第23話 ルート分岐
俺の読みが正しければ席替えは今日の午後、帰る前ぐらいだろう。今朝の時点では上機嫌だった雨宮さんだが、いざ席替えが始まったら落ち込むのだろうか? さすがに癇癪を起こしたりはしないだろうけど、ちょっと心配だなぁ。
それに隣の席、安藤君だもんなぁ。別に悪い子じゃないんだけど、テストの度に隣になるってのは辛いものがあるよなぁ。うん、本当に悪い子じゃないんだよ? 車だか電車だか知らんけど、その辺の乗り物がやたらと好きな普通の男子だよ。ちょっと変わり者だけど、決して悪い子じゃないよ。
……なぜか知らんけど、彼は女子からやたらと避けられてるんだよな。雨宮さんは差別なんかしないだろうけど、仲良くできるかなぁ。
などと雨宮さんの身を案じていたら、思い出したかのように声をかけてきた。
「あっ、そうだ鳩山君」
「ん? 何かな?」
「席替え前に聞いておきたいことがあったんだけど、いいかな?」
急に改まってどうしたんだろう、質問ぐらい気軽にすればいいのに。
「勿論いいよ。銀行とかの暗証番号以外ならなんでも答えるよ」
聞きにくい内容だろうと判断し、軽くジョークを混ぜて返答した。これで多少は言いやすくなるだろうという配慮だ。これはモテるでしょ、実際は全然モテないけど。
「えっとね、なんで私に優しくしてくれたの?」
「え? 優しくしたっけ? 昨日、保健室まで連れて行ったこととか、母さんを呼んだこと?」
「それも含めて、全部だよ」
それ以外に何かあったっけ? 謙遜とかじゃなくて、本気で思い出せないぞ。
「ほら、ほとんど初対面同然の私に声かけてくれたでしょ? それからもずっと褒めてくれて……」
俺の頭の上のクエスチョンマークが見えたのか、解説を始めてくれた。でも、結局何を言ってるかわからない。初対面の人間に声をかけるのが優しさなら、不審者は聖人だよ。褒めるのが優しさならナンパ師も聖人さ。
「いつも私のこと、か、可愛いって言ってくれるけど……」
「うん。キミが嫌がらない限り言い続けるよ」
言い続けないと自分の魅力を自覚できないからね。まあ最近は少しずつ気づき始めてるっぽいし、そろそろ潮時な気もするんだけど。
「えっとね、それは嬉しいんだけど……何が目的なの?」
目的かぁ……。ひょっとして疑われるのかなぁ。その……下心ありき、ナンパ目的で話しかけたって勘違いされてるのかも。
でもパッと見た感じ、懐疑的というよりも、どっちかといえば……期待の眼差しかな? 何かを望んでるような……もっと具体的に言うと、現時点で何かを確信していて、その確認作業的な……。
とりあえずここは本当のことを言ったほうがいいよな? 別に隠すようなことでもないだろうし。
「雨宮さんに自信を持ってもらいたくてね」
「え……?」
ふむ? 彼女の期待していた答えじゃないっぽいな。でも嘘をつくわけにはいかんし、このまま正直に話そう。
「自分に自信があれば、人生って上手くいくじゃん? 少なくとも、その確率は上がるでしょ?」
成功するかどうかなんて結局、行動力次第だと思うんだけど、自信がないと自然と腰も重くなるからね。逆に考えると自信さえあれば、才能が乏しくても成功する確率は上がるはずさ。
「……うん」
「せっかく隣の席になったんだし、俺に出来ることはしたいなって」
我ながらお節介だと思う。余計なお世話だと怒られるかもしれないし、人によっては見下されていると勘違いするだろう。でも雨宮さんなら大丈夫さ。この子は本当に良い子だから、俺の老婆心を理解してくれるはずだ。そうだろ?
「……」
あれれ? なんかあまり良くない感じだぞ? 八方美人だと思われたか? いや、この子はそんな捻くれ者じゃないはずだ。
「その先……下心とか……」
……? その先って何? 雨宮さんの未来ってこと? それはわかるけど、下心とはいったい?
「下心は特にないというか、よくわからないな」
「……チョロそうだとか思わなかった?」
どんどん表情が曇っていくんだけど、なんか誤解されてないか? 俺の言葉はなんでも信じてくれると思ってたんだけど、思い上がりだったのかなぁ……。本当に下心一切ないんだけど、信じてないっぽいぞ。たしかに今思い返してみれば、口説いてると誤解されてもおかしくないよなぁ。
よし、ここは徹底的に弁解しよう。軋轢が生じたまま席替えしたら、仲直りできなくなっちまうからな。
「待ってよ雨宮さん」
「何? いくらでも待つよ」
良かった、話が通じそうだぞ。それなら思いの丈をぶつけようじゃないか。
「たしかに雨宮さんは可愛い」
「うん、ありがとう。何度言われても嬉しいよ」
さんざん聞かされた言葉だろうに、未だに赤面できるの凄いな。
彼女の照れる表情はそそるものがあるけど、重要なのはそこじゃない。照れるってことは、俺の言葉を信じてくれてるってことだよな? じゃあなんで、謎のすれ違いが起きてるんだ? そこだけが本当にわからん。
「せっかく可愛い顔してるのに、自覚しないのはもったいないなぁって……そう思って褒め続けたんだよ」
自己肯定感が高まれば性格も明るくなるし、今より可愛くなる。友達だって増えるだろうし、やりたいことも見つかるかもしれない。
逆に自己肯定感低いと、人生はどんどん悪い方向に行く。自信なくして幸福な人生なんて歩めないと、俺は常々思うよ。
「……うん。鳩山君的には可愛いってことは、完全に理解したよ」
「俺的にって言うか、世間一般的に……」
「わかった、そこは信じる。だいぶ鳩山君の主観が入ってるけど、一般的にも決して悪くないってことはわかった」
なんか妙に淡々としてる気がする。なんだろ、ここで俺の意見を出せば出すほど、状況が悪くなる気がしてならないぞ。でもここで引いちゃダメだよな。
「でもね、褒め殺して何かリターンを得ようとか、そういう下心は一切ないんだ」
「……」
「人を褒めるのに見返り求めるってのが間違ってるし、そもそも褒めたからって良いことしてくれる女子なんていないじゃん?」
「……」
額が汗で湿っぽくなってきたんだけど、今日って猛暑日だっけ? 雨宮さんの視線の冷たさに反比例して、俺の体温がどんどん上がっていくんだけど、なぜだ? 俺は怯えてるのか? この小動物のように愛くるしい女子に対して。
「仮に……仮にね? よくあるラノベ小説みたいに褒めただけで落ちたとしても、俺は断るつもりだったよ?」
「……!」
おっ? 衝撃を受けたかのような表情してるけど、えっと……当たりか? 正解の選択肢を引いたか?
だってこの表情って、俺の発言が心に響いたってことだろ? 要するに、俺の誠実さが伝わったってことじゃん。いやぁ、よかったよかった。
「……断るの?」
「そりゃまあ、褒めてくれた相手に惚れるのって、誤解みたいなもんじゃん? 錯覚と言うか、勘違いによる恋的な?」
学生が教師に惚れるのと同じようなもんだろうねぇ。そう考えると、恋心ってのはつくづく厄介なものだよ。
「……」
「あはは、変なことばっかり言ってゴメンよ。キミが俺なんかに惚れるはずがないのにさ。本当に下心はなかったんだ、引かないでくれ」
「……なかった?」
……? 妙なところに引っかかってるな。そんなに変な発言だろうか?
「……鳩山君の考え方とか気持ちはよくわかったよ、ありがとう」
俺の説明に納得がいったらしく、話を打ち切って離席した。いやぁ、無事に分かりあえてよかったよ。男子と女子で考え方が異なる部分も大きいんだろうけど、同じ人間に変わりないんだとよくわかったよ。本当によかった、これからも雨宮さんと友達でいつづけることができそうだ。




