第58話 考えうる限り最悪の一手
雲倉さんが戻ってくるまで二十分ぐらいかかったけど、詳しく聞かないほうがいいだろう。まあ、うん、女の子って便秘なりやすいっていうもんね。何食わぬ顔で戻るには長すぎる時間だけど、水に流そう。トイレだけに。
「善吉君、続きを」
続き……? ああ、話の続きってことね。
……急に二十分も中座されて、急に再開しろと言われても困るよ。えっと、どういう流れだったっけ。
「あー、えっと……俺がキミのことを好きだって話だったね」
「……うん、そこまでは聞いたね。『勘違いかもしれないけど』っていう、腹立たしい前置きとセットでね。ひひっ」
あー、はいはいはい。どこが腹立たしいのかはさっぱりわからんけど、完全に流れ思い出したよ。
「それで、その……。俺は両思いかなって……。勘違いかもしれないけど」
「勘違いじゃないよ。ひひっ……」
おっ……? やっぱり? やっぱ両思いだった? 実質恋人って認識は決して間違いじゃなかった? 正直わかりきってたことだけど、本人の口から聞くとやっぱり安心するねぇ。
「私は自信がなくて……片思いだとばかり思ってて……だから告白できなかった」
良い機会だと思ったのか、聞かれてもいないのにポツポツと語り始めた。もしかしてだけど、この話をするために中座してたのかな? 決意を固める的な? その辺はわからんけども、とりあえず言えることとしては、お互いにチキンすぎたということだろうか。どっちかが勇気を出してれば、もっと早く付き合うことができたのに。
「そっか。告白って失敗すると関係が変わっちゃうし、勇気いるよねー」
「うん……。すごくわかるよ」
「だよね。俺も九分九厘、両思いだと思ってたんだけど、勇気がねぇ」
こうしてみると、現実とゲームってとことん違うんだなって思うよ。恋愛ゲームなら好感度や機嫌が見えたりするし、戦争ゲームだったらステータスやら命中率やらが目に見えるじゃん。でも現実ってそういう数字が見えないから、どれだけ自信があっても一歩踏み出せないのよね。
俺の場合、特に踏み出せないよ。特定の人と交際できずとも、仲良くできる女子がたくさんいたわけだし、『まっ、急がずとも最終的に付き合えればいいかな』って認識になるのも無理はない。
「へー……。自信があったんだー」
「そりゃまあ、雲倉さんって俺と話す時だけ雰囲気違うっていうかさ、そもそも俺以外の男子を下の名前で呼んだりしないじゃん」
「へー……。確信があったんだー」
「まあね」
そりゃあるでしょ。むしろあれで隠してたつもりなんだ。可愛いヤツめ。
何はともあれ、丸く収まりそうでホッとしたよ。いやぁ、雨宮さんの匂いがどうだの、晴家さんの汗の匂いがどうだの言い出した時は、どうしようかと。
「九分九厘、両思いの相手がいるのに女遊びしてるんだねぇ」
うっ……。痛いところを的確についてきたよ。
言いたいことはわかるんだけど、上げてから落とすのやめない? 中途半端に希望を持たされると、絶望感もひとしおなんだよ。
いや、これに関しては若干俺が悪いし、文句を言える立場じゃないんだろうけど。
「その、確信がなくてだね……」
「自信と確信があるって言ったよね? ひひっ……」
あの、さりげなく言質を取るのってズルくないです? それ立派な詐欺テクじゃないかな? もう少し腹を割るというか、誠実に生きるというか、色々と改めたほうがいいんじゃない? いや、今の俺は偉そうに言える立場じゃないんだけども。
「自信といっても裏付けがないっていうか、手放しで信用できるほどのものじゃないというか、漠然とした謎の自信というか……」
「九分九厘とまで言ったのに? ふふっ……」
そ、それは言葉の綾じゃない? 揚げ足取りじゃないかなー。感心しないなぁ。
「お互い、明確に好意を示していないからセーフって考えかな?」
……その通りなんだけど、頷いていいものだろうか。いや、ダメだ。また言質を取られてしまう。下手に正義を訴えると、いつの間にか言い訳がましいクソ野郎という烙印を押されてしまう。くそっ、まるで妖術だよ。俺は決して悪人じゃないのに、気付いたら悪人に……。
「ほら、俺なんかと違って雲倉さんって異性からの人気が高かったし、勘違いしてる男子も多いわけじゃん?」
「勘違い……? ああ……いっぱいいたね」
うんうんと頷く雲倉さん。あんまり気にしてなかったけど、冷静に考えてみると結構酷い子だよ。男を勘違いさせておいて、責任取らないんだから。
中には強引に体の関係を迫って、殴り飛ばされた哀れな男子もいる。
「誰だったか忘れたけど、保健室送りにしてなかった?」
「あー、あったあった。急にキスされそうになったから、反射的に膝蹴りしちゃったんだよねー」
ケラケラと……いや、フヒフヒ? なんとも言えない不気味な笑みを浮かべる。演技じゃなくて、ガチでこの笑い方なんだろうな。一体何があったら、ここまで変貌するんだ? 女子の変化は凄いって言うけど、ここまで極端な例は珍しいだろう。
「保健室送りになるレベルの膝蹴りって……」
「いやぁ、気持ち悪い感触だったねぇ……。鮮明に覚えてるわけじゃあないけど、罪悪感が失せるほどの気持ち悪さだったよ」
「大事にならなくてよかったね」
下手したら病院送りだったし、訴訟もありうる。っていうか打ちどころによっては死んでた可能性もあるし。
まあ、勝手に発情して体の関係を迫るなんて最低だし、自業自得だから同情の余地はないんだけども。
「それで? 自分も勘違い君だと思って、身を引いたと」
「そうそうそう、そういうことだよ。俺なんかが相手にされるわけないと……」
「へー……。つまりもう私のことなんて、どうでもいいと? だから晴家さんとエッチなことしたんだ」
どうしてそうなる? お互いに両思いだってわかったんだし、過去のことなんてどうでもよくない?
「こ、これからのことを話さない? 今まで連絡しなかったことは本当に申し訳なく思ってるけど、まずは話を進めない?」
「………………」
なんでそこで長考が入るんだろう。まだ俺をハメようというのだろうか? ここは気持ちよく、過去をリセットすべきじゃない? 別に俺のしたことって、決して悪行ではないじゃん? 彼女がいる状態で他の子と関係持ったらアウトかもしれんけど、別に彼女じゃなかったじゃん?
あとさ、雨宮さんと仲良くしてることに関してもそうなんだけど、俺は決して下心なかったんだよ? クラスで浮いてるから放っておけなくて、意識改革をしてあげようとして……その結果よくわからんことになって……。
まあ俺が悪くないってのは今更なんだけども、とりあえずどう動く? ここで下手な一手を打つと、また無駄に苦しむことになるよ。
そうだなぁ、とりあえず……。
「晴家さんと雨宮さんも呼んで、四人で話し合ってみない?」
「…………うぇ?」
何その顔。そんなに予想外だった?
「あー、なんだったらまずは女子三人で話し合ってみたら? あの子達は決して悪い人じゃないし、親睦を深めたほうが……」
「……? ごめん、流れがよく……」
「俺の大事な友達のことをキミに知ってほしいんだよ。なんか誤解してるみたいだしさ、ここは当事者同士で理解を深めあったほうがさ」
……あれ、なんかとんでもないことを言ってるような? 何がまずいのか具体的にはわからないけど、雲倉さんが困惑してるってのが動かぬ証拠じゃないか? 少しばかり早まったか? よしっ、彼女が困惑してるうちに取り消すか。
「あっ、やっぱり……」
「いいね! 女子会! やってみたいと思ってたんだよねぇ! ん? 今何か言おうとした?」
「……別に」
……一手遅かったらしい。
根暗モードの雲倉さんがここまでテンションを上げてるのに、今更取り消すことなんてできない。
……どうしよ、言いようのない不安が襲ってきたぞ。……よし、今こそあの言葉を使うべきだな。〝まあいっか〟という言葉を。




