第122話 自己ベスト更新
よしっ、あのクズ男は追ってきてないみたい。三軍女子にフラレたショックで動けないのかな? そのまま足に根が生えて動けなくなればいいのに。
あっ! 鳩山君! 当然だけど待っててくれた! 帰る場所があるっていいね!
「お待たせ、鳩山君」
先程の怒りはどこへやら、清々しい気持ちだ。
「ずいぶん早かったね?」
私が無事に帰ってきたことで安堵してるみたい。
「うん。向こうも本気じゃなかったみたいだったから」
「ちゃんと断れて偉いね」
「きゃっ!?」
なっ、なっ、撫でられた! 無事に再会できたのが嬉しいのは分かるけど、いくらなんでもスキンシップが激しいって! 不意打ちでそんなことされたら、ここが屋外だってことを忘れちゃうよ。忘れたらどうなるって? ……えへへ。
「ゴメン、女の子って頭を撫でられるの嫌なんだよね」
取るに足らない一般論と共に謝罪を述べ、手を引っ込めようとする鳩山君。こんなソフトタッチだけで終わりなんて、世間はそれを生殺しと呼ぶんだよ?
「雨宮さん? 何? その手は……」
「撫でられるのが嫌ってのは、相手によると思うよ?」
言うまでもなく私と鳩山君はナデホーダイプランです。だから遠慮しないでいいんだよ? せっかくの無制限プランが無駄になっちゃうから。
「……もしこれが高橋君だったら?」
「反射的に膝蹴りしちゃうかも」
ここでついつい『蹴り殺しちゃうかも』って言わないあたり、私って結構おしとやかだよね。
「普通は手を払ったり、体を反らしたりするんじゃないかな?」
「恐怖とか嫌悪感を感じた時に、相手を慮る余裕なんてないよ」
さっきも鳩山君という存在がなければ、渾身の膝蹴りで保健室送りにしてたよ。
「この前も思ったけど、雨宮さんって少しばかり攻撃性を秘めてるよね」
『お転婆で可愛い』って意味だよね?
「私のお母さん厳しいから、イジメられそうな時は反撃しろって教えられてて」
「それは気を強く持てって意味じゃない? ウジウジしていると余計にイジメられるから、強気に出ろっていう……」
「それもあるだろうけど、もしもの時は手を出していいって」
男子相手なら周りの大人達が味方してくれるって言ってた。今の時代にそれが通じるのかどうかは分からないけど、逆パターンよりは確率が高いよね。
「そっか、深くは聞かないけどさ……。とりあえず手を離してくれないかな?」
なんで離す必要があるの? まだ撫で足りないでしょ? 私が撫でられ足りないってことは、鳩山君は撫で足りないはずだよ。だって相思相愛だもん。
「だって……離したら撫でてくれないでしょ?」
さっき嫌な目に遭ったし、ちょっとくらい甘えてもいいよね?
「撫でてほしいならいくらでも撫でるよ。いつでもね」
っ! ふ、不意打ちがお上手なんだから、もう。うー……私って結婚した後もこうやって振り回されるのかな?
「え、それって……」
「うん、そのまんまの意味だよ」
「……もー」
〝いくらでも〟とか〝いつでも〟って、完全に結婚の示唆だもん。絶対に私を逃さないという意志、執念を感じるよ。
「じゃあそろそろ帰るかい?」
ナデナデはお預けかー……。でも婚約の重ねがけをしてくれたわけだし、ここは我慢、我慢。その代わりと言っちゃなんだけど……
「……あの……そろそろいいよね?」
ナデナデは我慢するけど、手を繋ぎながら帰るのは我慢しなくていいよね? だって今更遠慮する必要ないもん。
「まさかとは思うけど、手を繋いで帰ろうってこと?」
「ダメ……かな?」
断られるはずがない。だけど強引に手を繋ぐより、鳩山君の口から『繋ぎたい』って言ってほしい。これが乙女心……?
「俺はいいんだけど、雨宮さんはいいの? 俺と交際してるとか、そういう噂が立つ可能性があるよ?」
「……? うん、いいけど……?」
もう噂は立ちまくりだと思うよ? 私達が交際してるのを知らないのは、さっきのクズ男ぐらいでしょ。
「じゃあ、握るよ?」
「あっ……大きい……」
頭を撫でられた時や、手を弄り倒された時以上に手の大きさの差を感じる。ただ手のサイズが違うってだけなのに、安心感が凄いや。
「雨宮さんの手は小さくて可愛いね。柔らかいし」
いつだって褒めることを欠かさない。鳩山君が異性経験ないって奇跡すぎるよ。
「……それは女の子の手だから?」
「いや、雨宮さんの手だからだよ」
くぅー! 的確に私が求めてる言葉をくれる! 心の中を読まれてるんじゃないかと不安になってくるよ、ここまできたら。
「……あのね、実は男の子と手を繋ぐのって、体育祭のフォークダンス以来なんだ」
言うまでもないことだけど、アピールできるところでアピールしておかないと。鳩山君が私に安心感を与えてくれるんだから、私もお返ししないと。
「そっか。俺はわりと繋ぐけど……」
「は?」
この日、私の握力の自己ベストは更新されたと思う。人間の力は普段セーブされてるって本当だったんだね。危ない危ない、ついうっかり大事な恋人を壊しちゃうところだった。……私がうっかりしないような答弁を求むよ?




