第45話 ナンパ阻止
長期休暇だからといって、無理に遊びに行く必要はない。学生時代は貴重な時間だから有意義に使わねばならない、なんてこともない。
たった二週間かそこらで、価値観がだいぶ変わったよなぁ。今までだったら、一日たりとも無駄にしたくないという一心で、綿密な計画を立てていただろうに。
あー、解放されたわー。肩の荷が下りたわー。のんびりするのも悪くないわー。
「でね、皆が言うの。『アメちゃんの選曲古い』って。でも皆、知らない曲でも盛り上がってくれるんだぁ」
「へぇ……楽しそうだね」
「それとね、今度日帰りでキャンプすることになったんだぁ。楽しみだなぁ」
「……気をつけてね」
……辛い。
雨宮さんに悪気はないんだろうけど、あんまりその類の話はしないでほしいな。現実逃避できなくなるからさ。
「男の子って怖いものだと思ってたんだけど、意外と皆優しくて驚いたよ」
「……うん」
「いっそのことプール行ってみようかな? きっと皆、私の水着を見ても悪口なんて言わないだろうし」
「………………いいんじゃない?」
なんだろうっていうか、何故だろう……。あんまりプールに行ってほしくないっていうか、男子の前で水着なんて着ないでほしい。なんだったら、肌を出すのもやめてほしい。エスキモーみたいな重装備で過ごしてほしい。
おかしいな、恋人でもなんでもないのに……なんでこういう気持ちになるんだろうか? 雨宮さんが誰とどういう関係になろうとしったこっちゃないはずなのに……。
「今からでも行ってくるといい。キミがどんな水着を買ったか知らないが、よほど変な物を着ない限りはいけるはずだ」
晴家さん、余計なことを言わないでくれ。俺の脳内なんて読めないだろうけど、読んでくれ。俺の脳内指示通りにしてくれ。
まあでも、誰に何を言われようと雨宮さんはプールとか海には行かないよ。最近明るくなってきたとはいえ、前髪で顔を隠すレベルの恥ずかしがり屋だよ? 公共の場で水着なんて、我々で言うところの全裸みたいなもんだよ。そうに決まってる。
「大丈夫かな? 私、ハルちゃんみたいに美人じゃないし……」
いや、負けず劣らず可愛いよ。でも絶対に言わない。今に限っては、その手の褒め言葉は投げかけない。万が一にもその気になられたら困るもん。
「キミにはキミの魅力があるよ。なぁ、善吉君よ」
え、俺? ここで俺に振る? そこまでして雨宮さんを追い出したいのか? 雨宮さんが恋敵になることはありえないけど、それでも排除したいのか?
「えっと、その……あれだ……えっと……」
「……」
言葉が詰まる俺に対し、期待と不安が入り混じった視線を送る雨宮さん。『いつもなら褒め殺しにくるはずなのに、どうしたんだろう? 飽きたのかな?』って思われてんのかな? 違うんだよ、褒めたいんだよ、可愛いと思ってるんだよ。でも俺の一言が原因で、水着なんて着られたら……。
「……俺的には可愛いと思うよ」
「あはは、ありがとう」
必死に絞り出した褒め言葉に怪訝な顔をすることなく、優しい笑顔でお礼を言ってきた。なんで褒めた側がこんな気持ちにならなきゃいけないのかわからんが、非常に居心地が悪い。
「ふむ……? 普段の善吉君なら『俺的には』なんて言わないと思うのだが……」
嫌になるね、この鋭さ。俺が無意識に見せた独占欲を的確にキャッチしてきたよ、この人。さすが読書家といったところか。
「晴家さん、揚げ足取らないでよ」
「んー? どういうことかなぁ? 鳩山君」
戯れなのか本気なのかわからないが、晴家さんの余計な一言に乗っかってきた。あんまり追及しないでほしいな、本当に困るから。
「ノリで買った水着なんだけど、結構露出が高くてさぁ……」
露出という言葉に反応してしまい、体がビクッとなった。一応断っておくけど、卑猥な想像をしたわけじゃないよ? 過激な水着を男の目に晒してほしくないってだけの話で。
「私は小さいからそこまででもないだろうけど……他の子だったら谷間とかすごいことになるんじゃないかなぁ」
……そんな過激なもの絶対に着てほしくない。着るとしてもタンキニとかその辺、なんならスク水でいいよ。アニメに出てくるような一昔前のスク水ならまだしも、今のスク水なんて本当に授業用だし。いや、元々授業用なんだけどさ。
「あっ、それとサイズ間違えちゃったみたいで……お、お尻がキツくて……」
いかん! 実物を見ないことにはなんとも言えないが、絶対に思春期の男共に晒しちゃダメだ! というか外部の人間にも見せちゃダメだ! 金持ち御用達の室内プールならまだしも、市民プールなんてろくな男いないぞ! 俺みたいに自制心がある男ばっかりだと思うなよ! 穴が空くほど、尻を見られるぞ! いや、元から穴はあるけども!
「ほう、それはいい」
何が? 晴家さん適当に相槌打ってない?
「雨宮さんの臀部を見たことはないが、十代の男性であれば落とせるだろう。私でさえ、食い込みを直す時は視線を感じるからな」
真剣な顔で何を言い出すんだ、キミは。眼の前のゲームに集中しなよ。っていうか何が『私でさえ』だよ。キミがうつぶせで読書やゲームをしている時、尻が気になって仕方ないんだよ。責任転嫁する気はないけど、今日ヤってしまったのはそれが原因だからね? 昨日のことだけど、トランクスだったらハミ出るレベルのショートパンツを履いたままうつ伏せになってたから、それで我慢できなくて……。
いや、俺は立派だよ。普通の男だったら昨日の時点で覆いかぶさってたよ。一晩耐えただけでも誠実な男さ。
「あはは、男の子ってそこまでチョロくないよ。ナンパなんて都市伝説っていうか、私とは無縁だろうし」
……チョロいよ。一番親しい男が俺だから感覚バグってるだけで、普通の男はもっと節操ないよ。自分で言うのもなんだけど、俺みたいに真面目に女性と向き合う男はそうそういないって。五日目にして一回しかヤってないって、下品な表現をするとタマ無しだからね?
「ならば試してみるといい。どうせ声をかけられたところで無視するんだろう?」
試せというのは余計な進言だが、後者はナイスだ。そうだよ、雨宮さんは告白を断る人なんだから、見知らぬ人間のナンパなんて……。
「か、カッコイイ人だったら……お話くらいは……あはは」
……エアコンの故障かな? 嫌な汗が……。
待て待て、カッコイイ人ってアレだろ? イケメン俳優とかアイドルの話だろ? 公共の場でナンパしてくるようなヤツはアウトオブ眼中だろう?
「おやおや? 体で判断する男はお断りみたいなことを、先程まで言っていたと思うのだが……」
そうだぞ! 手のひらクルクルして恥ずかしくないのか! 高校生なんだから、自分の言動には責任を持とうよ! 自分の都合で大人と子供を使い分けないで!
「そうなんだけど、よくよく考えたら深雪ちゃんとか紗奈ちゃんとか、素敵な女の子達と行くわけじゃない? その状況で声をかけられたら……私も揺らいじゃうかなぁって」
紗奈……ああ、佐渡さんのことか。確かにプールデートした時、目を話す度に声をかけられてたな。そうか、やっぱり女の子から見ても可愛いんだ……。
「雨宮さん、プールやめとこう?」
「え? なんで急に?」
「プールよりもさ、エアコンの効いた部屋でゲームでもしようよ」
「んー、それもいいけど、水着買っちゃったし……」
うぐっ……。そっか、女子って何故か知らんけど、異様なスパンで水着買い替えるもんな。成長してサイズが変わったとかならまだしも、それとは関係なしに毎年買ったりするもんな。どうせ一シーズンに数回しか着ないのに。
「お、俺の家の風呂って結構広いからさ……そこで水風呂とかどう……かな?」
ちょっと気持ち悪いだろうか? いや、どう思われても構わん。性欲に支配された男共の魔の手に落ちる可能性を考慮したら、それぐらい安い出費だ。
「あはは、何それ楽しそう」
おっ……? 以外に好感触……?
「善吉君、すぐに出かけるぞ。行き先は言うまでもないね?」
『キミに拒否権はない』と言わんばかりに、財布の中身を改めながら問いかけてきた。多分水着を買いに行くってことなんだろうけど、今から行くの? 出不精とは思えないほどの行動力だなぁ。
でもよかった……雨宮さんを救うことができたし、おまけに水着も見ることができる。なんだったらワンチャン、エッチな雰囲気に……。ははは、晴家さんもいるのにそれはないか。




