【4】一つの少女、一人のそれ
肩に巻かれた包帯を見て、ルナは溜息をついた。
原因はやはり、というか、毎度のことながら、未熟者の父親だ。
毎回はた迷惑な贈り物ばかりして下さる彼の贈り物は、とうとう危険物レベルになってしまった。
「それは何ですか?」
夕食後、私室で休んでいると、ウェルトンが大きな箱を持って入ってきた。内心今度は何だと思いつつそれでも一応礼儀としてルナは彼に尋ねた。先日の失敗を挽回しようとこの新米パパは連日のように彼女に贈り物をしてくる。だが、そのどれもこれもが幼い子供に与えるようなものではなかった。
と、いうか、国王陛下ブロマイド集とか、薔薇に見せかけて実は魔虫植物な花束とかを貰ってどうしろというのだ。
女の子の喜びそうなものを選んでいるのは分かるのだが、毎回どこかずれている贈り物にそれでも形ばかりは喜んでみせるけなげな娘は、箱をまじまじと見た。隙間から赤いリボンがはみ出ている。なんだか厭な予感がした。
「お前に贈り物だ。開けてみろ」
ルナは恐る恐る箱の蓋に手をかけた。これで、中身が下着の山だったりしたら、どうしようと思いながら。
「ぐるるる」
「え……?」
中に入っていたのは、真っ赤な下着の山ではなく、赤いリボンを首に巻いた魔獣だった。
つぶらなお目々に、ぴんと立った耳、ふさふさの尻尾。うわぁ、可愛い……などと思っている余裕は、ない。ギラギラとこちらを睨んでくる瞳、周囲を警戒する耳、興奮に毛が逆立つ尾。思わず後ずさりしつつウェルトンに尋ねた。
「ええと、これは・・・?」
「ん? 密猟されたらしい。まだ子供だからな。ある程度大きくしてから森に帰すつもりで、持ってきた。ほら、撫でてみろ。可愛いだろう?」
笑顔で言うウェルトンに、ルナの顔が引きつる。火の竜族長相手に喧嘩を売る魔獣はいまい。本能的に自分より強い生き物には大人しく撫でられるだろう。だが、下等な竜族を食料にするほど凶暴な魔獣を魔力のないただの小娘が撫でられる訳がない。
大丈夫だから、と促すウェルトンに、箱の蓋を閉じて欲しいと言おうとしたときだった。魔獣がいきなり箱から飛び出し、グワッと口を開いて、凶暴な牙でルナの肩を捕らえた。
血相を変えたウェルトンが魔獣を灰にしようとした瞬間、
「待て」
ものすごく不機嫌な声が部屋に響いた。静止の厳命に思わず固まった一人と一匹に、声の持ち主は、はぁ、と溜息をついた。
「まず、」
びくっと一人と一匹の肩が揺れた。それを冷たい目で見やりつつルナは言う。
「どけ」
睨まれた魔獣は、慌てて少女の肩から口を離すと、ぶるぶると震えながら床にふせた。
「お父様」
ルナの肩から流れる血を見て、真っ青になったウェルトンに、少女はにっこりと笑って言う。
「メイド長を呼んできて下さい」
それからは大騒ぎだった。
止血だ!
ああ、メイド長が倒れた!
ウェルトン様。邪魔、あっち行ってて下さい!
包帯どこ!?
薬草もってこい!
魔獣って、狂犬病予防してるの!?
違う、それは例の魔虫植物だ!
屋敷中に怒号が飛び交った。
ルナの手当がされ、ウェルトンが強制的に『魔獣の危険性と女の子への贈り物講座』を受けさされ、屋敷はようやく落ち着きを取り戻した。
ベッドの上に横たわり、ルナは深々と溜息をついた。そして、目の前の一人と一匹を見る。
真新しい絨毯の上で、
一人は肩を落とし、体育座りをして、こちらを見上げ、
一匹は耳をぺったんこにして、うつぶせになり、上目遣いにこちらを見ている。
「……ルナ。その……悪かった」
「ぐるる。」
ルナは、完全にシンクロしている一人と一匹に笑いを堪えるのに苦労した。わざとしかめっ面を作り、ぷいっと横を向いてみせる。彼女の拒絶に、彼らが悲壮な声を上げる。だが、まだ許すわけにはいかないのだ。こんな贈り物を何度もされたり、魔獣に何度も噛まれるのはごめんだし、その度にこんな騒ぎを起こすのは屋敷の人間に申し訳ない。彼らには深く反省していただこう。
さて、どうにか愛娘のご機嫌を直してもらえた男は自室でふと呟いた。
「しかし、妙だな?」
なぜ、あの魔獣は彼女の命令に従ったのだろう?
その答えを知る魔獣は、少女のベッドの下で、あの瞬間口の中に広がった味を思い出し、背中の毛を逆立てた。血を舐めて本能的に悟ったのだ。
その答えを。
火の竜族長ウェルトンの屋敷は
彼が愛娘のために厳選してきたとんでもないもので溢れかえっている。
その一つである、この賢明なる魔獣は、その答えを知っている。
一番とんでもないものを『一つ』選んでご覧と言われれば、
『それ』は『一人』の『少女』だと。
人の形をした一つの少女
人にあらざる一人のそれ
魔獣にとって絶対にして唯一の支配者
『月の竜族』
結局、ウェルトンが屋敷に持ち帰るものはとんでもないものばかりなのだということを新参者ながら一番理解する羽目になった魔獣だった。




