第51話 局地戦
おや……? 夜這いに来ないぞ……? 性交放棄かな……?
「んー……」
狸寝入り……じゃなくてガチだよな? 唾を飲み込む動作をしないってことは、本当に寝てるってことで間違いないよな?
おかしいな……最近の雨宮さんはイケイケだから、俺が隙を見せれば迫ってくると思ったんだが……。
「んぐっ……」
試しに鼻をつまんでみたが、この反応は演技じゃないな。
どういうことだ? この人、ヤる気満々じゃなかったのか? 雨宮さんが風呂に入る時『覗いちゃダメだよ?』って言ってたけど、アレはフリだろ? がっつきすぎだと思われても嫌だから大人しく待ってたけど、覗くべきだったか?
いや、別に俺がヘタレってわけじゃない。ただね、雨宮さんから迫ってきたっていう体を崩したくないんだよ。わかるかな?
雲倉さんと実質恋人の状態で、俺の方から雨宮さんに手を出すのって不誠実な気がするじゃん? 晴家さんは雲倉さんと深い仲になる前からヤってたから、別に問題ないだろうけどさ。
「雨宮さん? 寝てる……よね……?」
ダメ元で声をかけてみるが、返事は無し。
もしかして雨宮さんは雨宮さんで、俺から手を出すのを待ってたのか?
確かに考えてみれば、俺からお泊りに誘ったわけだし、覚悟と期待をするよな。でも俺から手を出すわけには……あくまでも雨宮さんが求めてきて、流れ的に断ることができなかったという体をだな……。
雲倉さん抜きに考えても、俺は受け身になるべきだ。俺から手を出したら、アイツらの言う通り本当のヤリチンになってしまう。いくら蔑まれようとも、そこまで落ちるわけにはいかん。人としての尊厳、矜持を保たないと……。
「おやすみ、雨宮さん」
雨宮さんは起きそうにないし、俺も寝るべきだな。とりあえず布団だけ掛け直してあげようか。
……それにしても安らかな寝顔だな。俺を信頼しているからこそ、安心して眠れるだろうね。うん、手を出さなくて正解だったよ。急いては事を仕損じるってね。
お互いに何もせず就寝した翌日、雨宮さんは午前中ずっと不機嫌だった。俺もしかして選択肢ミスった? ヘタレの烙印を押された? うん、間違いなく押されてるだろうね。晴家さんと頻繁にヤってるという実績がなければ、同性愛説とかインポ説が出るよ。ありがとう晴家さん、雲倉さんと交際するまでに一回でも多くヤろうね。
おっといかんいかん、今のは冗談でも最低だな。浮気判定を受けないうちにヤれるだけヤろうと思ってたから、冗談ではないんだけど。
「鳩山君。私に言うことある?」
……私、この詰め方する人、嫌いです。雨宮さんのことは好きだけど、この手口は感心しないな。誰も幸せにならないし、国で禁止すべき。
「可愛い寝顔だったよ」
「もう……すぐそうやって私を喜ばせるんだから……」
可愛いなぁ、カースト上位になってもこれで喜んでくれるんだもの。
「許されるのであれば写真を撮ってたよ」
「あはは、それはちょっと恥ずかしいかな……」
つまりダメってわけではないんだな? 無断じゃなけりゃ、問題ないんだね?
「さてと……じゃあ今日は何をする? 晴家さんがゲームとか置きっぱなしに……」
「え? なんで『もうこの話は終わりだよな?』って顔してるの? まだ私の質問は終わってないんだけど?」
……可愛い顔して手強いな。
あのさ、逆ギレするわけじゃないんだけど、その質問の仕方やめませんか? 言いたいことがあるなら、ストレートに言えばよろしいじゃないですか! 自分の望んでる答えが、相手の口から出るように誘導しないでくださいよ。あわよくば口を滑らさせて、より多くの情報を引き出そうってか? あまりにも狡猾すぎる! どうとでも解釈できる物言いをすることで、万が一のことが起きても『それはアナタが勝手にそう解釈しただけで、その意図はなかった』って逃げる寸法でしょう? 姑息だわぁ。
「うーん……雨宮さんに言うことかぁ……」
「うん」
『うん』じゃないよ。別に質問を再確認したいわけじゃないんだよ。なんでもいいからヒントをくださいよ。
「……いつもありがとうね、仲良くしてくれて」
「うん、私も同じ思いだよ。でもね? 私が聞きたいのは、昨日から今日にかけてのことなんだよ。流れでわかるよね? わかった上で玉虫色の答えを出して、お茶を濁そうとしてるよね? 鳩山君って、そういう手口の積み重ねで追い詰められるタイプなんじゃないの?」
出会った当初に比べると、別人としか思えない饒舌ぶりだ。もしかするとだけど、普段無口な子ほど、気を許した相手にはベラベラ喋るのかも。
ただね、一つだけ物申したい。最後の一文は的外れだと。底の浅い詐欺師呼ばわりされてるみたいで、あまり気分が良くないね! お喋りが上達したのは喜ばしいことだけど、もう少し相手の気持ちを考えようね! そういうのよくないよ!
「ええっと……もし……もしもだよ? IFの話なんだけど、もし『わからない』と答えたらどうする?」
「んー……。質問が拷問に変わるかな?」
いやいやいや、『変わるかな?』じゃないよ。隠し事をしているならまだしも、わからないんだよ? 黙秘してるわけじゃないんだよ?
「意地悪しないで教えてくれないかな? 人の心の中なんて読めないよ」
「そうみたいだね。鳩山君は人の気持ちなんて汲み取れないよね」
……はい? 今なんて言った? めちゃくちゃ失礼且つ的外れなことを言われた気がするんだけど、なんでこんなこと言われなきゃいけないの? ごめん、いくら雨宮さんが相手でも腹が立つわ。俺、人一倍相手の気持ちを考えていると自負してるんだけど、俺に対する解像度が低くない? あーあ、キミにはガッカリだよ。
「そんなことないと思うけど?」
なるべく不機嫌なオーラを出さないように反論してみた。自分で言うのもなんだけど、俺って紳士的だよな。晴家さんと雲倉さんは、こういうところに惚れてくれたのかな? ふふっ、ちょっと誇らしいや。
「じゃあ聞くけど、なんでハルちゃんとエッチなことしてるの? 鳩山君は、雲倉さんのことが好きなんでしょ?」
……? 『じゃあ聞くけど』の使い方おかしくない? 話がだいぶ飛んだ気がするんだけど、気のせいかな?
「なんでって……晴家さんは俺のことを好いてくれてるし、俺としても晴家さんは魅力的な女性だし……ヤらない理由があるなら、逆に教えてほしい」
とりあえずここらで反撃しとくか。これに関しては俺が百パーセント正しいって自信があるし、こういうところで攻めるべきだよね。いわゆる局地戦ってヤツ。
「へー……。本命以外から好意を向けられたら、応えるんだね」
「そりゃまあ……あれだよ? 正式に交際してたら話は別だよ? でも俺と雲倉さんはあくまでも実質恋人ってだけで……」
そういや雲倉さんの変貌ぶりについて、まだ原因が掴めてないんだよな。そのうちゆっくり話し合おうと思ってるんだけど。
「じゃあ今の鳩山君は、恋人になること以外はできるんだよね? 誰とでも」
「誰とでもってわけじゃないけど、そうだね。なんでもできるかって言われたら話は別だけど、性交ぐらいならまあ……」
「だよね。鳩山君は私が思った通りの価値観をしてるよ。じゃあなんで私が怒ってるかわかるよね?」
……これさ、ひょっとするとだけど、この前の発言ってガチだったの? 雨宮さんとヤりたいがために、俺にとって都合の良い解釈をしてたんだけど、本当に性交のお誘いだったの? 友達同士の戯れとかじゃなくて、本当に俺とヤろうとしてた?
……落ち着け、落ち着け俺。このチャンスを逃したくはないが、下手に焦ると自滅する恐れがある。このまま雨宮さんとヤれたとしても、それは及第点なんだ。理想は雨宮さんの口から『私とヤってください。その後で雲倉さんと付き合っても文句言わないから、今日だけは抱いて』と言わせることだ。
岐路というヤツだな。〝この場で性交〟と〝今後の人間関係〟を天秤にかけると、後者に傾いてしまう。後者の重りを軽くするためにも、ここは雨宮さんから言質を取らねばなるまい……。さぁ、どう動くべきか……。




