第113話 水平思考(確証バイアス)
「何度も言うけど、俺は冗談でこんなこと言わないよ。お世辞なんて相手のためにならないし、自分の心にも傷をつけることになる」
突然のプロポーズでテンパる私を落ち着かせようと、真剣な眼差しと優しい声色で諭してきた。その優しさは嬉しいけど逆効果だよ? だってこれ、プロポーズの上塗りだもん。より一層パニックになっちゃうよ。
「じゃあ……。今までの言葉も信じるよ? 鳩山君が私に言ってきたこと、全部本当のことだって信じるよ? いいんだよね?」
返答を待つまでもない。ここでいきなり『はぁ? なんで真に受けてんの? 男に免疫なさそうな陰キャをからかって遊んでただけなんだけど?』とか、最悪のちゃぶ台返しをするようなクズじゃないってことは誰よりも知ってる。多分私は、鳩山君のご両親以上に鳩山君のことを知ってるよ。
「本当に可愛いと思ってるし、キミの仕草を好んでる。お世辞じゃない。嘘だったら好きなだけ殴ってくれていい」
ほら! 完全に覚悟決まってる! 婚姻届に血判押してくれたよ!
「……グーでいってもいいの?」
「グーでもパーでも」
「喉にグーでも?」
「かまわない」
「鳩尾でも? 人中でも? 大事なところでも?」
「いいよ。嘘じゃないし」
はい、結婚確定です。だって私は陰キャだよ? 陰キャってのはこういう時、本気でヤっちゃう生き物なんだよ。冗談とか悪ノリに慣れてないから、越えちゃいけない一線を急に越えたりするんだよ。鳩山君は陰キャに対する理解度が高いから、私が本気で大事なところにアッパーを入れるつもりだってのを理解してるはずなんだよ。つまりこれは、生涯私だけを愛するってことだよ。私を捨てる時は、自分の命を捨てる時だってこと。うぅ……愛が重すぎるよ、鳩山君。
「好きってのは……」
「好みってことだよ。そこに恋愛感情はない」
好みかぁ、えへへ。知ってるけど、改めて言われるとむず痒…………うん? 今なて言った?
「……そっか」
ふぅ……。鳩山君、冗談なんだよね? 陽キャ特有のジョークなんだよね? 男の子ってのは、好きな子をからかって遊ぶ生き物だもんね? 私の反応が見たいから、悪ふざけしちゃったんだよね? もー、焦らせないでよ。危うく渾身のアッパーを局部にかますところだったよ。ちなみに冗談じゃなくて本気です。
「現時点では……の話だけどね」
…………? えーっと、これはどういうことだろう? 鳩山君は現時点で、四六時中私のことばかり考えてるはずなんだけど、現時点では恋愛感情がない? 恋愛感情がないはずがないんだけど、これはどういうことかな。きっと深い意味があると思うんだよね。もしかして私が鈍いっていうか、恋愛経験なさすぎて駆け引きとかを理解してないだけなのかな? うん、きっとそうだよ。多分これは、私を更に口説こうとしてるんだよ。私がおバカすぎて、言葉を真っ直ぐ受け止めて暴走しかけてるってだけの話でね。よし、とりあえず水平思考クイズみたいな感覚で真意を探ってみよう。
「現時点? じゃあ、その……今後、変化の余地は?」
「大いにある。キミはもっと自分の魅力を知ったほうがいい。キミが前髪を切ったその時から、いつ彼氏ができてもおかしくない状態に入ってるんだよ」
ふむ……? 変化の余地は大いにあり……ってことは、恋愛感情は現時点であるという意味じゃない? 変化するまでもなく恋愛感情はあるんだけど、現時点ではないという設定を設けようとしてるんじゃないかな。それは何故? ここまでプロポーズを重ねておいて、今更隠す必要があるの?
あっ! もしかしてだけど、バレてないと思ってる? 私視点から見ると、鳩山君が私のことを狙ってることはバレバレ。だけど鳩山君視点では、本心を隠した状態で気を引こうしてるってこと? ふふっ、可愛いなぁ。シャイっていうか、意外と子供みたいな恋愛観というか。
んで、次は後半の文章だね。私が髪を切ってからモテモードに入ったと鳩山君は主張してるけど、これはシンプルだね。切る前から私のことが気になってたけど、切ってから本格的に惚れたって意味だよね。私が髪を切ったのは、目を出したほうが良いという鳩山君のアドバイスを受けた結果なんだけど、深読みするとそこもポイントなんじゃないかな? 『俺のアドバイスでキミは一層キレイになったよ』『キミを俺好みに染めることができて嬉しいよ』っていうアピール? うん、多分無意識のアピールだね。独占欲ってヤツかな? 〝いつ彼氏ができてもおかしくない状態〟っていうのも、『キミのことを狙ってます』って宣言みたいなものじゃん? 今の発言は『キミのことを狙う男が増えたけど、俺がいるんだから全部断ってよ』って要約するのが自然だよね? 小学生のテストだったら丸が花丸になるぐらい完璧な解釈だと思うんだけど、どうかな?
「そ、それも真実なんだよね? 私なんてどう考えても、下から数えたほうが……」
「全国の女子高生の中でも上の方だよ。少なくとも俺が知ってる女性の中では、トップクラスだよ。嘘じゃない」
はいっ、現時点で恋愛感情がないなんて大嘘でーす。なんだろうね、男だったら私に惚れるのは当然みたいな空気にしようとしてるのかな? 自分が惚れてしまったことの正当化っていうか、照れ隠しっていうか。なんにせよ、本気も本気だよね。だってさ、よく考えてみてよ。相手を確実に落としたいなら、ここまで持ち上げるのって逆効果じゃない? 自分がクラスで高嶺の花のような存在だと自覚したら、傲慢になるというか落としづらくなるでしょ? 周りから求愛され続けてきた人間に恋文なんて渡しても響かないでしょ? 落としたいのであれば、モテることを自覚させないほうが良いに決まってる(自覚も何も私は本当にモテないんだけど)。つまり……難易度を上げたうえで落とそうとしてる? 騎士道的な? ちょっと複雑すぎてわけがわからなくなってきたけど、本気だってのは分かる。よし、私も頑張らないと。
「じゃ……じゃあっ!」
「何かな?」
「ど、土曜日……お家に来てくれるよね? 来ないと酷いよ?」
言った! 勢いに任せて言えた! お家に誘った! 誘うのが恥ずかしすぎて照れ隠しに『断った瞬間に拳が飛びますよ?』って動きをしちゃってるけど、こっちのほうが恥ずかしいよね。ちなみにただの照れ隠しじゃなくて、断られた場合は本当に拳が飛ぶよ。
「うん、お邪魔させてもらおうかな」
きたっ! きたきたきた! 福がきた! 春もきた!
「約束だよ? 私、本気で怒ったことないし、人を殴ったことなんてないから……多分、まともに手加減できないと思う」
もう無茶苦茶だよ、私の情緒。パニクりすぎて、物騒なこと言っちゃってるよ。それはまあ、決して嘘は言ってないよ? 約束破られたら本当にアッパーかますだろうけど、別に脅すつもりなんてなかったんだよね。そもそも鳩山君が私を裏切ることなんてありえないしさ。なんだろ、舞い上がりすぎちゃったね。ふぅ、鳩山君が度量の広い男で良かったよ。その辺の男子なら『何この女? 頭おかしいんじゃない? というか陰キャ極めすぎててキモいし、そんなんでよく男を家に連れ込めると思ったよな。分不相応っていうか、アイドルを夢見るブスみたいで滑稽というか、それを通り越してもはやおぞましいわ』って冷笑確定だもんね。
……緊張してきたな。さすがに誘うのが早すぎた? いや、でも流れ的に今誘うのが自然だったし、ズベ公が横槍入れてくる前に既成事実を作るのがベストというか、ここで日和るような女はいざって時も日和るというか、恋愛なんて勢いが大事というか……。ああもう! 今更グチグチ考えても遅いって! 鳩山君は紳士だから、急に欲情して襲いかかるとかそういうことはしないって! 覚悟するだけ無駄! まだまだ健全なお付き合いが続くだろうし、今から肩肘張ってちゃ身が持たないよ。
……土曜日が早く来てほしいけど、来てほしくない気もする。あー、今夜は寝不足確定だろうなぁ。




