第6話「学び舎を共に」
ゼガン王国、王都レバノンにある王立召喚学校。
召喚術のエリートを数多く輩出させている名門校である。
そこは実力主義が掲げられている。
家柄よりも才能、成績がものを言う学校だ。
マリアが通っているのは王立召喚学校の初等部である。
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グラスがマリアのダイブを受けて戯れた後。
マリアは書類を手に持ちグラスの目の前に突き出す。
「グラスさんッ!」
「なんだ?マリア」
「何だじゃないよ!しょるいだよ!! これがないと一緒に学校行けないんだから」
首を傾げるグラスにマリアは頬を膨らませる。グラスはその書類を見て、肩を竦める。
「何故私がマリアの学校へ行かないといけないんだ?」
「うッ……ダメ……?」
「待て泣くな。訳を話せ。話し次第では共に行ってやろう」
涙で潤むマリアの瞳にグラスは慌てた。孤独の皇帝は子供へのあやし方のスキルなんて持ち合わせていなかった。そのせいで言葉も早口になり、ぶっきらぼうに告げてしまっている。
「うん。あのね、わたしの学校ね、召喚術が使えないといけない学校なの」
「ほう。……え?」
グラスはマリアの言葉に頷いてから疑問の声を上げた。あの破壊的に成り立っていない召喚陣を描いた子が……?果たして大丈夫だろうか。グラスの表情は心配で曇った。
マリアはその様子にへにゃりと眉を下げ、
「うう……そうなんですよ~。わたしここままじゃ留年かくていです」
しゅんと肩を落とした。
「留年?随分シビアだな。マリアは初等部だろう?」
なんと世知辛い。グラスはマリアに同情した。
「ううん。普通はそんな事にはならないんだよ?わたしは少し特殊なだけで」
「特殊?」
グラスの疑問の声にマリアは居心地悪そうに目を逸らす。
「うん……。わたし召喚術成功したことなかったから……」
「ああ……」
落ち込んだマリアの声にグラスは遠い目をした。確かにあの下手さでは成功しないだろう。一番簡単な物でも怪しい。
「分かった。仕方ないが、一緒に行ってやろう」
「ほんと?!」
グラスの渋々とした了解にマリアは目を輝かせる。
「じゃあ、まずは種族名からだね!」
マリアが持っている書類は召喚獣の名前、種族名等簡単な項目が書かれている。ゼガン王国語で。グラスは召喚術の契約で知識の共有化で読めるようになっている。
「種族ね……」
グラスは己の身体を見下ろす。見た目は確かに人外よりだ。
銀色の髪はともかく金緑の瞳なんて人が持つ色素じゃない。ウェルネス帝国の皇帝が何故こんな目立つ色を持っているのか。理由は初代皇帝が神との繋がりの証として賜ったと伝えられている。あの国では神との距離が他の国よりも近い。
自分の人よりも尖った耳を撫でながらグラスは思案する。
ああ。そう言えば、ウェルネス帝国皇帝って代々神の使い的な扱いされているな。
「じゃあ……種族名は“堕天使”で」
「えっ!?」
“堕天使”。元天使で神より見放されて、翼と光り輝く天使の輪を失いし者を言う。見た目はそれぞれ違う。翼と天使の輪がないだけで外見は天使のままの者、罪の証と言わんばかりに髪や肌が黒に染まりし者。一説によれば犯した罪の重さによって違うらしい。
マリアはマジマジとグラスを見つめる。全体的に色素の薄いこの青年は神秘的で天使と言われても否定出来ない雰囲気がある。綺麗な美しい容姿も、服装だって神様の御使いみたいだ。
けれども。
「うーん……。でもグラスさん、罪人じゃないよ?」
そんな事をする人には見えないとマリアは不満げに頬を膨らませる。
「クククッ。可笑しな事を言う」
マリアの言葉にグラスは喉の奥で笑う。
「?」
「マリア。前にも言ったが、人を簡単に信用し過ぎだ。少し気をつけろ」
「……簡単にじゃないもん。グラスさんだからだよ」
グラスの説教じみた言葉にマリアはふてくされる。グラスさんはわかっていないんだからと真っ直ぐにグラスを睨む。
マリアの疑う事を知らない無垢な瞳にグラスは目を細める。
「それでも。私は多分マリアが思うような奴ではない」
「どういう意味?」
「“堕天使”がお似合いの奴だと言う事だ」
グラスは自嘲的な笑みを浮かべた。マリアはそれに顔をムッと顰める。
本当にわかっていない。マリアは声を大にして言いたい。が、我慢である。
「もう、グラスさんあんまり自分をせめちゃダメだよ!せめればせめるほど心がダメになっちゃうんだから。だからね、ゆるすことも大切なんだよ」
マリアの真摯な言葉にグラスは目を見開いた。
この子は分かっていると言うのだろうか?いや、まさかな。グラスは心の中で芽生えた疑心を一蹴した。ありえない、と。
ふっとグラスは淡く微笑み、マリアの丸い頭を撫でる。
「そうだな。許す事も大事だな。……ありがとう。私を心配してくれたのだな」
「えへへ~。わかればいいのです」
「クスッ……。では支度をするか。学校へ行くのだろう?」
「!うん!!」
満面の笑みで元気に手を上げるマリアにグラスはクスクスと笑う。本当に微笑ましい。
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王都レバノンにある王立召喚学校。広い敷地は自然豊かで校舎は初等部、中等部、高等部に別れている。歴史もそこそこある学校だが、校舎は真新しく見える程に綺麗だ。噂によると召喚術の失われた技術を使い、美しく保っているとか。
グラスはそんな事をぐだぐだと考えながら、初等部の校舎を見上げる。大きいなと感嘆の息を吐く。グラスはフード付きのマントを法衣の上に羽織っていた。フードを目深に被り、顔を見せないその姿は不審の一言に尽きる。
隣にいるマリアがグラスの右手をとり、引っ張っていく。
学校に行くにあたってグラスはマリアにいくつか条件を出した。
①フード付きマントを着用する事を許可する事
②グラスが盲目のフリをするのを覚えている事
③常に傍にいる訳にはいかないだろうから、もしも何かあったら必ずグラスを呼ぶ事。と言って、通信機能付きピアスの一つをマリアに付けた(このピアスは耳に穴が開いてなくても付けられる優れものだ)。
この三つをマリアによく言って聞かせた。何故ならここはグラスが居た時代の百年前なのだ。この時代にも“グラディス”は存在する。何故ならグラディスは“不老”だからだ。この時代の“グラディス”と今のグラスは姿の違いはない。確か、この時代なら二十歳を迎えたぐらいか。
このゼガン王国の西にある隣国の一つの、ウェルネス帝国の“次期皇帝”の神子様。それがかつてのグラスの肩書であり、この時代のグラディスの別名だ。
故にここに“グラディス”が存在することを知られてはいけない。
歴史が変わるかもしれないのだから。
グラスはマリアの小さな手に引かれ、ため息を一つ吐いた。
チクチクとグラスの背を刺す視線達はどれも好意的ではない。不審者然としたグラスの事を警戒しているからだろう。
グラスはため息を一つ吐き、王立召喚学校初等部の校舎に足を踏み入れた。
生徒たちのざわめきを無視して。
中々更新できなくて申し訳ないです……。やっと更新できました