第60話 恋愛脳
晴家さん、雨宮さん、共に変化は見受けられない。雲倉さんが急変したからもしやと思ったが、杞憂だったらしい。
いや、変化は決して悪じゃないんだけどね? 急に三人も変わられたら、理解が追いつかないというか、不安になるしね。
「雲倉氏がまさかアレほどのポテンシャルを秘めていたとは、さすがに想定外だ」
珍しく読書をせず、クソ真面目な表情で話しかけてきた。俺としては元通りになっただけなので、そこまでの驚きはないのだが。
「しかし今のところ、彼女に寄ってくるのは女性陣ばかりだ。女子校の王子様という柄でもないだろうし」
まあ、うん、女子校の王子様はどっちかと言えばキミだしね。長身でスマートでウルフカットで中性的な顔って、どこを目指してんの?
まあ、晴家さんの属性はさておいて……。
「男子はビビってるんだよ。調子こいてボディタッチしたらビンタされたなんて、よくあることだし」
「ふーん?」
逆に聞きたいんだけどさ、なんでビンタされないと思ったの? 確かに男子相手でも距離近いしグイグイくるけど、男子の方から触るのはアウトだろ。俺でさえ当時は肩を触るのが精一杯だったし。
「相思相愛だと勘違いしてキスしようとしたら、局部に膝蹴りもらって保健室送りなんてのがあったし……。今にして思えば、あの日から男子が近寄らなくなったなぁ」
現場見てないからアレなんだけど、保健室送りってことはそれなりの威力で蹴ったんだろうな。本人の言葉を信じるなら、反射的に蹴っただけらしいし、そこまで全力じゃなさそうなんだけど。
「別に男子全体に接触禁止令が出たわけでもなければ、裁判沙汰になったわけではないのだろう?」
「ん? 詳しくは知らないけど、当事者同士の話し合いで解決したらしいよ」
相手の親がモンペとか、教育委員会とかその辺じゃなくてよかったなぁ。学校ってのは、被害者が責められるって展開が往々にしてあるからね。
「じゃあ何故だい? 以前の不気……ミステリアスな彼女ならまだしも、今の彼女は垂涎の的だろう」
「……俺の話聞いてた? 局部に膝蹴りされた子がいるって」
「聞いてたが、それがなんだい? すれちがいざまに蹴られたならまだしも、距離感を間違えて強姦まがいのことをして蹴られたのだろう?」
強姦……まあ、強姦だな。正当防衛というより過剰防衛な気がするけど、現場を見てない以上はなんとも言えない。
「善吉君の話を聞く限り、普通は男が寄ってくるものだと思うが」
………………?
「誰彼構わず愛想を振りまくが、告白してももれなく玉砕。強引に迫れば全力で抵抗されるも、訴えられはしない」
「……うん。要約するとそうなるかな……?」
「欲しくならないかい? 自分さえ覚悟を決めれば情熱的な恋ができるのだよ?」
……何言ってるかわからんなぁ。相思相愛じゃなきゃ、近寄る気も出なくない?
「ま、まあ……簡単に手に入ると、恋も冷めやすいのかな……?」
よくわからんけど、適当にそれっぽい相槌を打っておこう。
「彼女、先日の女子会で嘆いていたよ。『チンコ蹴ったぐらいで、誰も愛を向けてくれなくなったって』」
え、向けてほしかったの? 迷惑だから塩対応してたんじゃないの? っていうか一言一句正確に再現しなくていいよ?
「それは嘆きなの? なるべくしてなったというか……」
「雲倉氏だって乙女だ。燃えるような恋がしたいと考えるのは自然なことさ」
……? いや、それはわかるんだけど……なんか違う気がするんだよね。
「彼女はモテる。だからこそ、恋愛に関してワガママなのさ」
「うーん……? そりゃまあ、男だってモテるヤツは妥協とかしなさそうだけども」
「そこまでわかってるなら、彼女の気持ちもわかるだろう?」
いや……正直あんまり……。
「よくわからないけど……いくら塩対応されようと、手痛い反撃をされる可能性があろうと、しつこく求めてくるような男がいいってこと?」
「そう! そうだよ! それこそが燃えるような恋さ!」
うわっ、びっくりしたぁ。急にどうしたの? 晴家さんって、こんな大きい声出せるんだね。喘ぎ声さえ小さめなのに、どこでスイッチ入ったんだ?
「雨宮氏や雲倉氏は理解しがたい生き物だが、恋愛観についてはウマがあうよ」
れ、れ、恋愛? それはまた随分と、晴家さんに似つかわしくない言葉だな。失礼かもしれんけどキミ、恋とかするの? 食事とか睡眠みたいに仕方なく性交するタイプの人だと思ってたんだけど。
まあ、なんだ、急に大きな声を出されて混乱してるけど、晴家さんのおかげで一つわかったことがある。
雲倉さんが俺のことを好きな理由ってずばり、避けたりしないからでしょ? 日に日に男子達が離れていく中で俺だけ残ってたから、好きになったんでしょ?
なるほどなぁ。その心理はちょっとわかるかもしれん。早い話、今の俺ってそういう感じじゃん? 学校中で嫌われてるけど、この三人だけ俺と普通に接してくれるから、今まで以上に好きになってるわけだし。
「晴家さんも恋愛するんだね。まあ年頃だし……」
「………………」
え、何? 地雷踏んだ? 妙なオーラ出してるから、思わずセリフ中断しちゃったじゃないか。
「は、晴家さん? どうしたの?」
「……いや、どうもしないさ」
どうもしてないのに目を見開いたの? 一瞬だったけど、俺は見逃さなかったよ?
確かに些か失礼な物言いだったことは認めるよ。恋愛するのが意外だってのは、確かに失礼極まりない。でも、そこまで気にするタマかな? いや、今のも失礼だな。
「えっと、晴家さんはどういう恋愛がしたいの?」
「うん? そうだね、私も燃えるような恋がしてみたいよ」
「……そ、そっか」
思わず吹き出しそうになったよ。だってあまりにも、晴家さんらしからぬ発言なんだもの。よくこらえたな、俺。
「えっと、具体的には?」
「んー、大体雲倉氏と同じかな。先程の彼女の嘆きに共感、同情ができると言えば、話が早いだろうか」
……俺、ひょっとして厄介な二人を出会わせてしまったんじゃないか? 誰がどう考えても支離滅裂というか、シラフとは思えないというか、有り体に言えば危険思想だよ。いやぁ、世の中にこんなのが二人もいるんだね。世間は狭いと言うべきか、広いがゆえと言うべきか。
「おっと、そんな顔をしないでくれ。別に私はサディストじゃないよ? むしろ小説で痛そうなシーンがあると、目を背けてしまうほどだ」
「小説でそれは……中々だね」
アニメならまだしも、小説で? 想像力豊かだなぁ。
まあなんにせよ、嗜虐症を患っていないようで一安心だ。っていうか、どっちかといえば晴家さんって被虐趣味だろうしね。俺はデリカシーがあるから『晴家さんってマゾっ気があるよね!』とか、そんなしょうもないことはわざわざ言わんけど。
「痛い目に遭わせたいとは思わない。だが、痛い目に遭ってでも、私を愛してくれるような殿方を求めているよ」
「そ、そっか。いいと思うよ、実にロマンティックだね」
教室で何を言ってんだろう、この人。いや、別に今更視線なんて気にならないけども、それでも注目されるのは嫌だよ。うん、さっき晴家さんが急に大きな声を出したせいで、普段より注目されてるんだよ。
「痛い目に遭うというのは、物理的なことに限らない」
「あー、まあ……むしろ、物理的な意味で使うことのほうが少ないのかな?」
名誉だったり、財産だったり、そっち系の痛手を指すことのほうが多いかな? 知らんけども。
「嫌われ者の一匹狼に寄り添う殿方は、痛い目に遭ってでも愛してくれるだろうね」
…………ふむ? なんというか妙に具体的だな。
もう少し詳しく聞きたいけど、チャイムが鳴ったし、また今度にするか。




