第29話 ご相伴
テストの手応えがまるでない。厳密に言うと、晴家さんが教室に訪ねてきてからのテストが特にボロボロだった。平均点に届くか届かないかと言ったところか。唯一の救いは、数学じゃなかったことかな。あの精神状況で数学は無理だっただろうし。
さてと、今日も下駄箱で晴家さんを……。
「やぁ」
あら? また教室までやってきたよ。まさか晴家さんから誘いに来てくれるとは、ありがたいねぇ。相変わらず注目浴びてるけど、晴家さんがスルーしてる以上、俺が気にするのも変な話か。
「今日は善吉君の家で勉強したいんだけど、いいかな? 善吉君に教えてもらえば良い点数が取れるだろうし」
来るの? 昨日家に寄らなかったからかな? 自分の家に来てほしいというより、一緒に過ごしたかっただけかな?
「おっ、いいねぇ。教科書は?」
「一応持ってきてるよ。なくても善吉君のを見せてもらえばいい話なんだが」
「いやー、俺の家の机は正方形だから、横に座るのはキツイかなぁ」
「足の間に座れば済む話じゃないか」
膝に座るのは別に良いんだけど、それ勉強しづらくない? 少なくとも俺はしづらいよ。ノートに書き込めないじゃん、俺。
あとさ、なんでいちいち雨宮さんにアイコンタクトを送ってるんだろ。雨宮さんも雨宮さんで、なんで勉強会に行かないんだろ。晴家さんに用事があるのかな?
「そういえば晴家さん、お昼ゴハンって用意されてるの?」
「千円ほど持たされているよ」
要するに用意されてないんだな。
「じゃあ俺の家で食べていきなよ。今から電話すれば、なんとかなるだろうし」
一言二言は小言を言われるかも知れんけど、なんやかんやで用意してくれるよ。いやあ、なんやかんやで愛されてるなぁ。
「いいのかい? 時間的に、もう用意されていそうなものだが」
「大丈夫大丈夫。ウチの親、妙に晴家さんを気に入ってるからね」
そういや雨宮さんも妙に気に入られてたな。やっぱり娘が欲しいんだろうなぁ。息子でゴメンよ! でも多分、息子のほうが色々と楽だぞ! ほっときゃ育つし!
むっ? なんかあっちのほうで椅子が蹴飛ばされる音がしたけど、なんだ? 喧嘩でも起きたか?
「ふむふむ、気に入られてるか。そうかぁ」
やっぱり雨宮さんを意識してるな。どういう関係なんだ? 本当にドバイ旅行する程の仲なのか? とてもそうは見えないのだが……。
まあいいや、それより早く電話しないと。
「じゃあ電話してくるから、待っててくれる?」
「いや、私が電話しよう。世話になる側の人間だからね」
「そう? じゃあ、これ使って」
スマホのロックを解除し、晴家さんに手渡した。母親の名前を〝母さん〟で登録してるのが少し恥ずかしいけど、この子は人の電話帳なんて気にしないだろ。
「ふむふむ。私と違って登録数が多いね」
あれ、気にしてる?
「ああ、アプリだけじゃもしもの時困るからね。電話番号とメアドも一応聞くようにしてるんだ」
正直メアドに関しては不要な気もするけど、念の為ね、念の為。
「ふふっ、私はそもそも友達がいないからね。家族を除けば、善吉君以外と通話したことがないかもしれない」
ははは、そういう悲しい話は気を遣っちゃうから控えてほしいな。まあ、俺も最近は似たような感じだけども。
「それにしても本当に多いね。メスの連絡先が」
「メスってキミ……」
さすがロンリーウルフ。人に対する認識が獣のそれだよ。
「この中でどのメスが好みなんだい?」
いや、どうでもいいからまずは親に連絡してくれません? 食いっぱぐれるよ?
「人に序列をつけるのは……」
「なーに、そこまで真剣に答えなくていいよ。善吉君的には、どの子が一番可愛いのかって話さ」
あの、別にいいんだけど、あんまり人の電話帳を見るもんじゃないと思うよ? 大抵の人は嫌がると思うからさ、やめといたほうがいいよ。
「そうだね、初対面で一番美人だと思ったのは間違いなくキミかな」
なんていうか存在がラノベっぽいんだよね。まず第一に、疑いようもないほど美形なのに、いつも一人ぼっちって時点で現実感がない。それにこの独特な喋り方と雰囲気よ。死語かもしれないけど、厨二病ってヤツかな? いやー、アニメとかなら人気出るタイプなのに、現実だと避けられるんだなぁ。
「……ふむ」
あっ、嬉しそう。他の人には全然わからないと思うけど、俺にはわかる。無表情の仮面被ってるけど、その下は破顔してるはずだ。クールに見えて、褒められると弱いんだよね。好きだなぁ、こういうところ。
「ねぇ、鳩山君」
いつの間にか近くに来ていた雨宮さんが話しかけてきた。彼女が近づいてくるところを見たわけじゃないが、どういうルートで来たかは容易に予測できる。机の列が不自然に乱れてるもん。一時的に横幅二倍ぐらいになってたの? 後でいいから、ちゃんと机を戻しておきなよ?
「ん? 雨宮さん、どしたの? 今日は勉強会しないの?」
俺の記憶が確かなら、テスト前に誰かと約束してた気がする。図書室がどうのこうのって話をしてたはずだし。
「うん、やっぱり大勢で集まると集中できないからね」
「あー、わかるよ。ついつい雑談しちゃうよね」
考えてみりゃ、勉強会って中学一年以降やってない気がする。そりゃまあ、三人ぐらいの規模ならいくらでも経験あるけど。
「でね、よかったらだけど……私も鳩山君のお家で……」
「あっ、もしもし、晴家です。はい、ご無沙汰してます」
おっ、ようやく電話し始めたよ。でもちょっとタイミング悪いな、雨宮さんが何か言おうとしてたのに。
「……女狐だね」
「……? 何か言ったかい?」
「何も言ってないよ?」
そうかなぁ、なんか狐がどうのこうのって聞こえた気がするんだけど。まぁ、女の子の独り言に言及するのはノンデリってモンか。
「善吉君、スマホありがとう」
知らない間に通話を終えていたらしく、スマホを返却してくれた。
「母さん、なんて言ってた?」
「是非とも家に来てくれってさ」
あー、よかった。ここまで期待させておいて、昼ゴハン用意できなかったら申し訳ないもんな。まあその時はコンビニ弁当でも買えばいいんだろうけど。
「ふふっ、歓迎されるというのは悪い気がしないね」
そりゃまあ、誰だってそうじゃないかな。
「私もお義母さんには歓迎されてるよ」
何故か雨宮さんが対抗してきた。誉れなの? 俺の母さんに気に入られるのって名誉なことなの? ただのオバちゃんぞ?
「そうかい、それは良かったじゃないか。さぁ、そろそろ行こうか善吉君」
絡んできた雨宮さんを適当にあしらい、帰宅を促してきた。あれ、この二人って仲良いんじゃなかったのか? 少なくとも初対面ではなさそうだが。
「え、うん。行くのはいいけど、その手は何?」
「好きなんだろ? 私の手が」
え、そりゃ好きだけど、ここで触る必要ある? これから二人きりになるんだし、その時でいいじゃん。
「ふふっ、思い出すね。手を繋ぎながら性交をしたことを」
あっ、やっぱり午前中のアレは聞き間違いじゃなかったんだ。この人、教室の中でも堂々とこういう話する人なんだ。
まあ、晴家さんが手を繋ぎたいっていうなら俺もやぶさかじゃないよ。さてと、とりあえず雨宮さんの用件を聞いてから帰宅……うおっ!?
「詳しく聞かせてもらえるかな?」
ど、瞳孔が開いてないか? 急にどうした? 目の筋肉弛緩したのか? それとも自律神経がおかしくなった? あ、暑いもんなぁ、ははは。
……もしかしてなんですけど、雨宮さんガチギレしてます? 笑顔は笑顔なんだけど、目が笑ってないよ? 怒っていると仮定するけど、どこに怒る要素があったんだろう。女の子って難しいなぁ、常にパーフェクトコミュニケーションを叩き出してるはずなのに……。




