第53話 忠告
雨宮さんと下校することができたのはいいが、状況は何一つ進展しなかった。
俺としては、先週泊まりに来た時のことを詳しく聞きたい。『雨宮さん的には本当にヤるつもりできたの?』とか『雲倉さんと付き合う気なんだけど、それに関しては別にいいんだよね? 俺が他の子と仲良くしてると不機嫌になるけど、それは友達としての嫉妬でいいんだよね?』とか、その辺をハッキリさせておきたい。
まあいっか。せっかく一緒に下校してくれたのに、野暮なことを言って険悪な空気にするのも違うと思うし。うん、別にこの話は後日でもいいよね。そもそも雲倉さんや晴家さんとも話すことあるわけだし、話す順番やら内容やら、しっかり練らないといけないじゃん? ほら、俺って計画的な人間だからさ、思考停止で動いて状況を悪くするのを良しとしないと言いますか。
今更だけど俺って『まあいっか』で済ませること多くない? そのうち痛い目に遭いそうだし、直したほうがいいかもしれんな。まあ、今は考えることがいっぱいあるし後でいっか。
「第三者から見れば、私は都合の良い女だろうな。それならばせめて、イイ女という部分だけ抜粋したいのだが、都合が良すぎるだろうか?」
相変わらず難解というか、芝居がかっているというか、面倒というか……。
放課後までは雨宮さんとの時間を確保できないので、それまでの学校生活は晴家さんと過ごそうという魂胆で彼女のクラスを訪ねたのだが、初っ端からこれだよ。居場所がない俺からすれば、会話できるだけありがたいので文句は言わないけど。
「退屈なら雨宮女史と話してくればいいじゃないか。私にはこれがあるから、退屈することなどないのだよ」
手に持っている本を指でタップし、多忙さをアピールしてきた。ブックカバーを付けているのでタイトルはわからないが、どうせラノベだろうな。
そういや夏休み大量にラノベを買っていたけど、その資金源はどっから湧いてくるんだろうか。他人の懐事情にそこまで興味はないけど、意味不明な語りを避けるためにも聞いてみるか。
「ラノベって結構な値段するよね? 俺の家に置いていってる分だけでも、数万円はかかってそうだけど」
というかよくあの量を運んでこれたよね、色々な意味で。ゲームはありがたいが、ラノベはさっさと持ち帰ってほしい。
「ありがたいことに私の両親は、ラノベや漫画を文学と認めてくれている。上限は知らないが、基本的にはいくらでも出してもらえるのだよ」
それはまあ、羨ましい限りで。俺ん家は、資格のためのテキスト代ですら出し渋ってくるよ。参考書すら断腸の思いって感じだし。
「普通の小説は読まないの?」
「読むさ。いくら金を出してもらえるとはいえ、頻繁に無心するのも心苦しい。だから買いすぎた時は、図書館で妥協する」
妥協ってことは、基本的に読みたくないってことじゃ……。
「そんなことよりも、そろそろ本題に入ったらどうだい? 私のことを知ろうとしてくれるのはありがたいが」
「本題? 俺はただ、キミとお話が……」
「隠さなくてもいい。夏休みが明けてから結構経つからね。そろそろ自慰で誤魔化すのは限界だろう?」
どういう了見なのかはわからないが、食い気味にとんでもないことをぶっこんできた。今更同級生にどう思われても知ったことじゃないけど、それでもこれは勘弁してほしい。この発言を冷静に読み解くと『夏休み中、晴家さんとヤりまくってた』ということがわかってしまう。
ほら、周りの空気感が変わったよ。晴家さんって、こういう話をする時だけ声が大きくなるよね? わざと? アピールするためにわざとやってるの? 嫌われ者の俺を更に貶めるなんて、意地悪だなぁ。よし、仕返ししてみるか。
「心配無用! ここ最近は別の女子達に頼んでいるからね! やはり日替わり定食は飽きがこなくて……うぐっ!?」
少々おふざけがすぎただろうか。冷静沈着の権化とも言える晴家さんが、勢いよく立ち上がり俺の胸ぐらを掴んできた。
掴まれる際に軽く顎を打たれたが、これは怒ってもいいのだろうか? 事故だとは思うけど、結構痛かったぞ。
「ジョークは嫌いじゃないが、ラインを超えちゃダメさ」
超えてた? 今の超えてた? 思いっきり内側だと思うんだけど。百歩譲ったとしてもラインギリギリだと思うんだけど。
「そういう下劣なジョークは、雨宮女史や雲倉女史に披露したまえ。私はキミのアフターファイブまで把握しきれてないのでね」
アフターファイブって言葉、高校生の放課後にも使えるの? っていうか、さすがに古すぎて社会人でも通じない人多いと思うよ。
「晴家さん、ステイ。謝る、謝るから放してくれ」
「誤る? これ以上何を間違えるんだい?」
何を言ってんだ、この人。俺は何一つ間違えてないよ。自分でも理由はわからないけど、なんとなく正解の選択肢がわかるんだよ。おかげさまで冒険とは無縁の日々だよ。まあ、最近は不運により追い詰められてるけど。
「晴家さん以外とは何もしてない。誓って嘘はついてないよ」
「それはよかった。キミがハリネズミになるのは、私としても忍びないからね」
……? ハリネズミ? なんの話? 鍼灸治療?
「一応警告しておくが、学校の外で妾を作ろうだなんて思わないほうがいい。悪評が流れていないからといって」
妾って……本妻すらいないよ、まだ。
「私は理知的だが、雲倉女史はもう限界だ。キミが中学の級友もとい旧友に手を出した日には………………」
えっ、何? めっちゃためるじゃん。何故かわからないんだけど、晴家さんがオールバックに見えてきたよ。いや、本当に何故かわからないんだけどさ、スーツ決め込んでるように見えるんだよ。なんでだろう。
「出すつもりはないけど、出した日には?」
「本命、監禁。対抗、既成事実。大穴、去勢。即殺はないだろうから、そこだけは安心したまえ」
なんですか、その希望の欠片もない予想は。どこの新聞社の三流ライターがつけたんだよ。これだからメディアは信用できないんだよ。
「ごめん、雲倉さんを悪く言わないでくれるかな? とてもじゃないけど、彼女は酷いことをできる人間じゃないよ。ましてや……。いや、なんでもない」
〝実質彼氏の俺に〟と言いかけたが、やめておいた。先程申し上げた通り、俺には正解の選択肢を見抜く能力があるからね。いやぁ、我ながら危機回避能力が冴えているね。あとは運さえありゃ完璧なのに。
「キミが何をどうしようと勝手だが、私は救世主になるつもりはないよ」
「……なんの話だい?」
「監禁されているキミを救出したり、去勢執行前に間一髪駆けつけたり、そんな劇的な展開はありえないってことさ」
まず監禁とか去勢とか、そういう劇的な展開がないよ。現実を見ろ、現実を。どこの世界の女子高生が、そんな狂気じみたことするよ。変なラノベを読み過ぎだよ。
「忠告ありがとう。そろそろお昼休み終わるから、戻るね」
「ああ、いつでも訪ねてきたまえ。もはやこの学校には、キミの居場所なんてほとんどないのだから」
……一言多いなぁ。さっきのジョークまだ怒ってんのかな? まあいっか。




