第35話 順位転落
小学校は当然として、中学一年からここまで常に高い点数を取ってきた。音楽や美術などの副教科は低めだが、それでも平均点は優に超えていた。
……これ、本当に俺のテストか? 誰かが名前書き換えてない? 替え玉的なことされてない? 副教科ならまだしも、五教科で平均点を下回るなんて……。
「アイツ順位一桁から落ちたらしいよ」
「さっきチラ見したけど、数学六十点だったよ」
「めっちゃ落ちてんじゃん。女遊びばっかしてるからだろ」
……普通、わざわざ聞こえるように言うかね? キミ達は六十点どころか平均点さえ届かない組じゃないか。順位が落ちたと言っても、上位二十パーセントに入ってるんだよ? キミ達は下から数えたほうが早いじゃないか。なんでバカにされなきゃならないんだ?
「鳩山君、テストどうだった?」
返却されたテストを抱えた雨宮さんが、穏やかな表情で話しかけてきた。癒やされるなぁ……この人には悪意という概念がないんだろうなぁ……。
「あはは……ご覧の有様だよ」
隠す理由もないので、点数が見えるように机の上に広げた。ニヤニヤした表情で見てくる輩もいるが無視だ、無視。赤点を回避できた、できなかったで一喜一憂しているようなアホは無視だ、無視。
「ご覧の有様? 普通に高得点じゃん、もー」
……そうか? 低くはないだろうけど、高くもないのでは? 何が悲しいって、数学の点数がまだマシな部類ってことだよ。六十点とか俺の中じゃ低めのはずなのに。
「でも今までよりガクッと下がってるし……」
親とか教師に心配されるレベルで落ちちゃってるよ。まだ巻き返せると思うけど。
っていうかこれで平均点下回ったの二教科だけって、皆どんだけ低いのよ。別に点数ごときで見下すつもりはないけど、平均点低すぎない? おかげで助かったけど。
「それは今までが高かっただけだって。気にしなくていいよ」
……優しいなぁ、雨宮さんは。
実はさ、見た目以上に落ち込んでたんだよ、俺。テスト中、思うように問題が解けなくてさ、普段より低い点数取ってさ、周りからも蔑まれてさ……なんていうか……ゴミになったかのような気分だったんだよ。
自分に自信がなくなったというか、価値を失ったというか……。
でもそれはただの勘違いだよな? 深く考えすぎなだけだよな? 俺は無価値なんかじゃないよな?
「ったた……」
むっ?
「雨宮さん? どうしたの? 大丈夫?」
「あっ……。な、なんでもないよ」
「……? そうかい?」
勘違い……なのか? ほんの一瞬だけど、雨宮さんが腹痛に襲われてたように見えた。俺の気のせいか? まあ、一瞬だけ腹痛がくるなんて考えにくいし、体調不良を隠す理由もないだろうから気のせいかな。
なんか近くの生徒がザワついてるけど、無視しとこう。誰彼構わず仲良くしても、いいことなんて一つもないってことがよくわかったし。
「アイツ成績落ちたらしいよ」
「保健体育の勉強ばっかしてるからだろ」
「性病になっちまえばいいのに」
ちょっと廊下を歩くだけでこれだもんな。何があったのか知らんけど、随分と嫌わたもんだね。別にいいけどね、俺には晴家さんと雨宮さんがいるし。
というか知らない人の成績なんて普通気にするか? 俺のテスト結果を知ってるのは数人のはずなんだが、妙に情報が出回ってるな。
……さすがにおかしくないか? 常に学年一位の人が転落したならまだしも、俺はあくまで上位層だぞ? トップ以外は認知されないもんじゃないのか?
おっ、晴家さんだ。廊下の窓から外を眺める女子生徒なんてありふれた光景だが、絵になるなぁ。
「晴家さん」
「やぁ、善吉君。テストの結果はどうだい?」
おや、晴家さんには情報が出回ってないのか。まあ、彼女も俺と同じで孤立してるもんな。そもそもの話、クラスメイトに関心がなさすぎて、会話に聞き耳立てたりしないタイプだろうし。
「……いつもよりは低かったね」
「そうか……。気にしなくていい、全部私が邪魔したせいだから」
「何を言い出すのさ。晴家さんに非はないよ」
驚いたね。俺を慮ってのことだろうけど、まさか自分のせいにするなんて。
……いや、まあ、この人のせいと言えば確かにそうなんだけどね? でも、恨んでなんかいないよ。結局悪いのは俺だからさ。
「ちなみに私は、平均九十点を超えたよ。たまたま美術と音楽の範囲が、私の知識とマッチしていたんでね」
は、ははは……。性欲の権化にボロ負けかぁ……。
いや、いかんいかん、友達なんだから素直に祝福せねば……。
「凄いじゃないか。やっぱり晴家さんは才女だよ」
平均九十超えかぁ。中間テストならまだしも、期末テストで超えたことないなぁ。
仮に本調子だったとしても、多分そこまでいかなかっただろう。そう考えると、なんていうか……情けない気分になってくる。
「また宇宙人と会話してるよ、アイツ」
「どっちも宇宙人では?」
「言えてるー」
……いかんなぁ。一度卑屈になると、こんな安っぽい挑発さえ心にくるわ。心を強く持たねば……。
「善吉君。どうやらキミは、周りの言動に左右されがちのようだね」
表情に出すぎていたのか、晴家さんが的確に俺の胸中を見抜いてきた。かなわないなぁ、彼女には。
「誰だってそうじゃないかな。悪い夢を見ている気分だ」
周りの目に対しては割り切ったつもりでいたが、実際問題そうは上手くいかないもんだよ。初めから嫌われていたってならまだしも、今まではそれなりに慕われていたんだぞ? なんらかの誤解が生じているってのはわかるんだけど、まったくもって見当がつかない。なんていうか、痛くもない腹を探られてる感じがして不快だ。
言葉そのものよりも、人間の醜さに当てられてしまったというか……。
「私にはわからないな。実害が出ているならまだしも、言葉のナイフに怯える心理がいまいちわからない」
「え? 普通に嫌じゃないかな? 誰だって悪口言われるのは辛いよ」
誹謗中傷で活動休止する人が結構いるけど、アレって決して大げさじゃないと思うんだ。第三者にはよくわからんかもしれんけど、当事者からすればたまったもんじゃないよ。あることないこと言われるのって、本当に精神にくる。
「初めに断っておくが、私が生まれつき打たれ強いという自慢話をしたいわけじゃない。心構え一つ、考え方一つで、あの手の輩が気にならなくなるんだよ」
それはその……メソッドってヤツ? メンタリズムとはちょっと違うかもしれないけど、周りが気にならなくなる思考法があるってこと? 怪しい自己啓発本みたいで少しきな臭いけど、実際この人無敵のメンタルだし、信憑性はあるな。
「まずは常に私と過ごすことだね。私を見て学びたまえ」
「ははは、心強いよ」
口頭で伝授してほしいものだが、これはいわゆるアレだ。見て盗めというヤツに違いない。俺的にはマニュアル化が正義だけど、大人しくプロに従っておくか。




