【3】致命傷を負った笑顔、死まであと何歩
「『致命傷を負った笑顔、死まであと何歩』という詩をごぞんじかな、お嬢さん?」
いきなり私室に現れ、そうのたまった男に、ルナはどう反応すればよいのか分からなかった。
以前の彼女ならば、侵入者を迷うことなく切り捨て魔術で灰にしたのだが、虚無に落ちた衝撃で奥深く眠りについた魔力は未だ目覚めていない。
さて、どうすべきか。
男はコーナーと名乗った。
この屋敷の主人ウェルトンの友人らしい。
紺色の髪には一房の金髪が混じり、
澄んだ水色の瞳をキラキラと輝かせた、
優美な顔つきの男は、
困惑するルナのことなどお構いなしに喋り続けている。
「なるほど。可愛いね。君。あいつが致命傷を負うのも分かるよ。ねえ、笑って見せてはもらえないかな? 僕のために。僕にも見せて欲しいんだ。あいつを救った君の笑顔を」
そういって、顎を片手で捕らえ、無理矢理上向けさせたルナの顔に彼の顔を近づけてきたコーナーに彼女の理性が切れる寸前、業火が男の手を包んだ。
「うわっ。熱っ。ひどいじゃないか・・・ウェルトン」
ルナをその背にかばったウェルトンは、友人を焼き殺さんばかりに睨み付た。
「此処で何をしているコーナー。」
「え、そりゃぁ、僕の大親友である君がご執着という可愛らしい小鳥さんに挨拶を」
「どこから入った。お前だけは屋敷に入れるなと、きつく言い渡しているはずだが。」
険しい顔で詰問する友人に、コーナーは悪びれもせず、しれっといった。
「空から」
「は?」
眉間の皺を深めた友人にコーナーは再度丁寧に説明してやる。
「いや、先日から空中の水分を使って移動手段にできないか実験をしていただろう?今日も水をある程度固体化して王都の上を散歩していたら、君の屋敷を見つけてね。この機会に、君が後生大事にして誰にも見せていない可愛い君の娘の顔を是非とも拝見しておこうかと思って。窓から」
そう。この男はルナが部屋で本を読んでいたら、いきなり窓から現れたのだ。
世の人は、それを『不法侵入』とよぶ。
「ほう」
いつも仏頂面のウェルトンが珍しく笑った。
背筋の凍るような笑いだった。
「覚悟はできているのだろうな。屋敷の結界まで解除してくれて。俺は王に謁見中だったのだぞ。それを屋敷で緊急事態が発生したようだからともどってみれば・・・」
徐々に室温が上がる。
ウェルトンの炎がただ一つの標的をあぶるためにゴウゴウと燃えさかる。
「レア・ミディアム・ウェルダン。どれがいい?」
子供が見れば泣き出しそうな笑いを浮かべているウェルトンにコーナーは余裕の表情で応じる。
「君の名に近いウェルダンにされるのも一通りの快楽を体験済みのこの身体にとってよい刺激になるかもしれないけれど、さすがにこの年になるときついものがあるかな。それに、今は、年相応の落ち着きをもった竜族がお嬢さん方にもてる時代だからね。」
そういうと、ばっと、窓の外に飛び出した。
足元に水で足場を作った水竜は、襲いかかる炎を巧みに避けつつ、気障っぽく礼をした。
「可愛いお嬢さん。またね。」
そういって、はた迷惑な男は去っていった。
後に残されたウェルトンは溜息をつくと、膝をつき、ルナと目を合わせて尋ねた。
「大丈夫か。なにかされなかったか?」
それに少女がフルフルと首を振ると、ほっとしたように笑って彼女の髪を撫でる。
「安心しろ。二度とあの馬鹿はこの屋敷に入れぬ」
その馬鹿は、大昔に流行った詩を口ずさみつつ、優雅に空を散歩していた。
致命傷を負った笑顔、死まであと何歩 は
百年ほど前に流行った恋歌の一節だ。
それは男が友人とその恋人を祝福するために作った詩だった。
恋人を溺愛する友人をからかって作ったその詩に友人は心から幸せそうな顔でただ笑っていた。
だが、その友人は、そのただ一つの愛を失い
この百年間、仏頂面でひたすら仕事に打ち込んでいた。
あの手この手で友人をからかったが、まるで反応無し。
そんな、機械人形のごとく
能面のように変わらない表情で
ただ義務を果たすためだけに毎日を生きていた友人に
表情を取り戻させた少女。
興味があった。
実際会ってみれば、意志の強そうなその瞳はとても幼い子供のものとは思えなかった。あれは、将来いい女になるぞ。むらがる求婚者に娘を奪われまいと必死になる友人の姿を想像して彼はクククと笑った。
楽しくなりそうだ。
……に、しても。
「そうか、あいつはそういう趣味があったのか」
まあ、100年前にあんな事があったのだ。大人の女に絶望しても仕方があるまい。
道理でこれまで彼が紹介した数多の女性達にまるで興味を持たなかったはずだ。
作戦ミスだったか。
その後、鬼のような形相で彼を捕まえにきた友人に
5歳になる娘を紹介しようとして
『ウェルトン様を正しく導く会』の制裁を受けた愚か者がいるとかいないとか。




