第50話 合意
学校生活が苦痛でならない。面倒とか退屈じゃなくて、ひたすら辛い。
皆やけに仲がいいのに、その輪に俺はいない。雨宮さんは今までと変わりなく話しかけてくれるけど、話す度に周りから視線を浴びる。きっと、クラスのマドンナを守るナイト気取りなんだろうな。いやぁ、さすが雨宮さん。出世しましたなぁ。
せめて一日中雨宮さんがいてくれたらいいんだけど、基本的に他の生徒とお話してる時間のほうが長い。
うん、わかってるよ。雨宮さん的には俺とだけ話したいんでしょ? でも他の生徒が砂糖に群がるアリのごとく寄ってくるから、渋々って感じかな。
その証拠に、放課後は毎回俺と帰ってるよ。最初のほうは他の生徒が割り込んできてたけど、雨宮さんが俺を選び続けた結果、横入りされることはなくなった。
いやぁ、恨めしそうにしてたヤツらの顔を思い出すだけでご飯三杯はいけるね。
「下校時間が数少ない癒やしだよ……」
「え? 急にどうしたの? 大丈夫?」
思わず心の声が漏れた俺を心配する雨宮さん。その姿は、月並みだが天使だ。
心優しき彼女を心配させたくないし、なるべく心の声は抑えないとなぁ。まぁ、自分の意思に反して漏れ出るのが独り言ってもんなんだけど。
「いや、キミと下校するのは楽しいなぁって」
こういう時は下手に嘘をつくより、真実だけを話すのがベストだ。嘘をつくんじゃなくて、余計なことを言わない。それに尽きるね。
そう……俺はこの辺の細かいテクを使って、友達の輪を広げてたんだけど……なんで急に皆離れていったのかな。示し合わせたかのように離れていったけど、俺が何をしたっていうんだ? 俺さえよければヤらせてくれそうな雰囲気の女子とかも複数人いたけど、ある日突然ゴミを見るような目になってさ……何があったんかね?
「楽しいのは下校の時だけ?」
意地悪な質問だなぁ。悪意はないんだろうけども、俺としては答えづらい。
「休み時間にキミと話すのも楽しいよ。ただ、下校は完全に二人きりだからね」
厳密には下校中も他の生徒がチラホラいるけど、教室よりは遥かにマシさ。今もリアルタイムで背中に視線が突き刺さってる気がするけど、俺の目は背中にないから問題ない。俺が気付かなければ、それは視線を受けてないのと同義だからね。
「そう? ハルちゃんと話してる時のほうが楽しそうだけど」
本当に意地悪だなぁ。イタズラっぽく笑うって表現は、今の雨宮さんの笑みに対して使うんだろうね。
「どちらが上とか下とか、そういうのはないよ。キミも晴家さんも雲倉さんも、全員大事な友達だよ」
まぁ、実際は多少の序列あるし、雲倉さんに至っては実質彼女だけども……。
そういや雲倉さん、あれから一度も話せてないな。晴家さんのクラスに遊びに行った時、教室の外から覗いてきてたけど……あれはなんだ? 晴家さんと面識あるのかな? 考えてみりゃ、晴家さんが雲倉さんを知っているなら、逆も然りだよね。
「ふーん? 夏休み中ハルちゃんとエッチなことばっかりしてたのに?」
「……それはまあ、仲の良い男女が同じ部屋で寝泊まりしてたら……ね?」
むしろ回数少ないほうだよ? 普通だったらヤらない日も、常に密着しながら過ごすじゃん? ヤるのは体の負担があるから毎日は無理だろうけど、キスだのハグだのそれぐらいなら毎日できるし。
でもお互いのプライベート、主に晴家さんの読書タイムを邪魔しないように我慢してたんだよ? なんて理性的な男だろう。普通は尻枕ぐらいしてもらうよね。
「へー? 私も何回か鳩山君のお家にお泊りしたけど?」
「さすがに三人は……。それに雨宮さんは、客室で寝泊まりしてたし」
雨宮さんは同じ部屋でも構わないって言ってくれたけど、さすがにそこまで気を遣わせるわけにはいかないじゃん? 口では平気と言いつつもストレスが溜まるだろうし、怖くて眠れないでしょ? 晴家さんがわざわざ雨宮さんのために、夜這いを止めてくれるようなタイプとも思えないし。
「じゃあ聞くけどね? 今ってハルちゃんお家にいないでしょ?」
「そりゃ、長期休暇終わったしね」
俺の母さんは晴家さんが三百六十五日泊まっても平気だろうけど、父さんがね。むしろ夏休みの間、よく我慢してくれたよ。母さんに脅されてたのかな? 奥さんの尻に敷かれっぱなしで情けないなぁ。自分というものを持たないと。
「私が泊まりに行ったら二人っきりになるよね? 同じ部屋で」
「……客室……」
「なんで? ハルちゃんは同じベッドで寝てたんでしょ? 私、そんなに太ってるかなぁ? そりゃハルちゃんよりは、ふくよかだけど」
晴家さんと雨宮さんじゃ、親愛度と友好度が違うと言いますか……。っていうか、こんな道端で胸を弄らないほうがいいよ? ふっくら具合を確かめる時って、普通はお腹とか二の腕じゃない?
……雨宮さんの天然ムーブのせいで、少しムラムラしてきたな。最近晴家さんが家に来てないから、性欲処理できてないし。明日にでも呼ぶか? いっそ屋上で……いや、それはまずいか。
「でね、話は戻るんだけど……私が同じ部屋に泊まったら……その……ハルちゃんみたいに乱暴されちゃう?」
ヤる可能性は大いにあるだろうけど、乱暴はしないよ。晴家さんから何を聞いたのか知らんけど、一度たりとも合意無しでヤってないからね?
そして何故上目遣い? どこでその表情を覚えたの? 節操がないバカ男なら一撃で落ちるよ? 俺はキミをそんな子に育てた覚えはないぞ。俺はただ、クラスの輪に入れるように手引しただけだよ。
「人聞き悪いな。乱暴なんかしないさ」
「でもエッチなことは……。いや、しないかぁ……。私なんて、ちょっと胸が柔らかいだけだし……」
……胸が柔らかい?
「あのね、これ悪口とかじゃなくて……その……変な趣味があるわけじゃないってのを念頭に置いてほしいんだけど……ホントそういうのじゃなくて……」
何をカミングアウトしようとしているのかは知らないが、両手をバタバタさせながら必死に予防線を張っているところを見るに、とんでもないことを言い出すってのはわかる。仕草がいちいち可愛いなぁ。
「そのね……クラスの皆……あっ、勿論女子だけだよ? でね、皆で銭湯に行ったんだけど……」
「……うん」
誰と行ったかは知らないけど、大体は想像できる。というか想像してしまった。ああ、俺も混ざりたかった。
「その、まあ……漫画とかアニメと違って現実では本来やらないんだろうけど……」
「……?」
「ほら、皆陽キャでしょ? 深雪ちゃんとか……」
「……うん? そうだね?」
「だからまあ……おふざけ……ただのおふざけで体を触りあったんだけど……」
え、その話をするために必死に予防線張ってたの? 何を危惧してたのかわからんけど、可愛いなぁ……。
「私だけ異様に……その……柔らかかったの……」
「へ、へー……? それは……おめでとう?」
他の女子と比べて柔らかい……? 自己申告とはいえ、禁欲中にそんなことを聞かされたら……うずきますねぇ。
「なんで急にアピールしだしたんだい? 自分に自信を持つのはいいことだけど、男の前でする話かい?」
「……興味ある?」
……ないヤツいる? いないよなぁ!
「あるって言ってくれたら……嬉しいかなって……。あ、あはは……急にこんなこと言われたら気持ち悪いよね、ゴメン……」
……雨宮さん、こんな屋外で興奮させないでくれないか? カバンでさりげなく隠してるけど、この下とんでもないことになってるからね?
「あとおふざけで……勝負下着なる物を……あ、あはは……」
……勘違いなのはわかってる。雨宮さんとしては、友達との戯れを話しているだけにすぎないってのはわかってる。
でも……これは合意と見てよろしいのでは? 話の流れ的に、誘ってきてると解釈しても……誤認してもよろしいのでは? 実質、言質でしょ? これ。
「……御存知の通り母さんがキミを気に入ってるんだけど……金曜日の夜……明後日にでも泊まりに来ない?」




