第90話 承認欲求
ついに……ついにマニキュアに手を出しちゃったよ……。初心者はジェルよりもポリッシュが良いって店員さんが言ってたけど、騙されてたりしないよね? 乾くのに一時間くらいかかって凄く辛かったんだけど、粗悪品掴まされた? 何も知らない陰キャが陽キャデビューしようと背伸びしてるって思われて、在庫処分に利用されたとかそういうことは……。なんでそんなこと疑うのかって、変なセット買わされそうになったんだよね。たかが爪整えるのに一万円近くだよ? アレは絶対カモにしようとしてたって。整えるぐらい爪切りで充分じゃん。あのやすりの部分でなんとかなるのに、なんで一万近くもかけなきゃいけないの?
「おはよう、雨宮さん! 今日も可愛いね!」
うー……また朝からそういうことを……。今はいつも以上に注目浴びたくないし、あんまり大きな声出さないでほしいな。
「……お、おはよう。鳩山くんは朝から……もう……恥ずかしい……」
「そんなに苦手なのかい? 見られるのが」
それ、わざわざ聞くこと? カバンで顔を隠してる子に聞くこと? 目隠れヘアーだった子に聞くこと?
「……だから前髪伸ばしてたのに……」
……あれ? 『何言ってんの?』って顔してるんだけど、私そんなにおかしいこと言ってる? タレ目コンプレックスってわりと普通のことだと思うんだけど、男女の差なのかな?
「確かに前髪切ったら見られるよね。可愛いし」
ま、またそういうことを……。なんで面と向かってそういうこと言えるの? 言われた側は勿論、言った側も相当恥ずかしいはずなんだけど……。
「可愛くないって……」
どうせこんなこと言っても無駄なんだろうなぁ。私は本気で否定してるんだけど、鳩山君には謙遜に見えてるのかな? 私に可愛い要素なんて一つもないはずなのに、なんで鳩山君の好みに刺さってるんだろう。B専ってヤツ? でも普段、可愛い子と楽しそうに喋ってるよね……。
「他の女子に聞いてみたらどうだい? 俺なんかの言葉より信用できるだろ?」
本気で言ってるの? 友達いない私がクラスメイトに『私って可愛い?』なんて聞けると思うの? というか仮に友達でも聞けないよ。
「……鳩山君は……自分がイケメンかどうか聞けるの?」
「え? いや、それはさすがにキモいかなぁ……」
あっ、その辺の感性はまともなんだ。じゃあなんで私にそんな提案したの? キモいと思うことを提案しないでほしいんだけど。
「でしょ……?」
「でもそれは俺が普通の顔だからであって、イケメンだったら聞けるよ? キミも可愛いんだから、堂々と聞けるはずさ」
可愛くないって何度言えば分かってもらえるんだろう。他の子はそうでもないんだろうけど、私は何度言われても心臓がバクバクするよ。この人と一緒にいたら心臓の耐用年数が激減しそうだよ。
「それは……鳩山君が物好きなだけで……」
「待ってくれよ。俺は他の男子と似たような感性だぞ?」
え、私もしかして美醜逆転の世界に転生しちゃった? 私が男子ウケするんだったら、誰も髪なんて染めないし、化粧もしないよ。この年齢でメイクしたことない時点で、女子として終わってるんだよ私は。
「……根拠はあるの? 普通の男子は私なんか眼中にないけど……」
自分で言ってて悲しくなるけど、正直気楽ではある。私なんて左右の靴下が色違いでも気付かれないだろうし、楽でいいよ。髪切ってからはめちゃくちゃ視線を感じるけど、前髪というフィルターを失って自意識過剰になってるだけのはず。
「世間一般で人気の女優とか俺も好きだし、逆もしかりだし」
だったら尚更私なんて眼中になくない? 男子に限らないと思うけど、クラスメイトを芸能人と比較したりするじゃん、皆。ちょっと可愛めの女子でもアイドルと比べられてブス扱いされるじゃん。一般人を高く評価する人って、芸能界に疎い傾向があると思うの。つまり女優が好きとか言ってる時点で、内心では私のことを可愛くないと思ってる可能性が……いや、でもそれにしては本気で褒めてくれてる感じが……。
「そんなに嫌かい? 俺なんかに褒められるのは」
「え……別に……嫌じゃないんだけど……皮肉かなって……」
ここで『恥ずかしいからやめて』と言わないあたり、私も心の何処かで褒められることを望んでるのかな。っていうか素直に美容院行ったり、マニキュアデビューした時点で確定だよね。なんだろ、自分に承認欲求があったという事実がひたすら恥ずかしい。持ってて当たり前の欲求なんだろうけど、おこがましいというか……。
「皮肉じゃないって。あっ……」
「……?」
な、何? もしかして直視しすぎたせいで、とうとうブスなことに気付いちゃったのかな? 一口目で美味しいと思った物が、咀嚼しているうちに不味く感じる的な。
「おー!? すげぇ!」
「きゃっ!?」
何事っ!? ちょっ、手っ! 手を掴んできた! 温かい! 大きい! こころなしか固い! いや、手の感想とかどうでもよくて……。
待って、本当に待って、理解が追いつかない。距離感が近いことは初対面の時点で看破してたけど、ここまでとは思ってなかったよ。顔だけじゃなくて手も熱くなってきたよ。まずい、手汗が……手汗が……。
「光ってるじゃん! 爪が光沢を帯びてるじゃん!」
あ、ああ、そういうこと? マニキュアに反応したってこと? だからって手を鷲掴みする? カラスでもここまで迂闊に突っ込んでこないと思うよ?
は、恥ずかしい……。手をガッツリ掴まれてることも恥ずかしいし、手汗をかいてることも恥ずかしい。そしてマジマジと見られてるのも恥ずかしい。初めて顔を見られた時も相当恥ずかしかったけど、何故かその時以上に恥ずかしさを感じてるよ。というか鳩山君、目を輝かせすぎじゃない? 私の爪よりよっぽど光沢帯びてるよ?
「く、くすぐったい……」
振りほどく勇気がないし、かと言って恥ずかしがってることを伝えるのもなんとなくバツが悪い。だからとりあえず遠回しに離すよう、要求してみた。この状況で結構頭回ってない? 私、案外冷静じゃない? ううん、単純に逃げ癖が凄いだけかもしれない。無意識の内に対立を避ける能力が身についてるのかもしれない。
「あっ……ごめっ……」
珍しく鳩山君が身を引いた。いつもだったら私の話なんて聞かずに『キミのキレイな手が更にキレイになったよ』みたいなこと言ってくるだろうに。もしかして、私相当顔真っ赤? 鳩山君でも察するレベルで顔真っ赤? もしかして手汗だけじゃなくて、顔も脂汗タラタラ? 脂ギッシュ雨宮になってる?
「……」
「え、えっと……」
鳩山君が珍しく狼狽えてる。罪悪感を覚えないようにフォローしてあげたいけど、気の利いた言葉が出てこないよ。私、冷静に見えて頭の中ぐっちゃぐちゃになってるもん。だってそうでしょ? フォークダンスでもないのに手を掴まれたんだよ?
「……」
決して怒ってるわけじゃないけど、言葉が出てこない。というか顔が見れない。心臓バクバクなだけならまだしも、体が震えてる。急に手を掴まれて恐怖を感じてるとかそういうことじゃなくて、なんだろ、恋……ではないだろうけど、なんていうか乙女心っていうか、私の中の何かが私を震えさせてるというか。うん、多分だけど、今下手に喋ったら声が震えると思う。ビブラートが効いちゃうと思う。
「やっぱり可愛い手だね。柔らかいし、スベスベしてるよ」
「うー……」
もー! 本当になんなの!? なんでこの状態の私を見て、畳み掛けることができるの? どう見ても私の様子おかしいじゃん! いや、いつもおかしいと思うけど、普段より二割増しぐらいで変じゃん! っていうかさっき自重してたのに、なんでまた急アクセル踏んできたの? 普通の女子ならドン引きするだろうけど、私みたいな女子は誤解しちゃうよ? そういうこと言われると、勘違いしちゃうよ? 言っておくけどね! ブスに限って『私って意外とモテる? これ絶対口説かれてるよね?』みたいな恥ずかしい勘違いをするんだよ! 頭良い人がテストで八十点取ってもなんとも思わないだろうけど、勉強できない子が六十点ぐらい取ると『私って意外と頭良いんじゃね?』って思い上がるでしょ? それと同じなんだって! ほら、長年独り身だった男が彼女できた途端に女遊びしたりするじゃん。っていうか私の場合、マニキュアが動かぬ証拠じゃん! 普通ならこんなの絶対しないけど、鳩山君に褒め殺しスペシャルをくらったせいで、思い上がってオシャレに手を染めちゃったじゃん。マニキュアだけに。
うー……この人と仲良くしてたら、一年後にはギャルになってるかもしれない。校則違反上等のミニスカで足組んじゃうかもしれない。自己顕示欲が暴走して男子の視線を集めるために、下品な言動を極めるかもしれない。どうしよ、私ってばどんどんおかしくなっちゃうよ。




