第24話 押し引き
当初の予定では、席替えと共に少しずつ距離を置くつもりだった。何故そんなことをするのかだって? 俺の役目は彼女の自信をつけることであり、彼女と寄り添い続けることではないからだ。
別に無視しようってわけじゃないぞ。ただ、特定の人間とばかり仲良くしていると交友関係は広がらないと思ってだな……。
で、だ。そんな俺の計画は、初めから無駄なものだったらしい。
「歴史なら教えられると思うよ」
「マジ? 雨ちゃんってアレ? 歴女ってヤツ?」
「あはは、平均点以上は確実に取れる程度のレベルだよ、せいぜいね」
「いやいや、凄いよ雨宮さん。僕はギリギリ届くかどうかだよ」
だって、席替えして速攻で周りの人達と馴染んでるもの。俺が距離を置くまでもないようだな。
席が離れてるから途切れ途切れでしか情報が入ってこないけど、どうやら五人か六人ぐらいで勉強会をするらしい。しかも男女交えてだよ? いやー、無事に鳩山離れできたようで何よりだ。
……誘ってもらえなかったのは寂しいものがあるけど、これでいいんだよ。一声くらいかけてくれてもいいじゃんって思うけど、これでいいんだよ。露骨に無視されてる雰囲気があるけど、これでいいんだよ。
……さてと、俺は自宅でのんびりと勉強しよっかなー。一人のほうが集中できるもんなー。そもそも図書室って本を読むところだし、そこで勉強会ってスジが違う気がするんだよねー。そこにある本を資料にするならいいけど、結局使うのは教科書なんだから、図書室を使うのって良くないよね。まあ、別に学校側が禁止してるわけじゃないから、俺が注意する必要はないんだけどさー。
…………なんとなくだけど、今日は前の扉から出ようかな。特に理由はないんだけど、別に後ろの扉から出る理由もないし。
「おっ、鳩山。お疲れー」
あー、雨宮さんの席の近くに溜まってた生徒に声をかけられちゃったよ。会話の邪魔する気なんてサラサラなかったんだけど、後ろの扉から出るべきだったなー。いやあ、申し訳ないなぁ。
「うん、また明日ねー」
俺も勉強会に誘われちゃうかもしれないから足早に立ち去りたいんだけど、声をかけられた以上はちゃんと立ち止まって返さないとね。
「じゃあねー鳩山ー。でさー、結局ママに買ってもらえなくてさー」
「そりゃ買ってもらえないよ、ふふ」
「えー? 雨ちゃん、ママ側? 敵?」
「敵じゃないよー、もー」
……よかった、よかった。俺を軽くスルーして、トークを再開し始めたよ。雨宮さんさえスルーしてきたけど、これでいいんだよ。俺なんかほっといて、級友と親睦を深めたほうが良いからね。
……そう、これでいいんだよ、当初望んだ通りじゃないか。
さてと……帰るかー……。
……いや、別れの挨拶ぐらいしてくれてもよくない? 雨宮さん、ちょっと冷たくないか? 全然気にしてないけど、完全無視はさすがにスジ違うんじゃないかな。全然気にしてないけども。
んー、なんかイマイチ頭に入ってこないなー。勉強はそこまで苦手じゃないし、今回のテスト範囲も比較的簡単なところばっかなんだけど、なーんか全然頭に入ってこないんだよ。
……雨宮さん、楽しそうだったなー。あのナチュラルな笑顔は俺にしか見せない物だと思ってたんだけど、単なる思い込みだったんだなー。いや、思い込みって表現は温いな。そう……まさしく自惚れだよ。
いや、別にいいんだよ? あの笑顔は人を幸せにする笑顔だし、ガンガン出していけばいいと思う。そう、これは良い変化なんだよ。
……なのにモヤモヤするのは何故? 別に雨宮さんは俺の物じゃないし、特別好意があるわけでもない。無論、それは向こうにも同じことが言える。にも関わらず、どうして嫉妬に近い感情を覚えてるんだろうな。
…………あのメンツ、多分だけど俺より成績上の子はいないよな? よし、明日の勉強会は俺も参加してみようかな。だってほら、教える側も勉強になるし……。
翌日、いつも通り俺より後に雨宮さんが登校してきた。席が離れているので、ここから挨拶するのは些か不自然だろう。そう思い近づいたのだが……。
「深雪ちゃん、おはよう」
「あっ、おはよー雨ちゃん!」
……俺と目があったはずなのに、先に他の生徒に声を……?
いや、別にいいんだけどね? 誰が誰を優先しようと自由だし。むしろ自分から他の生徒に挨拶なんて、喜ばしい変化じゃないか。
……ふぅ。妙な独占欲を出すのはやめて、予定通り距離を置くか。幸いにも雨宮さん自身がそれを望んでるようだし。
たださ、一つだけ確認というか、確信を得たいことがあるんだ。
俺って必要な存在だったよな? 今は用済みかもしれんけど、それに関しては別に構わない。でもよ、雨宮さんが成長するために必要な存在だったよな? 俺がいたからこそ、明るい少女になったんだよな?
「またネイルしてあげよっか?」
「あはは、お金ができたらお願いしようかなぁ」
「もー、タダでいいって言ってんのにー」
「ごめんね。こういうのはしっかりしたいんだ」
俺がいたからこそ、ギャル系の女子と仲良くできてるんだよな? だって明らかに苦手なタイプじゃん。オシャレに無頓着且つ引っ込み思案って、ギャルとかなり相性悪いだろ? そうさ、俺のアドバイスがあったからこそ美に目覚めたんだよ。
男子がチラチラと雨宮さんを見てるけど、これも俺がいたからこそだよな? 男子がよく〝可愛い子ランキング〟とか〝ヤりたい子ランキング〟みたいな下卑た話をしてるけど、雨宮さんって常に圏外だったじゃん。
……まあ別に? 恩を着せるつもりなんてないし、見返りも求めてないけど?
「おはよう、安藤君」
「お、お、おはよう……ござい……ます……」
「あはは、何を緊張してるの?」
「別に……緊張……してないです……」
見返りなんていらないけど……でも挨拶ぐらいしてくれてもよくない? 女子から嫌われてるランキング上位の安藤君にさえ、声をかけてるんだからさ。
ほら、キミの友達、深雪ちゃんの顔を見てごらん? 電車内で、マスクをせずに咳をしているオジサンを見た時のような顔してるよ。キミはそんな畏怖の対象にさえ挨拶できる良い子なんだよ?
……別に気にしてないけど。




