第13話 認識の相違
今更だけど、俺らって高校生だよな? 小学生なら男女でお互いの家に上がることもままあるだろうけど、高校生って気軽に上がらないよな? さすがの俺でも、それぐらいの常識は弁えているぞ。
前回はマニキュアと足裏を見せるという目的があったからまだわかるが、今回はなんだ? 後数分で雨宮さんの家に着くというのに、未だに趣旨を聞かされていない。
言い方は悪いかもしれないが、雨宮さんは元々根暗だ。最近ようやく、女子と会話できるようになったぐらい内向的なのだ。俺以外の男子と話しているところなど、見たことがない。
そんな彼女が男を招く? お互いの連絡先さえ知らないのに? 怪しい壺を買わされるなんてことはないだろうが、もしかしたらそっちのほうがマシかもしれない。
「あっ、来た来た」
え、家の前で待機してたの? まだ約束の時間まで二十分以上はあるはずだが、いつから待っていたのだろうか。おそらく聞かないほうが幸せなので、気にしないことにしよう。ちょっとでも長生きしたいからね。
「おはよう。やっぱり私服姿も可愛いんだね」
「は、早い早い! まだエンカしてから数秒!」
エンカ……いや、別にワードチョイスに文句つける気はないけど、言語センスに変化が見えるな。急に友達が増えた影響かな? だとしたら、喜ばしい限りだよ。
「いやいや、ウチの学校が私服OKだったら、毎日が今以上に楽しいだろうねえ」
「んもー……。どうしてそういう恥ずかしいことを……平然と……」
やっぱり反応が可愛いなぁ。未だに自分の魅力に自信を持てていないことの表れなんだろうけど、これはこれでいいもんだ。むしろ一番良い時期かも。
「その服アレはだろう? モード系ってヤツだろ? 知ってるよ」
「全然違うけど、褒めようとしてくれてるのはわかったよ。ありがとう」
おかしいな、女子高生が着る服は全部モード系じゃなかったのか? だって確か、流行の最先端とかそういう意味だろ? ってことはオシャレに気を遣ってるなら、全部モード系じゃん。違うなら違うで答えを教えてほしい。
「じゃあさっそくだけど……どうぞ、お上がりください」
立ち話もそこそこに、俺を家に招き入れようとする雨宮さん。一週間前の俺なら臆することなく足を踏み入れていただろうが、人の本質ってのは環境と共に変わるらしい。ここまで来て入らないという選択肢はないのだが、それでも躊躇ってしまう。
「どうしたの? 入りたくないの?」
うまく言えないが、まずい雰囲気だ。なんらかのスイッチに手がかかっている気がする。俺が下手なことを口走った瞬間にそのスイッチは押される。そして、十中八九俺にとってよろしくないことが起きるだろう。
「アハハ、女の子の家に上がるのって緊張するなぁ」
ここは無難に誤魔化しておこう。強ち嘘ではないので、通るだろう。
「緊張? それって……意識してくれてるってこと?」
「まあ、そうとも言えるかな?」
雨宮さんの言ってる意味はわからないが、とりあえず肯定しておいた。〝してくれてる〟という表現からして、肯定し得だと思われるし。どうよ? この隙のない論理的思考は。だてに十七年生きてないぜ。
「ふふっ、そうだよね。鳩山君の中では可愛いんだもんね、私は」
「うん、厳密には〝大半の男の中では〟だけどね」
「もー……」
主語が大きい人ってあんまり好かないんだけど、図らずも自分がそれに成り下がってしまったよ。なるほど、彼らってこういう心境でデカい主語を使ってるんだな。
「まあ、とりあえず上がってよ。悪いようにはしないから」
「お、お邪魔するよ」
〝悪いよう〟の詳細が気になるが、自分と無関係なことを気にしても仕方ないってことで、聞かなかったことにしよう。
「リビングでいいかな?」
「えっと、それはどういう?」
「私の部屋は……まだ早いかなって」
ああ、俺をどこに通すかって話ね。早いとか遅いってのがなんの話かはわからないけど、とりあえず頷いておいた。
おお、結構広いし、新築と見紛うほどのキレイさだ。生活感を感じないぐらいに、掃除が行き届いているな。
「適当に座ってね」
「あっ、どうも」
四人掛けのソファに一人掛けのソファが二つくっついており、凹凸の凹の形になっている。この一人掛けの物は自由に配置できるタイプで、イメージ的にはサイドテーブルが近いだろうか。
なるほど、四人の内、二人は足を伸ばせるってことね。客人としては、一人掛けの部分に腰を下ろすべきだろうか? いや、下手に遠慮すると何か良からぬ誤解を生みそうだし、足を伸ばせる当たり席に座らせてもらうか。
「コーヒー、飲めるよね?」
冷蔵庫から取り出された缶コーヒーが、机の上に置かれた。俺は全然気にしないけど、それを客人に出すのってどうなんだろう。
「紅茶もあるけど、缶のほうが安心できるよね?」
「……? 別に缶でもティーカップでも気にしないけど、とりあえずいただくよ」
会話に不慣れゆえか、雨宮さんの言葉って常に欠けている気がする。というか重要な部分が飛んでる? 相手に気持ちが伝わる前提で喋りすぎなのかな? まあ、そういうところも含めて、俺が面倒みないとな。席替えするまでの話だけど。
ん? 雨宮さん?
「よいしょっと」
その掛け声は可愛いんだけど、何してんの? なんで一人掛けのソファを俺の横に動かした? なんでダブルベッドにした?
「やっぱり鳩山君は隣の席がしっくりくるね」
いや、教室よりも遥かに近い距離なんだが? この配置って俗に言うカップルシートじゃないの? 普通のソファならまだしも、こういう足伸ばせるソファで隣り合わせって、添い寝みたいで緊張するんだけど。
「えっと、普通、友達と座る時って距離空けない?」
「……空けたいの? そうだよね、私なんて間近で見るには醜いもんね……」
「見たい! 誰よりも近くで見たい!」
「もー! またそういうこと言うー」
ネガティブモードに突入されたら、そういことを言わざるを得ないんだが? 実質的に言わされてるんだが?
「ねえ、どうして近くで見たいの?」
……だって遠くから見たら落ち込むだろ? なんて正直に言えるわけがない。
「よく見れば見るほど魅力的だからね。特等席で眺め続けたいよ」
「魅力的? そ、そんなに? それに……眺め続けたい……? それって……」
「そのまんまの意味だよ」
「っ!」
え、何その表情? 表情筋の使い方間違ってない? そう、例えるなら……サプライズで婚約指輪を渡されたかのような……。
それからと言うものの、普通にお喋りしたり、テレビを見たりと休日のカップルみたいな過ごし方をした。
半ば蜘蛛の巣にかかる覚悟で来たのだが、思いのほか健全だったよ。そりゃそうだよな、あの雨宮さんだもの? 最近は様子がおかしいけど、元々は常に目立たない生き方をしてきた人なんだ。疑う必要はないさ。
一つ気になることがあるとすれば、妙に距離が近くなったことだ。なんというか、遠慮がなくなった? 下手な表現かもしれないけど、内申点を気にして教師に媚びてた生徒が合格後に態度デカくなる的な……。
「ごめん、喉が乾いてきたんだけど」
「冷蔵庫にお茶が入ってるよ。コップは棚にあるよ」
「えっと、開けていいのかい?」
「……? いちいち断らなくてもいいのに、変な鳩山君」
いや、普通は断りをいれるよな? ほぼ毎日通ってる一人暮らしの友達宅とかならまだしも、まだ二回目だぞ? しかも一回目は玄関までしか入ってないし、今はいないけど家族と住んでる人だぞ? この状況で勝手に冷蔵庫を開けられるヤツいる?
「あっ、そういえばまだ連絡先交換してなかったよね?」
唐突に連絡先の交換を提案してきたが、俺は席替えと共に距離を置く予定なので正直断りたい。変わり者と言われるかもしれないが、オッサンになっても関係が続くであろう人間としか、連絡先を交換したくないタチなんだよ。
「え、うん。いいのかい? 俺なんかに個人情報を渡して」
「……? 何が問題なの?」
「何がって……」
「これからお互いのことをどんどん知っていくんだよね? 教師よりも、親よりも、兄弟よりも、私達は誰よりも相手のことを知るんだよね?」
……うーん? これは……アレかな? 俺のことを親友と認めてくれたってことでいいのかな? 男子を家にあげるのは初めてだって言ってたし、そんな俺を特別視するのは、まあわかる。考えてみれば、友達が少ない子ほど一人一人に対しての親愛度高いもんな。子供を生むのが遅れた人ほど親バカになる的な?
うん、色々と考えてはみたけど、別にいいんじゃない? 仲良くなれるに越したことはないんだしさ。
「そうだね。これからじっくりとお互いのことを知っていこうか」
「っ! よ……よろしくね」
ハハハ、あれだけグイグイ来てたくせに、俺が距離を詰めた途端にモジモジしだしたよ。俺も初めてできた友達に対しては、最初こんな感じだったかも。まっ、これからどんどん友達が増えるだろうし、そのうち慣れるさ。




