第38話 ストレート宣言
晴家さんに三時間ほど連れ回されて足がクタクタだが、ようやく帰路に着くことができた。買い込んだのは、お菓子、小説、ゲームといった引きこもりセットだ。
なるほど……夏休みの布石ってそういうことね。夏休みの間、家デートし続けるってことね。健全だけど不健全だね。
『一緒に楽しむための神器を買い揃える』って言ってたから、正直怖かった。大人のオモチャでも買い込むのかと、内心ビクビクしてたよ。
「それにしてもお金大丈夫なの? っていうか本重くない? 何冊買ったの?」
「お金に関しては大丈夫さ。重さに関しては、『そろそろ澄まし顔が崩壊する』とだけ言っておこう」
限界なら早く言ってよ。顔にも声色にも出さないから、平気だと思い込んでたよ。
「こっちの買い物袋と交換しようよ。本よりは軽いと思うし」
「気持ちだけありがたく受け取っておこう。肉親相手でもスマホや財布を預けたりしないだろう? 私にとっての本は、そういうものさ」
うーむ、わかるようなわからないような……。要するに大切なものだから、自分で運びたいってことね。
「これだけ大量に買うなら、車のほうが良かったんじゃない? ウチの母さんに頼めば出してくれたよ? 何故か知らないけど、キミのこと大好きだから」
「そこまで迷惑はかけられないさ。ただでさえ夏休み中、ご厄介になるんだから」
……ご厄介? 遊びに来るだけだよね? なんか、長期間にわたって連泊するかのような言い回しだけどさ。
「善吉君は洗濯物を一緒に回されても平気なタイプかい? 首を縦に振ってくれるとありがたいのだが」
「男子で嫌がる人あんまりいないと思うよ」
洗濯までするの? 本格的に泊まる気満々じゃないか。一泊二泊なら別にいいんだけど、洗濯するって相当長く……。
「それはよかった……。話は変わるが、余裕があるなら私の汗、額の汗を拭いてくれないか? 尻のポケットにハンカチが入ってる」
ハンカチとか律儀に持ち歩いてるんだ。服装はともかく、そういうところは女の子してるなぁ。
「いや、俺も両手が塞がってるし……」
っていうかこんなに買い込む必要あった? 本とゲームもそうだけど、一・五リットルのジュース買い込み過ぎじゃない? 糖尿病RTAでも開く気?
「短時間であれば片手で全部持てるだろう? 私は無理だ」
「そこに腰を下ろしたらいいじゃないか。綺麗とは言い難いけど、それって別に汚れてもいい服でしょ?」
スウェット……っていうのかな? 薄っぺらいジャージみたいな感じの……しゃがんだだけで破けそうな薄いズボンのことね。
「大量の本を持ったまま変な動きをしたくない。一秒でも早く家に運ばねば……」
本と言っても、ただのラノベだろ? 数千円もするような本ならまだしも、ラノベなんかそこまで丁重に扱うようなものじゃないのでは?
「早く拭いてくれないか? 可能性は低いが、もしも紙袋の中に汗が落ちた場合……キミに八つ当たりするかもしれない」
そんな不条理な話があるか? そこまで大事な物なら、小分けにして買えばいいと思うんだが……。
「早くしてくれたまえ。右の尻ポケットに入ってる」
「ああ……見えてるよ」
「ならば早くしてくれ。雨宮さんと違って小尻だから、問題なく取れるはずだ」
別に雨宮さんも大きくはないと思うよ、キミが細すぎるだけであって。
「まさかとは思うけど、屋外で尻を触らせたいだけじゃ……」
「それもあるが、本当に汗が辛いんだ。巻きで頼む」
あるんだ……まあ、あるだろうなぁ。
「そりゃまあ、別にいいけども……」
こっちだって重い荷物持ってるのに、迷惑だなぁ。いっそのこと、休憩がてら座ったらいいのに。
「んっ……」
ほら、すぐ変な声出すもん。キミ、妙に敏感なんだからさぁ……。
「はい、じっとしてねぇ」
「助かる」
俺だって汗だくなのに、なんでこんなことを……。手術の時ぐらいだよ、人の汗を拭くのなんて。
「もういいかな?」
「できれば胸の谷間もお願いしたいところだが、あいにく私は痴女じゃないのでね」
……谷間? その辺の中年男性より小さい胸で……。
「失礼なことを考えたね? 残念だ、今のでゴムの消費ペースが早くなったよ」
鋭いなぁ、相変わらず。そしてその脅し文句、かなり新しいな。流行りはしないだろうけど、流行るポテンシャルはあるよ。有名な配信者や漫画家が使えば、ミームになる可能性がなきにしもあらず。
「いいから早く帰ろうよ。ハンカチは後で返すよ」
少々不衛生だが、買い物袋にハンカチを放り込み、買い物袋を持ち直す。ああ、重たかったぁ。一時的とはいえ、この量を片手で持つのは辛すぎる。
「キミも汗を拭いたらどうだ? でこに汗疹ができても知らないよ?」
「さすがに人が使ったハンカチは……。いや、決して晴家さんが汚いって意味じゃなくてだね?」
「いい、別に気にしてないよ。逆の立場なら遠慮なく使っていたがね」
そりゃキミは気にしないだろうよ。人が脱ぎ捨てた靴下を平気で触ることができるタイプなんだもの。俺はちょっと……。
「そうだ、善吉君。キミから猜疑心を向けられるのも面白くないから、一つだけ断っておくよ」
「なんでしょうかね……」
「私はなんの画策もないよ。純粋に汗が辛かっただけだ」
……? はぁ……そうですか……?
「策を弄するというのも悪くはないが、その手の余興は戦略シミュレーションゲームで充分さ」
「うん……? そうだね……?」
「まあ、信頼もあるね。わざわざ搦め手を使うまでもないと踏んでいるのだよ」
さっきからなんの話をしているのだろう。たかが汗を拭くという行為のどこに、奸計が挟まる余地があるというのか。
晴家さんの言動が不可思議なのは今に始まったことじゃないし、深く考えないようにしよう。ただでさえ体力の消費が激しいんだから、せめて脳みそは休ませないと。
「私に対しては裏を読むなんて行為は必要ないんだ。絶対に私を疑わないでくれ」
「うん、まあ、別に疑ってなんかいないけど……」
「それならいいんだ。くどいようだが、私はストレートで攻めるタイプだからな」
……暑さと疲労で脳みそやられたのかな? それともなんかのアニメの影響?
彼女の口ぶりだと身近に謀略家がいるように聞こえるんだが、そんな黒幕みたいな人はいないでしょ。っていうかそもそも身近に人がいないだろう、俺らは。
『絶対に疑うな』か……。何気ない言葉だが、妙に引っかかるのは何故?




