第41話 倫理観
これまでに比べて、夏休みの宿題を消化するペースが早い。例年と違って家にこもりっぱなしなので、当然と言えば当然だろう。
後の負担が減ることだけを考えれば望ましい展開なのだが、何か大事なものを喪失しているかのような、なんとも言えない焦燥感がある。
「晴家さん、もう四日目だけど……そろそろ外に出ない?」
風邪を引いてるわけでもないのに、一歩も外に出ていない。窓から差し込む太陽光だけでは、ビタミンDをまかないきれないよ。
「三日目だろう? 終業式をカウントしないでくれたまえ」
「どっちでもいいから出ない? 雨宮さんは、今日も皆とお出かけしてるんだよ?」
「ご苦労なことだね。お山の大将がよほど楽しいと見える」
お山の大将って……級友を引き連れることをそんな表現するの、キミぐらいだよ。
「そりゃ友達と遊ぶのは楽しいと思うよ。他愛のないやりとりも、きっといい思い出になるさ」
「……私と家で過ごす時間は、記憶の片隅にも残らないと?」
ひねくれてるなぁ、そこが可愛いところなんだけども。
「キミと過ごす時間はかけがえのないものだよ」
晴家さんと出会えてよかったし、遊びに来てくれるのも嬉しい。でも夏休み中、泊まるってのはやりすぎだけどね? 限度があるよ?
「だったら早く私と交際してくれないかな? 駆け引きするような間柄は、既に通り過ぎているはずだ」
……困ったな。ストレートに来られると、ごまかしが効かないので対処が難しいんだよね。すっとぼけようがないし。
「先に言っておくが『俺はキミにふさわしくない』だの『キミにはもっといい相手がいる』なんて言い分は、一切認めないよ」
なんでさ、認めてくれよ。なんで先読みできたかわからないけど、これ以上ないくらい正当な言い分だろうよ。
「俺の言い分はおいといてだね……。なんで俺なんかを好きになったのさ?」
だって居候状態だよ? 言ってしまえば押しかけ女房だけど、普通はそこまでしないでしょ? ましてや高校生の分際で……。
「何故善吉君の言い分を一旦置いておくのかわからないが、キミを好きになるのは当然の流れだろう?」
「そうかな……? 友達になれる要素はいくらでもあるけど、惚れる要素は全くないと言い切れるんじゃ……」
四方手を尽くしても相手が見つからないとかならまだわかるけどさ、晴家さんって癖のある性格さえ直せばいくらでも相手見つかるじゃん。喋ってても美人だけど、黙れば超絶美人だもの。
「善吉君といれば退屈しない。それだけで充分、伴侶足り得るが?」
……漫才師と結婚すれば? 俺よりよっぽど面白いよ? そりゃ別にプライベートでもボケ続けてるわけじゃないだろうけどさ、素の面白さが常人を上回るはずだろうしさ……。っていうか俺そんなに面白い? 至って普通なんだけど。
「十人十色と言うが、一般人など基本的に似たような色さ。キミは良くも悪くも独特な色をしている」
「それはどっちかと言えば晴家さんでは……」
「ああ、自覚している。だからいいんじゃないか」
類は友を呼ぶ的な? はぐれもの同士気が合うってこと? あのね? 俺がはぐれものになったのはつい最近のことで、元はクラスの輪に入ってたんだよ?
「小難しいことを論じるのはもうやめようじゃないか。理由はどうあれ、キミは私の処女を奪った。この流れで交際しないなんてことあるかい?」
普通にあると思うんだけど、俺がおかしいのかな?
「ふふ、わかってるさ」
「……?」
なんだろうか。何を汲み取ってくれたのだろう。この人時々、驚くほど的外れなことを言い出すからなぁ。
「雨宮さんに遠慮しているのだろう? キミは二人の女性を同時に好きになってしまったんだ。腹立たしいが、よくある話だよ」
うわぁ、的外れすぎる。そりゃ人間としては好きだし、異性としても魅力的だと思う。でも交際ってなってくると話は違うだろ? 別に決して、都合の良い女扱いしたいわけじゃないんだ。女友達の枠に収まり続けてほしいだけなんだ。
「えっとだね……恋人になるかどうかってのは結構重たいことであってだね……」
「でもキミは私ともヤりたいし、雨宮さんともヤりたい。そうだろ?」
え、何を当たり前の話をしてんの? 友達だろうが親友だろうが、ヤりたいって思うのは当たり前じゃない? それって別に、恋人にだけ向ける感情じゃないし。
「友達関係を保ちながら、ヤりたいと思ってるよ」
「……キミは度胸があるね。それとも私に全幅の信頼を寄せているのかい?」
「え、そりゃ信頼はしてるけど……なんで?」
度胸……? 信頼……? 全然繋がらないんだけど。
「局部を全力で蹴り上げられても文句を言えない場面だと思うよ」
「いや……普通に文句言うし、場合によっては訴えるよ?」
何を言い出すんだろう、この人は。どういう倫理観をしてるんだ? 本当に法治国家で育ったのか?
「訴訟? まさかとは思うが、不当な暴力だとでも言うつもりかい?」
「むしろ不当じゃないと思ったの? ダメだよ、そんな簡単に人を傷つけちゃ」
「……確かに裁判では負けるだろうが、世論はこちら側の味方をすると思うよ」
いや、するわけないでしょうよ。女性はいかなる時でも男性に暴力を振るっても許されるなんて、似非フェミニストにしか許されない考えだもん。
「恩を着せるつもりはないが、さっき私は善吉君を見逃したんだ。本当なら今頃、悶絶しながら命乞いしているはずだよ」
……恐ろしいな、この人。ガキ大将が『殴らないでおいてやる。感謝しろ』って言うのと、何が違うの? 暴力を振るわないのは当然のことだというのに……。
「私にはキミ以外の男友達はいないが、いたとしても性交なんてしない。好意がなければ、そんな気も起きない」
それは……あれじゃない? 隣の芝は青い……は違うか。ああ、あれだ、あれ。
「……たまにいるじゃん? 『この仕事が好きだから、宝くじが当たっても絶対に仕事をやめない』って豪語する人」
「会ったことはないが、いるだろうね。それが何か?」
「それってさ、当たってないから言えることだと思うんだよ」
「だろうね。デジタル絵師を批難するのはデジタルで描けない人だし、若者を批難するのはお年寄りさ。権力者を避難するのは、いつだって無力な人間さ。……で?」
そこまでわかってるなら、もう俺が言うことなくない? それが答えじゃないか。
「晴家さんも男友達ができたら、考え方変わるよ。俺はキミら二人に限らず、他の女友達ともヤりたいと思ってるよ。勿論可愛い子に限るけどさ」
「ふむ……。キミの言い分はわかったが、とりあえずもう二度とその考えを口にしないほうがいいと思うよ」
え、なんで? 言論統制かい?
「キミの最低な考えを耳にしたのが私だったというのは幸運だよ。この幸運を大事にしたまえ」
「……? うん……。よくわからないけど、誰にも話さないよ」
まあどうせ、晴家さんと雨宮さん、あと雲倉さんぐらいしか、会話できる相手いないんだけどね。
……とりあえず他の二人には、この話をしないでおくか。雨宮さんはともかく、雲倉さんと関係がこじれたら困るし。




