俺は砕けた護符の欠片を見下ろす。紙のはずなのに、中から細い金属線みたいなものがのぞいていた。教会の護符って、こんな構造なのか。見たくなかったな、その裏側。


シエラは窓の外の石碑を指さした。


「行こう。証拠、好きでしょ?」


好きではない。だが、気になる。ものすごく気になる。


小屋を出て石碑に近づくと、表面の文字が少しだけ読めた。古い書式で、削られた跡もある。それでも中央の一文だけは残っている。


――選ぶ自由を返せ。


喉が、妙に詰まった。


レティシアが石碑の縁へ触れ、息を呑む。


「この紋様……私の加護紋と、一部が同じです」


「え?」


彼女が指した先には、騎士団の紋章に似た線があった。ただし形はもっと柔らかく、閉じるためではなく、何かを受け止めるための円に見える。


シエラがうなずく。


「白天教会の加護式は、もっと古い仕組みを作り替えたものだよ。もともとはもっと自由だった。願いを記録して、本人の選択を助けるだけの装置。今はそこへ“役割”を固定する術式が足されてる」


「そんなの、証明できるのか」


「できるから追われてる」


さらっと言うな。重いんだよ内容が。


そのとき、ミアが石碑へそっと触れた。


瞬間、彼女の顔色が変わる。いつもは食べ物を前にした犬みたいな目が、はっきり怯えた。


「……地下」


「ミア?」


「白い床。冷たい部屋。いっぱい子どもがいて、音がなくて……」


彼女の指先が震えている。俺は反射でその手を取った。いつもなら俺の方が距離を取るくせに、こういうときだけ体が勝手に動く。ほんと厄介だな俺。


「もういい。離せ」


ミアは小さく息を吸って、俺の袖を掴んだ。


「王都の神殿の下。そんな感じがした」


シエラの目が細くなる。


「……つながってるね」


そこまで言ったところで、森の空気が変わった。


ざ、と一斉に鳥が飛び立つ音。いや、鳥じゃない。人の足音だ。複数。しかも統率されている。レティシアが即座に剣を抜き、俺の前へ出る。


木々の間から、白い法衣と鎧を混ぜた連中が現れた。五人、十人……いや、もっといる。胸元には白天教会の紋章。中央の男が声を張る。


「異端研究者シエラ。及び災厄指定個体の引き渡しを要求する」


「災厄指定個体って俺か」


「他に誰がいるんですか」


「言い方がちょっと傷つく」


シエラは俺の横で、妙に楽しそうだった。


「よかったね。公式に危険人物認定されてる」


「嬉しくない!」


教会兵たちはじりじり距離を詰める。剣だけじゃない。杖を持っている者もいる。強化と拘束を同時にかける気だろう。人数差が面倒すぎる。


だが、俺が一歩前に出た瞬間、先頭の兵の足元に走っていた光がぶれた。


「あ?」


二人目の杖先の魔法陣も、円がわずかに歪む。


来た。


俺は歯を食いしばる。


「レティシア、守り。シエラ、何かあるなら今だ!」


「ざっくりしてる!」


「お前が一番ざっくりしてる!」


教会兵が一斉に踏み込む。だが、俺へ近づくほど強化の光が薄れる。完全に消えるわけじゃない。けれど“きっちり整えられている”前提の術式ほど乱れる。たぶん、教会製の加護は特にそうだ。


レティシアの盾が先頭を受け止める。重い衝突音。彼女は一歩も引かない。さすがだ。この人の守り、ほんとに壁みたいだな。


俺は横から回り込んできた兵の腕を払い、足を引っかける。相手の動きは良い。だが、こっちのすぐ近くでは一拍遅れる。そのズレだけで十分だ。


ミアは後ろで叫ぶ。


「ユウ、左!」


「見えてる!」


杖持ちが拘束の光を放つ。俺は身を低くして避ける。光の帯が木に巻きつき、幹がみしりと軋んだ。危ない危ない。森ごと巻き込むな。


シエラはその間に、地面へ何やら複雑な紋を描いていた。詠唱がやたら早い。変人だが、腕は本物らしい。


「十秒!」


「長い!」


「私の中ではかなり短い!」


「基準が研究者すぎる!」


兵の一人がレティシアの死角から突っ込む。俺は石碑の前へ踏み込み、あえてそいつの正面に立った。強化の紋がぶれ、男の剣筋が半歩ずれる。そこへレティシアの盾が割り込む。ほんと相性いいな俺たち。いや、言い方がちょっと嫌だな。訂正。連携が噛み合う。


シエラが最後の印を叩いた。


「はい、飛ぶよ」


「何が!?」


次の瞬間、小屋全体を中心に青白い光が噴き上がった。


足元が消えるような感覚。胃が一瞬で裏返る。視界がねじれ、森の色が水面みたいに揺らいだかと思うと、次にはもう別の場所へ立っていた。


倒れ込む俺の横で、ミアがけろっと言う。


「おもしろかった」


「俺は全然面白くない!」


そこは小屋の中だった。ただし、さっきの場所じゃない。窓の外に見える景色が違う。森のもっと深い場所か、あるいは全然別の座標か。シエラは額の汗を拭いながら、満足そうに息をつく。


「成功」


「気軽に空間移送するな!」


「便利でしょ」


「心臓に悪い!」


レティシアはまだ剣を構えたままだったが、追手がいないと確認するとようやく肩の力を抜いた。


しばらく誰もしゃべらなかった。息を整える時間が必要だったのもある。けれど、それ以上に、さっき見たものと言われたことが重かった。


俺は壁にもたれて、深く息を吐く。


村で追い出された理由。人が俺を避ける感じ。道具や魔法のズレ。全部、ただ“嫌われているから”で片づけてきた。そう思えば楽だったからだ。自分が悪い、自分が不吉、それで終わるなら考えなくて済む。


でも、もし違うなら。


もし、本当に世界の側が俺を怖がっているなら。


その理由を知ったら、俺はもう今までみたいに諦めていられない。


シエラが机に腰かけ、いつもの軽い調子で言った。


「君が嫌われてるんじゃないよ」


俺は顔を上げる。


彼女の目だけが、冗談抜きでまっすぐだった。


「世界が、君を怖がってる」


その言葉は、胸の奥へ静かに落ちた。


痛いのに、熱い。


追放された日の朝から空いたままだった穴に、今度は違う形の火が入る。まだ小さい。まだ信じ切れない。けれど、無視できるほど軽くもない。


ミアが俺の袖を掴む。レティシアが黙ってこちらを見る。シエラは面白い実験動物を見る顔を少しだけやめて、研究者らしい真面目さをのぞかせていた。


どうやら俺の旅は、“嫌われ者の放浪”だけでは済まないらしい。


面倒が大きくなりすぎて、もはや笑うしかない。


「……いやほんと、なんでそうなるんだよ」


つぶやいた俺に、シエラがにやりと笑う。


「そこからが面白いんじゃない?」


まったく同意したくないのに、少しだけ否定しきれない自分がいるのが、いちばん腹立たしかった。


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