第20話 保健室
とうとうテスト期間目前だ。部活に所属していない俺にとっては平常時とさほど変わらないのだが、雨宮さんは明らかに落ち込んでいる。
以前の俺であれば『意外と勉強嫌いなんだなー』と軽く流していただろうが、ここまできたらさすがの俺でもわかる。そう、彼女は席替えを嫌がっているのだ。
どこでも似たようなものかもしれないが、ウチの学校ではテストの一週間前から出席番号順の席になる。そしてテスト後は、しばらくの間その席で固定となる。
なぜ席替えを嫌がっているのか? それはまあ、あれだよ、あれ。安藤君の隣が嫌なんだよ、きっと。
「とうとうお隣さんじゃなくなっちゃうね、雨宮さん」
「……胸が張り裂けんばかりだよ。鳩山君も同じ気持ちだと思うけど」
……いや? 全然? 仲が悪い生徒とかいないし、誰が隣でも正直どうでもいい。
ああ、いや、さすがに言わないよ? だって雨宮さんは、この程度のセリフでも傷つくだろ? 短い付き合いだけど、雨宮さんの考え方とか気持ちは手に取るようにわかるさ。おそらくこのクラスで一番、彼女を理解しているだろう。
「安藤君も悪い子じゃないから、安心しなよ」
ちょっと変人なだけで、決して悪人じゃないんだ。女の子から見ると生理的に無理だというのはわかるけど、あまり偏見を持たないであげてほしいね。
「え? 安藤君……? ああ……アレか……」
え、今、安藤君のことを〝アレ〟呼ばわりした? いくら彼の頭がちょっとアレだからって、さすがに酷くない?
「まあ、今の雨宮さんなら大丈夫だよ。誰とでも仲良くやっていけるよ」
わかる、わかるよ雨宮さん。雨宮さんってアレでしょ? 環境の変化に人一倍ストレスを感じるタイプでしょ? 気持ちはわかるけど、環境なんてこれからも変わり続けるんだから、耐性をつけなきゃダメさ。
「……ねぇ? 私と離れ離れになって平気なの?」
……? なんで平気じゃないと思ったんだ? というか会話の流れ的に、俺と離れることに対して落ち込んでいると解釈できるけど、違うよな? 隣の人が急に変わるという事実に対して落ち込んでるだけで、俺がどうこうってのは関係ないよな?
「別にクラスが変わるわけじゃないのに、離れ離れなんて大げさだよ」
「大げさ? 今大げさって言ったの?」
まるで俺が受け入れ難い発言をしたかのような表情をする雨宮さんだが、俺にはさっぱりわからん。普通の発言じゃない? 席替えぐらいで今生の別れみたいなテンションになる人いる? いないでしょ?
「私と鳩山君の席って、陰謀かと見紛うほどの遠距離なんだけど」
誰がなんのために企てた謀略だと言うのか。
今日の雨宮さんは一段とおかしい。一つ言えることは、ここで対応を誤ったらサイアクな目に遭わされるだろうということだ。この子は人を傷つけるような性格じゃないけど、友達がいない分加減を知らないフシがあるからね。
「席ってそんなに重要かい? どうせ授業中は会話できないんだよ?」
「……相手を見ることぐらいはできるよね?」
できるけど、だから何? 黒板を見なよ。
「それに席が離れると会話の機会が減るよね?」
あー、はいはいはい、そういうことね。完全に雨宮さんの気持ちを理解したよ。
一度関係を築いた相手、気軽に話せる相手と離れてしまうのが怖いんだろ? 安藤君と上手く話せる自信がないってことね、はいはい。
「さっきも言ったけど、今の雨宮さんなら誰とでも会話できるよ」
「………………」
え、なんで無言? 俺とさえ会話できなくなったの?
あっ、もしかして……。
「あっ、ひょっとして前のほうの席が嫌なの? 雨宮さん、出席番号的にも……」
「そんな話はしてないよ」
「じゃあ何? 何が不満なんだい? 何を恐れてるんだい?」
「……鳩山君と離れることについてだけど?」
え、俺? 俺と離れたくないの? なんで? もしかして風水的な話?
「なんでさ? 用があるならいつでも声かけてよ。俺だって毎日、雨宮さんの顔を見たいし」
「……!」
今日の雨宮さんは表情が豊かだなぁ。嬉しさと衝撃が同時に押し寄せてきたかのような顔してるけど、感情バグってない? そんなに予想外の発言だった? そんなに嬉しい発言だった?
「は、鳩山君! 毎日顔を見たいってのは……」
「そのまんまの意味だけど? キミに話しかけたその日から、キミがいない(学校)生活は考えられなくなったよ」
「……!?」
だからその表情は何? バイブでも挿れてるの? 遠隔操作されてるの?
「そ、その、鳩山君? えっと、その……私と席が離れても平気ってのは、その、離れてても心は……的な……」
……? 何を言ってるんだ? よくわからんが、とりあえず……。
「うん、その解釈でいいと思うよ」
「……そっか、鳩山君がそこまで言うなら席替えを受け入れるよ」
受け入れない選択肢はないと思うんだけど、ツッコむのは野暮だな。
あっ、そういえば女性って、こういう時に同調してあげるといいんだっけ?
「俺も受け入れるよ。辛いことだけどね」
「アハハ、やっぱり鳩山君も辛いと思ってたんだ」
おー、聞きかじりの知識だったけど、どうやら正解だったらしい。最高の笑顔が引き出せたよ、よしよし。
「ああ、凄く辛いよ。キミと同じ名字だったら、また隣になれたのにね」
その場合、俺の後ろに安藤君が来るからちょっと嫌だけどね。
「お、同じ名字!?」
どうしたんだろう、いくらなんでも食いつきすぎじゃないか?
「あはは、でもそれだと(兄妹的な意味で)家族だと思われちゃうね」
「か、家族……? それって、その……」
「まあ、俺的にはアリだけどね」
こんな可愛い妹なら、いても困ることないだろうしね。
「ま、待ってよ、そんな急に、そんな……」
本当に今日の雨宮さんはおかしいな。どうしたのかな? 雨宮さんの周りだけ急に酸素なくなったのかな? っていうか顔やたらと赤くない? 触らなくても熱いってわかるレベルなんだけど、やっぱりバイブ挿入してる?
いや、冗談言ってる場合じゃないな。テストが近いってのに熱っぽいなんて、由々しき事態だよ。
「えっと、一緒に保健室行く?」
「……!?」
より一層、顔を赤くして口をパクパクとさせている。保健室が嫌いなのかな? 病院嫌いは理解できるけど、保健室が嫌いって人もいるんだな。
「は、はと……鳩山君……そんな、ダメだって……」
……相当嫌だと見えるが、ここは心を鬼にするか。明らかに重症だし、手遅れになる前に処置しないといけないだろうからな。
「ゴメンよ。キミがなんと言おうと、無理矢理にでも連れて行くから」
「ちょっ!?」
手を掴んで無理矢理立ち上がらせたわけだが、想像以上に手が熱くて驚いたよ。歩かせるのは危ないか?
「おんぶしようか?」
「お、おんぶ? えっと、その……?」
え、嫌なの? もしかして胸が当たるとかそういうの気にしてる? 俺は全然気にしないんだけど、雨宮さんってウブな感じだもんなぁ。
「お姫様抱っこのほうがいい?」
「…………」
冗談のつもりで言ったのだが、無言で頷かれた。まあ、雨宮さんがいいなら俺は別に構わないんだけどね。
「家族……ついに……」
大丈夫かな? 保健室への搬送中、ずっとうわ言を呟いてるけど、テストまでに治るかな? っていうかなんで皆、廊下ですれ違うたびに黄色い声を浴びせてくるんだろうか。誰がどう見ても重症患者を運んでるだけなのに。




