第28話 アピール
いったいなぁ……一日経ったけど、まだ傷残ってるよ。あの子、戯れにしちゃ強く噛みすぎだろ。血はとっくに止まってるけど、一応絆創膏を巻いておくか。
そういや晴家さん、別れ際に不機嫌だったな。家に誘われたけど、教科書がないって理由で断ったんだが、それがいけなかったのか? どれだけ家に来てほしいのよ、新しいゲームでも買ったのか? まあ、テスト期間が終わったら遊びに行こうかな。
「あっ、おはよう! 雨宮さん」
「うん、おはよう」
雨宮さんは癒やしだなぁ……。他の生徒は俺が近づいた瞬間、早歩きでどっか行ったのに。酷いヤツなんか、すれ違いざまにサイドステップで避けやがったよ。そんな全力で避けなくても、別にぶつからねぇって。
「あれ? その指……どうしたの?」
お? 目ざといな、絆創膏に気がつくとは。やっぱり俺のことを、しっかりと見てくれてるんだなぁ。
「ははは、旧友との戯れでね」
普通なら『料理でミスった』とか適当に誤魔化すんだろうけど、雨宮さん相手に嘘はつきたくない。さすがに噛まれたことは伏せるけども。
「ふーん……? それって晴家さん?」
「そうそう。彼女は意外とヤンチャだったらし……いよ……?」
あれ? 晴家さんの話なんてしたことあるっけ?
「そうだけど、なんでわかったんだい? 友達なんて、彼女以外にも大勢いるよ」
あっ、今のは良くなかったか? 友達の数をアピールするなんて、傷つくんじゃないか? いや、でも今の雨宮さんは人気者だし大丈夫か?
「大勢ねぇ……」
……? 何気ない呟きだが、少し悪寒が走ったような気が……。
「う、うん。結構いると自負してるよ」
別け隔てなく接してるから親友と呼べる人はいないけど、顔の広さならそこそこだと思うよ。悪い言い方をすれば八方美人だけど、美人ならいいじゃん。
「……そうだろうね。鳩山君って明るいし、友達も大勢いたと思うよ」
「あはは、雨宮さんも今は友達がいっぱいいるよね」
一ヶ月前は想像さえもできなかった。まさか男子達の告白を断り続ける日々が来るなんて、誰が想像できたよ。
「……? ああ、うん。おかげさまでね」
俺のおかげかぁ、嬉しいことを言ってくれるねぇ。自分の教え子が大学に受かったような気分だ。そんな経験ないし、これからもないと思うけど。
「それで、なんでわかったの? これをやったのが晴家さんだって」
「そりゃあわかるよ。こんな真正面から喧嘩売ってくるのは、晴家さんしかいないだろうしね」
……? 確かに噛みつきによる怪我だけど、喧嘩とは違うよな? というか怪我をした瞬間を見てないのに、なんで危害を加えられたってわかるんだ? ふざけあってて怪我をしたって考えるほうが自然じゃない? ほら、じゃれ合ってたら引っかかれたとか、そういう流れが……。
「買うべきかな? それとも泳がすべきかな?」
…………? 雨宮さんまで不可思議な言動を取り出したんだけど、誰に影響されたんだ? 勉強会のメンバーが怪しいなぁ。
買うってのは喧嘩の話? 雨宮さんが買うの? 雨宮さんが晴家さんを噛むってことか? 泳がすってのは、あえて喧嘩を買わないってこと? 終身刑になるぐらい罪が溜まるまで逮捕しない的な? わっかんねぇ、全てがわっかんねぇ。
「あはは、仲良くね」
「仲良く? ふふっ、ドバイにでも行くの?」
えっ、なんで急に海外旅行の話になったの? 旅行行くにしたって、もっと別の場所ない? なんでピンポイントでドバイ?
「憧れとかあるのかい? ドバイってセレブなイメージがあるんだけど」
「セレブ? 私はそこまでこだわりないけど……」
じゃあなんで? いや、別にいっか。雨宮さんと晴家さんの旅行に、俺が同行するわけにもいかんし。
「そっか。じゃあ俺、そろそろテスト前の復習をしてくるね」
「……晴……さ……たねぇ」
……? 何か言ったかな? まあいいや。さてと、勉強勉強っと。
「やぁ、さっきのテストはどうだった?」
おおっ!? あの晴家さんが他のクラスまで足を運んでくるとは、これは珍しいことがあるもんだ。どれくらい珍しいかと言うと……。
「宇宙人がきたぞ」
「変なヤツ同士惹かれ合うんだな」
「遊ばれてるとも知らずになぁ」
テスト前でピリピリしてる連中が、一斉に注目するぐらい珍しい。半分ぐらい俺に原因があるような気もするけど。
「聞こえたかい? 宇宙人だってさ」
意に介してないとばかりにケタケタと笑う。普通の女子高生なら心の中で泣いたりするもんだろうけど、本気で意に介してないんだろうなぁ。メンタルが強いっていうか、とことん他人に無関心な人だからね。
「こんな美少女を捕まえて、酷いこと言うね」
「……自分が見えてる景色と他人が見えてる景色が同じとは限らないよ」
哲学の話か? なんだっけ、逆転クリオネだか、逆転スパイラルだか、忘れたけどそういう哲学あるよね。
「ははは、だとしたら俺は運が良いね」
「……あの手この手で褒めてくれるね、昔からさ。善吉君は」
……? なんか今、普段より声が大きかったような……。
いや、それは気のせいだとしても、雨宮さんが目を見開いたのは見間違いじゃないはずだ。やっぱ知り合いなのか? そういや、晴家さんと一緒にドバイ旅行がしたいとか言ってたっけか。じゃあ親友じゃん。相当な仲じゃないと、ドバイなんか行かないでしょ。
「どうしたんだい、善吉君。テストで頭がぼーっとしてるのかい? 善吉君。善吉君は人に教えられるぐらい勉強が得意だと思っていたのだが、記憶違いかな?」
なんかやたらと名前呼んでくる気がするけど、気のせいかな。そしてこれは間違いなく事実なんだけど、不自然なくらい顔が近い。あっ、上の方のボタンを止め忘れてるぞ。注意したらセクハラになるから気づいてないフリしておくか。
「おや? その絆創膏……」
おや、お気付きですか。そうです、貴女の戯れによる賜物です。利き手じゃないとはいえ、よくもやってくれやがったな。
「え? あはは、もう血は出てないから気にしないでよ」
「ああ、いや、別に気に病んでるわけじゃないんだ」
病んでよ。許されざることをしたんだよ、キミは。ジャンルとしては傷害だよ?
そして何故、手を取ってマジマジと見てるんだろう。女性って人の傷を見るの好きなのか? それとも絆創膏フェチ?
「ふふ、婚約指輪みたいだね」
何言ってんだ、この子は。もし万が一キミと結婚することがあったら、絆創膏で済ませていいんだな? 給料三ヶ月分の絆創膏でいいんだな?
そして雨宮さんは、何故ガン見してきてるんだろう。席離れてるはずなのに、真正面にいるかのような錯覚に襲われてるよ。
「話は変わるんだが……今にして思えば、善吉君は大概のことはできたね」
そう言うと、雨宮さんの方にチラッと視線を送った。なんのアイコンタクトだろうか? 聞かれたくない話でもするのか?
「性交は下手だったけどね」
……え? 今なんて? わりと大きな声でトンデモないことを言った気がするんだけど、気のせいかな? 明らかに周りの生徒がザワザワしてるんだけど、気のせいでいいのかな? 今の晴家さんの発言って、雨宮さんが不動明王像みたいな顔してることと関係ある?




