第36話 出鼻くじき
高校生のアルバイトってさ、ろくなもんじゃないよね。いや、きっとアルバイト自体そういうもんなのだろう。仕方なく雇ってあげてるって態度を隠さないというか、最低賃金で好きなだけ使い潰せるコマとしか見てないというか。
許せないなぁ……明らかに不当解雇だよなぁ……。
「夏休みに向けて一足先にバイトを始めるとのことだったが、何があったんだい?」
大して興味なさそうな声色と表情で、俺の悲しいアルバイト遍歴を解き明かそうとする晴家さん。元からそういう声色なのは知ってるけども、せめて俺のほうを見てくれないか? そこまで甘党だったっけ? パフェばっかり見つめてるけど。
「私は鳩山君のアルバイトよりも、逆ドリカム編成でカップル限定パフェを頼めることのほうが気になるかな」
なんですか、逆ドリカム編成って。友達が目の前で、この世の終わりみたいな顔をしてるんだよ? 休日出勤する時の顔をしてるんだよ? インターハイで一回戦敗退した時の背中してんだよ? ほら、めっちゃ背中丸いでしょ?
「呼び出しといてなんだけど、もう少し真剣に聞いてくれるかい? シャレオツなカフェの景観を崩す顔してるんだよ?」
「今時シャレオツなんて言葉を使う人が、アルバイトで失敗するのは当然のことさ」
なんか当たりキツくない? 俺、本気で悩んでるんだよ? 夏休み丸々バイトする予定だからフライングしたのに、初日でダメになったんだよ? 物を知らない高校生だと思って、不当解雇してきたんだよ? 被害者なんだよ?
「食べながら聞くよ、鳩山君」
「聞いてくれるなら、食べながらでも飲みながらでも、なんでもいいんだけど……」
満面の笑みを浮かべるのやめてくれない? パフェが美味しいってのはわかるんだけど、笑顔を見せる場面じゃないんだよ。キミの笑顔を見たいってさんざん言ってきたけど、ここは喪に服してほしいんだよ。いや、別に誰か死んだわけじゃないんだけど、俺の心が死んでるからさ。
「俺がバイト先に選んだのは回転寿司だよ。ちょっとお高めの、こじゃれた店さ」
「飲食店か。高校生バイトの定番だね。バイトなんてしたことないけど」
そりゃまあ、晴家さんはそうだろうね。社会でやっていけそうにないし。
「接客には自信があったから、ホールを担当したんだ。注文取ったりとか、そういう仕事ね」
もっとも初日でクビになったから、詳しい仕事内容は知らないんだけど。
「初めてのバイトなのに自信? 善吉君は自己肯定感が高いね」
「羨ましいよ。私なんて、最近まで自信を持てなかったのに」
最近までねぇ……。つまり俺のおかげで自信がついたってことだよね? いやぁ、遠回しとはいえ感謝されるのは気持ちが良いね。
「でね……問題なく業務をこなしていたんだけど……帰る前に店長から呼び出しを受けたんだよ」
「『お前はクビだ』って?」
晴家さんはさすがだなぁ、色んな意味で。
「いや、まあ、だいたいそんな感じだけど……」
今思い出しても腹が立つよなぁ。てっきり褒められるもんだとばかり思っていたのに、解雇されるなんてさ。試用期間だから違法じゃないだのなんだのって……。
「何をやらかしたの? 鳩山君って要領良いほうだと思ってたんだけど」
「えっとね、その店ってアンケート用紙があるんだよ。お客様のテーブルにね」
「ふむ……。そこに善吉君へのクレームが書いていたと?」
さすがに鋭いな、晴家さんは。たったこれだけの情報で、一秒足らずで正解にたどり着くなんて。
「うん。ホールの人がジロジロ見てくるだの、目つきがいやらしいだの……完全に言いがかりだよ」
「……ふむ? 考えられるのはキミに恨みのある人間が嫌がらせをした……といったところだが、キミはホールだろう? ならば知人がいれば気づいていたはずだ」
そう、まさにそれなんだよ。てっきり高校の同級生達のイタズラだとばかり思ってたんだけど、よくよく考えたら俺は全ての客に会ってるはずなんだよ。そこまで広い店でもないし、気付かないなんてことはありえない。
「………………言いにくいんだけど、そのクレームって正当なものじゃない?」
「雨宮さん……? 何を……」
「疑ってるわけじゃないんだけどさ、可愛い女の子でもいたんじゃないの? だからついつい見ちゃったとか……」
な、何を言い出すんだ……? 俺は公私混同なんてしないぞ? プライベートならまだしも、仕事中にそんな不埒な……。
「アンケートの字は、明らかに男の字だったよ。そりゃ女性でも下手な人は下手だろうけど、あの汚さは男だって」
そうだよ、これはただのイタズラだよ。だって『目つきがいやらしい』だぞ? 女性ならまだしも、男だぞ? 無意識に女性を見ることはあっても、男なんて見るわけがない。そう、これは暇人の嫌がらせ……。
「……なんにせよ鳩山君が気に入らなかったんだと思うよ。初対面の人に嫌われるなんて、変な話だけど」
「ただのイタズラだって。きっと新人に嫌がらせをするのが趣味な弱者男性が……」
「お高めの店なんでしょ? 弱者男性なんて、百円の回転寿司しか行かないって」
そ、そうか……? 確かに最低でも一皿三百円だけど、それぐらい弱者男性でも行くのでは……? げ、現に高校生ぐらいの男子もいたぞ? 金持ちのボンボンには見えなかったし……。
「そのお店って多分、北海道水産市場のことでしょ? この辺で高いところって、それぐらいだし」
意外だな、雨宮さんがこの辺の店に詳しいなんて。てっきりコンビニと書店ぐらいしか行かない人だと思ってたけど。
あー、そういえば最近は同級生達とよくお出かけしてるんだっけ。ショッピングに連れ回されてるらしいし、駅前の飲食店ぐらい把握してるか。
「あの店ってまともな人しか行かないと思うよ? 近くにクルクル寿司とか、カッパカパ寿司とか、激安チェーンがあるんだからさ」
「べ、別に金持ちだからまともとか、貧乏だから危険人物とか、一概には……」
「だとしても初日でクビなんて普通はありえないよ。北海道水産市場ってまともなお店だもん。ただのイタズラでクビになるかな? 言いにくいんだけど……鳩山君に問題が……」
……冗談だろ? 悪質なクレーマーの嫌がらせじゃなくて、正当なクレーム? 俺の勤務態度に問題があったから、体よく切られた……? そんなはずは……。
「ほら、最近クラスの皆が鳩山君にキツイでしょ? きっと誤解されやすいタイプなんだよ、鳩山君は」
誤解……? そっか、そうだよな。ただの誤解だよな。俺が問題児というより、周りの評価制度に問題があるんだよ。
そうだ、俺は社会不適合者なんかじゃない。世間一般の倫理観、世論がおかしいんだよ。そうだよ、結局のところ多数派か少数派かってだけの話だよ。凡人が多数なんだから、非凡な者は必然的に……。
「でも私とハルちゃんは、鳩山君のことをわかってあげられるよ」
「ああ。キミを迫害する人間の心理が、私達には理解できない。キミはこんなにも優れた人間なのに」
「雨宮さん……! 晴家さん……!」
温かい……。クビにされた直後は体の芯が凍りついたかのような錯覚を覚えていたけど、今はポカポカしてるよ。この二人だけが……晴家さんと雨宮さんだけが、俺のことをわかってくれる……。この二人だけは色眼鏡で見てこない……本当の俺を見てくれる……。




