第52話 学校に通う理由
雨宮さんの『なんで怒ってるかわかる?』攻撃を華麗にかわし続けた結果、彼女は急用でお帰りになった。急用って急に湧いてくるもんなんですね。緊急の用事という解釈だったけど、急に湧いてくる用事ってことなんですね。
……あーあ、逃した魚はなんとやらだなぁ。
でもこれでよかったのかもしれない。だってあのまま押し問答が続けば、俺がしびれを切らす恐れがあったでしょ? 性欲一つで人間関係グチャグチャになっても困るし、これでよかったんだよ。
っていうか落ち着けよ俺、色々と。晴家さんにしろ、雲倉さんにしろ、雨宮さんにしろ、ファーストコンタクトは下心皆無だったろ。
最近の俺は、自覚できるレベルでおかしい。具体的に言うと、皆から無視され始めてから情緒不安定になっていた気がする。
良い機会だから、今一度冷静になれ。
友達とヤるのは問題ないし、特定の相手と交際していないんであれば、複数の人間と体の関係を持っても問題はない。そこまでは文句のつけようもないくらい正しい。
でもさ、ヤることばっかり考えるのは違うだろ? 夏休みの晴家さんみたいに、友達が連泊した結果ヤりまくることになったってのは問題ない。だって晴家さんの目的は、ただ俺と遊ぶことだもん。
でも今回はなんだ? 雨宮さんが誘ってきたとはいえ、ヤる前提で家に招くってのは違うくないか? いや、本当にヤるならいいんだけど、言質が取れないならヤらないってのはおかしくないか?
責任も取りたくないし、関係も崩したくない。でもヤりたい。それってムシが良すぎるというか、若干クズよりの思考じゃないか? 無論俺はクズ男の心理なんて知りようもないので、推測の域を超えないのだが……こういう推測だの予感って悪い時に限って当たるんだよね。
そろそろ真剣に向かい合う必要があるな。あの三人と……。
謝罪のメッセージを送るなり、通話するなりすべきだっただろうか? いや、こういうのは直接話し合うのが一番だ。
といっても今の俺が学校内で雨宮さんと、この手の話をするのは厳しい。とりあえず早めに下校の誘いをしておくか。
「雨宮さ……」
「アメちゃん! 見て見て! これ神じゃね?」
……タイミング悪いなぁ。ネイルの報告なんざ、メッセージで済ませてくれよ。俺を遮ってまですることか?
雨宮さんも雨宮さんで俺に気付いているだろうに、他の子を優先しちゃってまあ。
まあいい、誘うチャンスはいくらでもある。次の十分休憩にでも声をかけるか。
朝礼までの三十分、授業後の十分休み四回、昼休みの六十分、いずれも声をかけることができなかった。毎回他の生徒が割って入ってくるのだが、とてもじゃないが偶然とは思えない。
なんだろう、これっていわゆるナイト気取り? 言っとくけど雨宮さんから見ても迷惑だと思うよ? 独りよがりというか、恩着せがましいというか、ズレてるよね。
ワンチャン狙いのクズ男共のことは一旦置いておくとして、この分だと今日は一緒に下校は無理だろうね。俺は誠実さを重視してるから、なるべく対面で話し合いたいんだけど、ここは断腸の思いでメッセージを……。
「鳩山君、待ってよ」
諦めて一人寂しく下校しようとしたら、後ろから呼び止められた。声の主が誰かなんて、声質から判断するまでもない。理由なき村八分状態の俺に声を掛ける聖人など限られているのだから。
「雨宮……さん……?」
追い求めていた相手が自らやってきたというのは紛れもない僥倖だが、感動よりも困惑が先にきた。
何故わざわざ俺のもとに? っていうかめちゃくちゃ息切れしてるけど、走ってきたのかな? なんで? 他の生徒……下半身で物を考える取り巻き連中は? 俺と話すために、わざわざまいてきたの?
「間に合ってよかったぁ……」
追いつくことができた安堵からか、それとも純粋に体力切れなのか。理由はさておき、舗装されているとはいえお世辞にもキレイとは言えない地面に座り込む。
「ちょっ、こんなところで……」
人目を気にしたのか、それとも汚れを気にしたのか。俺は考えるよりも先に、雨宮さんの体を起こしにいった。
うおっ!? 当然と言えば当然だが、汗だくじゃないか。それに体も熱いぞ。残暑厳しいこの季節に走るからだよ、もう。
「あ、ありがとう……。あっ……!」
小さく礼を言ったかと思えば、小動物のような俊敏さで俺から飛び退いた。人に触られそうになったハムスターみたいで可愛いが、少しショックだなぁ。
そりゃまあ、わかるよ? 公衆の面前で、異性に……ましてや俺みたいな腫れ物に密着されるなんてたまったもんじゃないだろうし。
んなことわかりきってるけど、それでもショックだなぁ。スクールカースト底辺の人間が上位の人間に触れるのが不敬だってのはわかるけど、俺と雨宮さんは常に対等でいたいよ……。
「ご、ごめんね? これ……使って?」
……? ハンカチ……? 誰がどう見ても、ハンカチを使うべきなのは雨宮さんのほうじゃないか? 下着が透けてないのが奇跡なくらい汗だくだし。
「えっと? 俺が?」
「え? うん、だって私の汗が付いちゃったし」
……? そりゃ抱き起こしたら汗ぐらいつくだろうけど、雨宮さんが気にするようなことか? 俺が勝手にやったことなのにさ。
「その……臭いとか大丈夫? 一応香水はつけてるけど……汗と混じって逆に……」
パントマイムでもやってるのかと言わんばかりに、手をバタバタとさせている。なんだこの可愛い生き物は。幼少期に様々な図鑑を読み漁ってたけど、こんな可愛い生物は載ってなかったぞ。
「あはは、雨宮さんは面白いなぁ」
「も、もう! なんで笑うの!」
「ごめんごめん、もう笑わないよ」
「笑ってるじゃん! もー……」
照れ隠しなのか知らないが、大げさに怒っている。
ああ、安心感が凄いや。俺の眼の前にいるのは、いけ好かないスクールカースト上位陣じゃない。対等な友達だ。この雨宮さんが見たかったんだよ……席替えした辺りから様子がおかしかったし。
メッシュを入れようが、爪を弄ろうが、スカートを短くしようが、チヤホヤされようが、雨宮さんは雨宮さんらしい。ははっ、彼女が変わることを望んでいたのに、今は変わっていないことに安堵してるよ。皮肉というべきか、喜劇というべきか。
「さてと……溜まってたものは発散できたし……」
……溜まってたもの?
「一緒に帰ろ? 鳩山君」
溜まっていたものについて聞きたかったが、そんな知的好奇心は一瞬でかき消された。当然だよ、雨宮さんのほうから下校のお誘いをしてくれたのだから。
「いいのかい? せっかくここまで築き上げたキミの評判が……」
「いいの! 鳩山君をイジメる人達からどう思われたって、私は気にしないから!」
俺の懸念事項を読んでいたのか、食い気味に反論してきた。
あ、雨宮さん……! そこまで俺のことを……? せっかく手にした居場所を、俺なんかのために? 下手をすればあの頃に逆戻りするかもしれないし、場合によっては前よりも酷い境遇になるかもしれない。それなのに……。
「雨宮さんがいるだけで、学校に行く価値があるよ」
「え? あはは、何それっ」
「なんでもないよ。さぁ、帰ろうか」
……残りの学校生活なんて大学に行くまでの消化試合、通過儀礼だと思ってた。でも彼女がいるなら、有意義な時間と言える。残りの高校生活……いや、大学生活も、社会人生活も彼女と歩みたい! 同じ大学に行って、同じ会社に就職したい! それで、それで……俺の子供と雨宮さんの子供を友達にしちゃったりとか……あはは、さすがにそれは気持ち悪いかな? いや、いいんだ。気持ち悪くてもいい。人一倍謙虚で、多くを求めない俺が野望を持ってもいいじゃないか。
よし! これからも頑張るぞ! 陰湿なイジメなんかに負けないぞ!




