表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋  作者: 史音
18/29

同級生 坂村直人

待ち合わせの人は時間よりも前にやってきた。


学生時代に会った人だけど、顔はよく覚えていなかった。でも会えばわかる。それは向こうも同じだったのだろう。店に入ってすぐに私を見た。

「久しぶり」

「お久しぶりです。今日はありがとうございます」

待ち合わせの喫茶店は人が少なく静かで、私たちは向かい合って座る。

目の前の男の人は私を見て気遣うような笑顔を見せた。

「大変だったね」

私はそれに苦笑いで応えた。



坂村直人さんは優さんの友人だ。小学校から一緒で、私が知る限り子供の頃の優さんの一番仲のいい友人だったと思う。だから川村家で坂村さんと話したことも何回もある。


浜田さんが私に教えてくれたのは坂村さんの連絡先だった。

存在を知っていても、連絡先は知らなかった。ずっと会っていないし、優さんからも話は聞かなかったから、まだ仲が良かったのかと驚いた。

でも、今でも連絡は取っていたのだと思う。私が連絡した時、坂村さんが最初に口にしたのは

「優が見つかった報告かと思った」

というものだった。明から連絡が入っていたらしい。

優さんの話を聞きたいと言ったら、すぐに了解してくれた。


優さんを探すのは止めたはずなのに、なぜ再開したのかと言われたら、答えに困る。

思いもかけず仲良くなった浜田さんがくれた情報を無視できないと言うのが大きい。

この人に会ったら、本当におしまいにしよう。

そう思って連絡をとった。



だけど坂村さんはあっさりと首を振った。

「俺も手がかりはない。最近は忙しいから、会う事も少なかったし」

「ですよね」

働いたら生活は仕事中心になる。学生時代の付き合いが薄くなるのも当然だ。お互い顔を見合わせて苦笑いする。坂村さんはため息をついた。

「優がこんな思い切ったことすると思わなかったな」

私も心の中で同意する。坂村さんは考えるような顔をした。

「仕事のストレスかな?」

私は首を振った。

「わかりません。本当に突然で、書き置きもなくて皆が驚きました」

だよな、と坂村さんはため息をつく。

「あの歳で大きい会社の重役になって、無理していたかな。俺も心配はしてたんだよね」

「優さん、何か言っていませんでした?」

私の質問に、坂村さんは苦い顔をした。

「特に何も。男同士の集まりで仕事の悩みは話さないよ。むしろ意地でも仕事は充実しているって格好つける」

それを聞いて、男同士なんて意地の張り合いだと思った。



「……それに俺たちの間にも色々あるんだよ」

「色々?」

思わず聞き返すと、坂村さんはとても苦い顔をした。

「何かあったんですか?」

私の言葉に明らかに渋々という態度で話し出す。


「ほら、あいつ大学受験で浪人しただろ?」

言われて思い出した。優さんは一浪している。優さんの行った大学なら、浪人は珍しくない。

だけど、坂村さんはため息をついた。

「その時に俺たちの間に距離ができた」


初めて聞いた話で驚いていると、坂村さんは私を見た。

「君も見ていたでしょう?優、大学受験の時、色々あって大変だったの」

私は首を振った。

「実は私、その時はあまり川村家に行っていなかったのでわかりません」


優さんの大学受験の時は、優さんに恋人がいて、私が川村家から離れていた時期に重なる。だから大学受験の時の事を全く知らない。

そう言ったら坂村さんは驚いた顔をして笑った。

「ああ、そう。確かに受験だし、行っても歓迎されなかったかもね」


その後、坂村さんは話をしてくれた。


高校時代の優さんの成績は決して悪くなく、付属の大学に行くなら問題なかった。だけど、優さんとおじ様の希望で、日本で1番良い大学を目指すことになり、優さんは高校3年で勉強を始めた。仲の良かった坂村さんも、優さんと一緒の大学へ行こうと勉強に加わった。二人で本当に寝る間も惜しんで勉強していたという。


坂村さんはため息を吐いた。

「勉強はとにかくキツかった。だけど優がいたから俺も頑張れた……でも俺は受かって、あいつは落ちた。合格発表は一緒に行ったけど、あいつの顔は見られなかった」

優さんの浪人が決まった時、川村家には重い空気が漂ったそうだ。優さんもしばらく塞ぎ込んで、家に閉じこもり気味になり、坂村さんが連絡しても返事がなかったと言う。


会えたのは1年後。1年遅れで優さんが合格して、しばらく経った頃だった。

「たまたま大学で会ったけど、それまでは連絡がなかった。会った時、向こうは気まずい顔をしていたから、俺に会いたくなかったと思う。話はするけど、以前のような距離感はなかった」

「同じ大学に入ったら、気にしなくていい気もしますけど?」

私の意見に坂村さんは困ったように笑った。

「あいつ、あんな風に見えてものすごくプライド高いのは知ってる?」

「え?」

私を見てわからなかったのか、と独り言を言って坂村さんはため息をついた。


「大会社の跡継ぎで、本人は自覚がないけど、かなり甘やかされて育っている。勝負に負けたり、人から下に見られることが耐えられない」

そんなことは、初めて知った。私の知っている優さんからは想像できない。


明るくて優しくて、みんなの中心にいる様な人だと思っていたから。


坂村さんは俯いた。

「俺のことも、自分より成績が下だと思ってた。でもあの結果になって、プライドがボロボロだったと思う。だから俺に会いたくなかったと思うし、大学でも昔みたいな感じが無くなった。俺は変わらず声をかけたけど、あいつは声かけるなって顔をしてた」

大きなため息が聞こえた。

「男なんてそんなものだよ。あいつは特にそれが強かったと思う。俺もしばらくして、ああ、コイツとはもう仲良くできないってちょっと寂しくなったよ」

思わず黙ってしまう。坂村さんは明るい声を出した。

「でも、大学であいつが浜田さんと付き合っただろ?大学中大騒ぎになって、優も注目されるようになった」

坂村さんは肩をすくめた。

「注目されるのが、あいつは嬉しかったと思う。あんなに美人ならその気持ちもわかるし、あいつも満更でもない顔で彼女と歩いていた。自分の彼女を周りに自慢したかったと思う。でもそれだけが理由では無いかもしれないけど、あいつは自信を取り戻したみたいだった」

私は思わず顔を顰めた。


浜田さんが自分でもアクセサリー、と自虐的に言っていたのを思い出す。それは許せなかった。

坂村さんは私を見て慌てて謝った。

「ごめん、でもそれまでは反応が悪かったのに、彼女と付き合ったら急に自分から声をかけてきて、結構あからさまだったよ」

坂村さんは思い出したのか、呆れたように笑った。

「まあ、俺の思い込みかもしれないけど」

「そうです。浜田さんに失礼です」

言いながら苦い気持ちになる。

「さっきも言ったけど、あいつはそう言うところ、あるんだよ」

知らないだろうけど、きっと会社でもあったと思うよ。そう言って坂村さんは笑った。

だけど怒っている私を見て、話題を変えた。


「でも彼女と付き合って、明るさが戻ったのは事実。良かったよ」

「浜田さんはいい人ですし」

坂村さんは大きく頷いた。

「俺も話したけどすごく良い子だった。本当に良かったよ。だって最初の子はあんなことになったからさ。次こそはちゃんと良い子と付き合ってほしいと思ったから」

私はお茶を飲もうとしていた手を止めた。

「最初の子って?」

坂村さんは私の方を見て、まずい、と言う顔をして少し躊躇ってから口を開いた。

「ごめん、聞きたくないだろうけど、中高の時の彼女のこと」

もう別れてずいぶん経つから気にしないで、と笑った。


言われて私も思い出した。

その人の姿は見たことがある。


昔、川村の家で見た。

髪の長い、大人びた笑顔の人。

記憶は曖昧で、顔はぼんやりとしかわからない。

あの時は絶対に忘れないと思っていた彼女の名前を、私は忘れていた事に気がついた。



「すみません。優さんは高校の時、その人と別れたのですか?」

坂村さんは、また苦い顔をした。できれば話したくなかったのかもしれない。

「いや、その……」

「あまり良くない話ですか?」

坂村さんはちらりと私を見て、諦めたように話し出した。


「別れたけど、正確には別れさせられたって感じかな」

「え?」


坂村さんはため息をついた。

「高校3年生の模試で優の成績が悪くて、合格圏外どころか、受けるのもどうかっていう成績で、あいつの親父が激怒してさ。女と遊ぶ暇があるなら勉強しろって、かなりの剣幕で怒られたらしい」

坂村さんの顔がさらに苦い顔になった。

「それもあって、優は合格するために頑張った。合格したら、彼女の事も認めてもらえると思ったみたい。でも結局落ちたから、親から認めてもらうことはできなくて……一浪して絶対に来年は合格するからと言って、浪人はなんとか許してもらったらしいけど、そんな中で彼女と付き合い続けることはできない。だから別れた。それで、おしまい」

坂村さんはため息をついた。

「でも、彼女は別れたくないって言って、別れるのも大変だったと聞いたな。最後は優が振り切ったけど、すごく後味が悪かったみたい」

そうして私を見て、気遣うような目をした。

「ごめん、嫌な話だよね」

「あ、いえ」

「あの時は本当に大変でさ。優の親父も厳しくて、会社はお前には継がせないって言われたらしい。親の会社を継ぐために今まで必死で頑張ったのにって、優はかなり気持ちがやられていた。しかも」

「しかも?」

「あいつの弟、優秀だろ。それにもかなりプレッシャーを感じてた。すぐに親が弟と比べてくるし、受験で落ちた時も弟に後継がせるからお前はもういいって言われたって嘆いてた」

坂村さんは首を振った。

「出来のいい弟がすぐ後ろに迫ってくるって、ちょっと怖いよな」

兄として、明の存在は恐怖だった。

仲がいいと思っていたのは、私だけなのだろうか。


二人は、そう思ってはいなかったのだろうか。


「そういえば、弟も川村に入っただろ?心配したよ。あの二人がどうだったか知っている?」

今度は私が苦い顔をした。

「詳しくは知りませんが、多分ダメです」

「え?」

「優さんの仕事、全然ダメだったみたいです。その一つを明が直したり……でもそれってダメですよね」

うあ、と坂村さんは嫌な顔をした。

「それ、まずいよ。兄としても先輩としても、最悪」

「ですよね」

坂村さんはため息を吐いた。

「あいつは企画とか苦手そうだし、人を使うのも向いていないと思っていた」

その顔にはやっぱりという感情が透けていた。


「仕事も俺なりにアドバイスしたけど、あんまり言うとあいつも機嫌悪くなる。俺たちの関係も微妙だから、あまり言えなかった。……あの弟は絶対に優より優秀だし、なんでも上手くやる。あいつも弟と張り合わずに、自分の出来ることを着実にやった方が良かったよ。社長に拘らずに」

さっきの話からそれは理解できた。坂村さんなりに、気を遣ったのだ。

「でも子供の頃から親の後を継ぐのが目標だったし、諦められなかったのかな……プライド高いから、弟の指図を受けるとか、嫌だったのかもしれない」

坂村さんはぽつりと独り言のように呟いた。

私たちはお互い黙って、静かに息を吐いた。



それで二人とも暗い気持ちになって、会話も止まりがちになった。そろそろ帰ろうとなって、坂村さんは私に向き直った。

「もし手伝えることがあったら、言って。協力する」

「ありがとうございます」

「俺も友人として優のことを心配してる」

「……はい」

「優が大事な友達っていうのは変わらないよ。あいつと一緒に勉強して俺の人生は変わったし。色々あったけど、1番大切な友人の一人だから」

私は頷いた。

「わかっています。もし、優さんを見つけたらすぐに連絡します」

「頼む」


私は笑って坂村さんに微笑んだ。それをみて坂村さんは小さく笑った。

「何か?」

変な顔だったかと気になると、坂村さんはごめんごめんと返事する。

「実は最初はびっくりした。春奈ちゃんと優が結婚するなんて」

「そうですよね。いきなりでしたし、付き合ってから結婚まで早かったし」

「どっちかって言うと弟の方と仲が良かったじゃない。それが優と結婚なんて」

思わず苦い顔をした。まだ子供の頃の話だ。


あの頃、優さんは一人先に大人になって、私と明は取り残された。そして二人同じくらいに大人になった。年齢が近いから同じ時に成長したわけで、あの頃は明だって私を姉のように慕っていただけだ。


「歳が近いだけです。私はずっと優さんが好きでしたし、それで結婚することになって。でも結局こうなったってことはうまく行かなかった訳ですけど」

私は俯いて笑った。

「私はずっと優さんが好きでした」


少しして顔を上げると坂村さんは私を見ていた。

「でもさ、実際どんな感じだったの?」

「え?」

驚いた私を気にすることなく、坂村さんはあっけらかんと笑った。


「俺も妹がいるから思うけど、やっぱり妹には恋愛感情なんてわかないよ」

「え?」

「だから妹みたいな子と恋愛するとかキスするとか、ましてやそういう事なんて俺は絶対にできないし、想像もできない。やろうと思っても体が動かないと思う。優は春奈ちゃんを妹みたいに思ってたから、実際はどうだったのかなって」


頭をガツンと殴られたような気がした。



咄嗟に言葉が出なくて、私は黙って坂村さんを見つめた。



私の顔を見て、坂村さんはしまったと言う顔をした。急いで笑顔を見せる。

「ごめん、余計なお世話だよね。妹と妹みたい、は違うよね」

へらっと笑って、私を見る。

「それは俺の話だし。世の中にはそうやって結婚する人も多いし。逆に良くあるよね。むしろドラマとかマンガはそんな展開ばかりだよね」

ごめん、そう言って本当に申し訳なさそうな顔をして、笑った。



そうして坂村さんは急いで店を出て行った。

私は一人そのテーブルに残る。



立ち上がることができなかった。



頭の中に、最後の坂村さんの言葉が頭に残っていた。



『妹みたいな子と恋愛できない』

『キスできない』



失礼な言葉かもしれない。

怒っても許されたかもしれない。

でも、できなかった。

その言葉が頭の中に残って、消せない。



それを聞いて、そうかもしれないと思ってしまった。




私には、心当たりがあった。


理解できるだけの事が、あったのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ