第43話 痕跡
あっちぃ……。せっかくエアコンをつけているのに、わざわざ窓を開けねばならないなんて辛すぎる。自業自得というか、文字通り自分のまいた種なんだが。
「晴家さん、ここまでする必要あるのかい? 正直俺には、よくわからないんだが」
「ふむ……。男性にはわかりにくいのかもね」
『まだ臭うぞ』と言わんばかりに鼻をヒクヒクとさせる。可愛いけど、臭いなら嗅がないほうがいいと思うよ。
「キミは万が一にも雨宮さんに悟られたくないのだろう? 私にはわからんが」
臭いはわかるのに、一般的な心理はわからないんだなぁ。普通に考えて嫌だろ、友達に性交がバレるの。
「それはさておき、機嫌が直って良かったよ。急に拗ねだすんだもん」
「……むくれるだけで済むなら可愛いものだろう。もし治癒魔法が存在するなら、キミに全力の拳を叩き込んでいるよ」
優しいのか優しくないのか微妙なところだな。殴られるようなことをした覚えなんてないんだが。
「おや、チャイムが鳴ったよ」
もう来たのか……まだ午前九時だぞ? 七時かそこらから性交していた俺らも大概だから、偉そうなことは言えないけども。
「……臭いどう? 俺にはわからないんだけど」
「私もわからないよ。だが雨宮さんはどうだろうね? 男性経験がない彼女は、私よりも敏感かもしれない」
不安だなぁ。まあ最悪の場合、自慰してましたって言えばいいか。
とりあえず雨宮さんを家に入れてあげよう。こんなしょうもない理由で、炎天下の中で待たせるわけにもいかんし。
「いやぁ、今日も暑いねぇ」
今日はまだ一歩も外に出ていないが、雨宮さんが一瞬でオレンジジュースを飲み干したことから、相当な暑さだということがうかがえる。
真っ昼間ならまだしも、まだ九時だよ? この段階でこの暑さって、運動部の人達はよく生きてるよね。甲子園もそろそろ無理がないか? 命に関わるぞ。
「臭うかな……?」
雨宮さんの呟きに思わず、一瞬だけ体がビクンとなった。声が出なかっただけでも奇跡だろう。
「な、何がだい?」
「え? 何がって、言わせないでよ……」
ば、バレてる……? 明らかにバレてるよな? 顔が赤いのは暑いから? いや、恥ずかしいからだろ。臭いの原因に感づいてるからこその羞恥、それしかない。
「しゃ、シャワー借りてもいいかな? あ、それとタオルも……」
「ああ、勿論別に構わないよ」
……?
よくわからないまま、雨宮さんを見送った。すると、晴家さんが不意に肩を叩き、話しかけてきた。
「私も一瞬だけ焦ってしまったよ。杞憂だったようだが」
「え? 杞憂って……」
「彼女が言ってたのは自分の汗の臭いのことだと思うよ」
「あ……あー、なるほど……」
紛らわしいなぁ、もう。知られたら知られたで仕方ないと割り切ってるけど、心臓が止まるかと思ったよ。
「汗の臭いなんざ全くしなかったのに……やっぱ雨宮さんは可愛いなぁ」
「臭いはしたが、後者に関しては同意するよ」
晴家さん、嗅覚良くない? そういや女性の方が嗅覚優れてるんだっけ? 汗の臭いを感じ取れるって、どっちかといえばマイナス要素な気がするけど。
「とにかくバレなくて良かったよ」
「……いや、バレたと思うよ? 厳密には、これからバレるね」
「え? なんで?」
さっきバレなかったなら、もうバレる要素なくない?
「我々が朝シャンを浴びた痕跡が残っている。二人で一緒に浴びた証拠はないがね」
「あー……濡れたタイルとか足ふきマットとかタオルとか……」
ついでに言うと服もまずい。昨日までの分の洗濯物は全て干しているので、俺と晴家さんの服だけが洗濯かごに入ってる。ちょうど一日分。母親と父親の分がないということは、つまり……。
「私は嘘をつきたくないんでね、聞かれたら正直に答えるよ? 無論、自分から話したりはしないが」
聞かれないといいなぁ……聞かれるんだろうなぁ……。
「バレたらその時はその時だけど、あの子は何故か怒ると思うんだよ」
「『何故か』……ねぇ」
「今の雨宮さんならいくらでも相手いるんだし、自分もヤればいいのにな」
「間違ってもそれを雨宮さんに言わないでくれ。血は見たくない」
言わないよ。さすがの俺も、そこまでノンデリじゃないっての。だってビッチ扱いじゃん、それ。
っていうか血は大げさだよ。なんで刃傷沙汰にまで発展するんだよ。
「キミの思考回路は時々バグるから、一つ確認させてくれ」
その前置きいる? 世の中の喧嘩って半分くらいは、余計な一言とか失礼な物言いによるものだと思うんだけど。
「バグらないけど、何かな?」
「何故雨宮さんが男子達の告白を断ると思う? ちなみに大半は付き合えば損する可能性大の有象無象だが、二人くらいは優良物件が混じっていたよ」
告白しただけなのに、酷い言われようだな。確かに男の俺から見ても酷いヤツが何人かいたけども……。
「いきなり告白から入られても困るって話じゃないかな? ほら、雨宮さんってこれまでの学園生活で、男子と関わりなかったわけだし」
「ふむ……。それも要因と言えば要因か」
「あとはなんだろ……。自分に見合わない男ばっかりだと判断したんじゃない? 急にモテだしたから、調子に乗った的な……」
別に雨宮さんが特別傲慢だとか、そういう話じゃない。格闘ゲームで弱い人と連続でマッチングすれば自分が上手いと勘違いするし、麻雀で良い手が連続すれば上達したと勘違いする。成功体験が続くと思い上がるもんだよ、人間ってのは。
「後はそうだなぁ、ちょっと色気づいただけで言い寄ってくる男達に、嫌気が差したとかじゃないかな? 今まで相手にされなかったのに、メイク覚えた途端モテだしたとか、考えようによってはプライド傷つきそうだし」
メイクとか写真加工も含めて魅力なんだろうけど、八十点を百点にするのと十点を百点にするのじゃ話が違うからな。雨宮さんは元から百点だと思うけど。
「ただいま。今のって私の悪口?」
「うわっ!? びっくりしたぁ……」
早くない? シャワーだけとはいえ、もう終わったの?
「シャワーありがとうね。凄く気持ちよかったよ」
「そりゃよかった」
シャワー浴びただけなのに妙に色っぽいな、などと不埒なことを考えながら適当に相槌を打った。
聞かれたくない話を聞かれてしまったが、俺と晴家さんの行為には気づいてないみたいだし、一安心だな。
「まあ、お二人さんはもっと気持ちよかったみたいだけどね」
……自分の家なのに帰りたい。




