第92話 変人化の兆し
鳩山君の意図は分からないけど、なんだか魅力的な提案だね。いや、マニキュアを塗ってほしいとか、どっちかと言えば気持ち悪めな提案ではあるんだけど、なんだろうね、『一緒に校則違反しようよ』って誘い文句が刺さった気がする。こういう悪ノリ……悪友って言うの? こういうこと言ってくれる人なんて私にはいなかったし、そもそも友達自体昔からほとんどいなかったし。
……なんか小学生の頃に戻りたくなってきた。キョドりつつも、少しぐらいであれば自分から人に話しかけることができたし(まあ、学園生活送る上での最低限の会話レベルなんだけどね)。
「あっ、勿論お金は出すよ? マニキュアって高いだろうし」
本気じゃん。ジョークとかじゃなくて本当に塗ってもらう気満々じゃん。しかも身銭切る気満々じゃん。普通そこまでする? やっぱり私に対して特別な感情を……あはは、うぬぼれ過ぎかな。でも仕方ないでしょ? その辺の陽キャと違って、冷笑してる感じがしないっていうか、悪意が全くないもん。
「えっと、お金は別にいいけど……。じゃ、じゃあ昼休みに……」
「やった! ありがとっ!」
そんなに嬉しいの? めっちゃ笑顔じゃん。絶対鳩山君には似合わないと思うんだけど、何がそんなに嬉しいんだろう。そんな無邪気に喜ばれたら、約束を反故にできないじゃん。いや、元より約束を反故にする度胸なんてないんだけど。
「楽しみだなぁ、マニキュア」
うわぁ、人生楽しそう。旅行の一週間前から毎日ワクワクするタイプの人だ。
「そんなに……? 本当に変な人だね」
さすがの私もこういうこと言っちゃうよ。些細なことで喧嘩になったりするの怖いから普段は言わないけど、鳩山君相手なら問題ないよね。実際変な人だし。
「だってさ、お揃いのマニキュアなんて友達っぽいじゃん?」
「……!? お、お揃い……?」
待って待って、それなんか……ペアルック的な感じじゃない? 隣の席の男子と同じマニキュアとか、冷静に考えたらヤバいよ。鳩山君の性格考えると、他の子に見せびらかしそうだし。っていうか教室で男子にマニキュア塗るとかヤバくない? 関節爪とかそういうのはさすがに気にしないけど、なんか絵面がヤバいよ!
「や、やっぱりダメ」
人との約束を破る勇気はないって言ったばかりだけど、前言撤回します。お揃いとかそんなワード出されたら、さすがに揺らぎます。だって……こんなの完全にカップルでしょ。いや、カップルでも多分しないよ! 探せばいるだろうけど、多分まともじゃない人達だからノーカンだよ!
「なんで!? お互いにノリ気だったじゃん!?」
問い詰め方が迫真すぎるよ。そりゃドタキャンは良くないことだけど、マニキュアぐらいいいじゃん別に。一旦冷静になろ? だってマニキュアだよ? 親御さん心配するよ? 息子が何かに目覚めてしまったって心配するよ?
「えっと……? 時間かかるし……それにベースコート持って来るの忘れたし」
「あー……中途半端にやると良くない感じなんだね? それはなんとなくわかるよ」
多分ベースコートが何か理解してないよ、これ。でも諦めてくれたみたいで一安心かな。さすがに日を跨げば気が変わるでしょ。
「……おそろいかぁ」
……あれ、今声に出てなかった? は、恥ずかしい……。なんか私の方が未練たらたら感出てるじゃん。聞こえてないといいんだけど……。
「じゃあ放課後とかどう? 休日でもいいんだけど」
「きゅ、休日……!? 休日におそろいのマニキュアを……!? きゃっ!?」
思わず机の上に置いてあった筆箱を弾き飛ばして悲惨なことになったけど、これは完全に鳩山君が悪い。放課後はまだしも休日に鳩山君にマニキュア塗るって、それはつまり……休日に会うってことでしょ?
と、とりあえず落ち着こう……。まずは散らばった物を片付けないと……。
「……っ!?」
鳩山君も拾おうとしてくれたみたいで、お互いの髪が触れ合ってしまった。羞恥心のせいで一瞬意識が飛ぶかと思ったよ。
「あっ、ゴメンね」
ご、ゴメンじゃないよ! いや、悪いのは私だけど……なんかその、謝られるのは違うというか……。
……なんだろう、この不思議な気持ちは。普通の女の子だったら『うわっ、男子と髪が触れ合っちゃった』って不快な気持ちになるのかな? 私の場合は『今の絶対嫌だったよね? どうしよう……気持ち悪がられたかも……』ってなるはずだよ、本来であれば。でも今の感情はどっちでもない気がする。なんていうか……センシティブなことをしてしまったような感覚が……。何言ってんだろ、たかが髪の毛なのに。なんでこんなスケベな気持ちになってるんだろ。やっぱり鳩山君といると、私はどんどんおかしくなっちゃうよ。少なくとも現時点で思考回路は変人のそれだよ。でもそれも悪くないと思ってる自分が、我ながら意味不明で恐ろしい。何が起きてるの? 私の身に何が起きてるの?




