拠点
フォーディーが用意してくれた、信じられないほど柔らかなベッドで、ぐっすりと眠ったアリシアとシャーリーは、ゼリー状の糧食を恐る恐る口にすると微妙な顔をした。
それを見たフォーディーは、カートリッジのセットされたフードクリエイターを一台用意すると、原始的な朝食──パンと卵とサラダとスープ──を作り出し、彼女たちはそれを喜んで食べた。
「拠点?」
「はい。少尉の遺産を活用するためには、いろいろな設備を展開する場所が必要です」
「そう言われても……どんな場所が必要なの?」
「外部の環境はともかく、拠点の展開には、最低ある程度の広さが必要です」
「ならこの辺を使えばいいじゃない。土地なんかいくらでもあるでしょう?」
「知的生命体が存在する惑星の場合、その所有権についての規定が──」
フォーディーの言うことはよく解らなかったが、要するに、誰も先占していない土地か所有者の許可を得た土地が必要だということだった。
「銀河連邦の憲章とかいうやつ? それなら大丈夫。私たちが深淵の森を切り開いたら、そこは全部私んちのものになることになってるから」
おじいさまと時の王家が交わした深淵の森を切り取り次第の約定は、『その血の絶えるまで』だ。直系の自然血族がいる限りその約定は有効だ。
領地は召し上げられたり移封されたりするかもしれないが、切り取った土地は王国領ではなく独立したテックフォード家のものになる。したがって、アリシアが生きている限り彼女のものだし、移封などの対象にもならない。
「つまりこの森に限り、誰の手も入っていない場所は、開発すればしただけアリシアのものだということですね?」
「そうよ。だからここにに拠点を作りなさい」
そしてグレナフィオーラまで繋げれば、おばあさまの家の安全も確保できるだろう。
グレナフィオーラには不思議と魔物が寄りつかないが、これからもずっとそうかどうかは分からないのだ。
「アファーマティブ。この場所に惑星開発拠点を展開します。展開終了後、必要な衛星を打ち上げるまでに必要な時間は、およそ48時間です」
「打ち上げる?」
この世界では衛星や惑星、そして恒星の概念も知られている。
月が衛星であることはアリシアも知っていたが、それを打ち上げるというのはどういう意味なのか、彼女には理解できなかった。
「衛星の打ち上げに反重力システムを使用するのはコストの観点から問題があります。始めは原始的な反動推進で衛星軌道へ送り込むことを提案します」
「ちょ、ちょっと待って。何を言っているのか全然解らないんだけど……」
「そうですね……便利なものを空に配置します。もしや空中権や静止衛星軌道の取り扱いなどが法で定められていますか?」
「……聞いたことがないわね」
そもそも空へ上がれるのは一部のドラゴンライダーと呼ばれる騎士くらいだ。空中の権利や、静止衛星軌道なんて聞いたことすらなかった。
「他にも建築物の容積率や、建築する建物の高さに制限がありますか?」
「いいえ。でも、そうね、建物は外から見て、なるべく目立たないようにしてほしいの。少なくとも今のうちは」
将来的にはこことグレナフィオーラを結ぶ土地に街が作られるかもしれない。
だが、いきなり巨大な塔が現れたりしたら、いったい何事かと騒動になるだろう。そうしてあらゆる国が調査に押し寄せて来るはずだ。なにしろここは深淵の森。切り開かれていない場所は、どの国のものでもないのだから。
それに、銀星の大杖が引き起こした軋轢のことを考えると、この力はできるだけ隠した方がいいだろう。
「では最低限の施設を残して、主要な施設は地下に配置します。地下の使用に関する法律は──」
「ないわ」
「では、まずは手足となるドローンやロボット群の作成と、エネルギー炉の設置から始めます」
「よく解らないから任せる」
「地下施設にした場合、衛星打ち上げまで早くて七十二時間が必要です。一時間の説明が必要ですか?」
「いいえ。どうやって決めたのかは分からないけれど、日の出から次の日の日の出までを二十六分割したものでしょう?」
二十六分割と聞いてフォーディーは衝撃を受けた。
彼がスリープ中に行っていた計測によると、この星の1年はこの星の自転換算で三百七十二日だ。そうして一日は銀河連邦標準時間で二十五・八五七時間だったからだ。つまり、時間まで銀河連邦標準時間とほぼ同じようだった。
最初に持ち込まれた時計のようなものを利用した時間体系が、それが失われてた後もそのまま使われているのだろう。
フォーディーはその後少しだけ時間や各種単位についての質問を彼女にしたが、おおむね自分たちの使っているものと同じだった。
そして長さと重さは、銀河連邦のものとほぼ同じだった。おそらく原器のようなものが維持されていたのだろう。ただし単位の発音は少し崩れていたが。
アリシアはフォーディーがどうしてそんなことに興味を示すのか解らなかったが、そもそも彼女が理解できたのは、何かをするのに七十二時間以上かかるということだけだったので、諦めて彼の質問に素直に答えていた。
そうしてフォーディーとの話に一段落がつくと、彼女は深く息を吐きながら柔らかな椅子に体を沈めた。
「分からないことだらけなのはまずいわね」
「お疲れさまです、お嬢さま。お茶をどうぞ」
シャーリーが、お茶を入れて目の前のテーブルに置いてくれたが、一体どこから調達したのだろう。
「ありがとう。茶器なんてどうしたの?」
「フォーディーさんに言ったら用意してくれました。しかもこんな凄い茶器を。使うのに緊張しました」
お茶は、完璧に同じ美しい花の模様が描かれた、カップやポットのセットで淹れられていた。
彼女たちの食の傾向を学んだフォーディーは、必要になりそうなものをいくつか取り出して準備していたのだ。
「カップの形に歪みは全くありません。大きさもそろっていますし、そこに描かれた絵も違いが判らないほど完全に同じなんですよ! 熟達の絵付師でもこんな真似ができる人は本当に一握りでしょう」
それは工業的に作られた製品だから、まったく同じなのは当たり前なのだが、すべてが手作りの世界では、逆にシンメトリーが驚きを持って迎えられていた。
「凄いわね」
「本当です。こんなものを使わせてくれるなんて、フォーディーさんっていい人っぽいですけど、一体どこにいらっしゃるんでしょう?」
そう言えば彼女にはまだフォーディーが機械だと教えていなかったわねと彼女はくすりと笑った。
とは言え、いまだに自分にも信じられないのだけれど。
「ところでお嬢様。この後はどうなさいます?」
「この後か……」
アリシアが置き去りにされてから、すでに一日が経過しているし、シャーリーがベースキャンプから消えてからも半日以上が経過していた。
もしも隊がルール通りに行動しているとしたら、おそらくアリシアを探しているはずだった。いったん戻った方がいいだろうか……
「フォーディー」
「はい」
彼女の呼びかけに応えて、その柔らかな声が返事を返した。
まるですぐ傍に控えている執事のようねと、シャーリーは思った。
「私たちがいたキャンプと、そこの人員がどうなっているか分かる?」
例の映像が空中に開くと、シャーリーが驚いた顔をした。私もそうだったわねと、それを横目に見ながらアリシアはそこに描かれているものを見た。
そこには緑の映像に、数多くの輝点が表示されていた。
「これは?」
「周囲の様子を上から見た映像です」
「え? もしかして、これって地図なの?」
彼女がそう訊いたとたん、画面から緑の部分が淡く透けて幾つもの線が画面の中に描かれた。等高線だ。
「先程のものは実際の映像です。そしてこちらが地図になります」
「以前見たことがあるものと全然違う……」
測量が衰退しているこの時代の地図は、目印になる場所の位置関係が記された簡易なもので、おおまかな距離を反映させたものも軍事機密として取り扱われていた。
そこに航空測量で得られた精密なそれが表示されたのだ。アリシアの驚きもひとしおだった。
「緑の点が人間で、赤い点が敵性体──いわゆる魔物だと思われるものです。どうやら、6人編成の6チームがベースキャンプを中心に扇形に広がって探索を行っているようです」
白い四角で表示されているのがこの場所なのだろう。
「お嬢さま、これは──」
「どうやら私たちを探してくれているようだけど……」
彼らが向かっているのは、アリシアが落ちたであろう場所からかなり外れた場所だった。
おそらくラルーたちがでたらめを報告したのだろう。
「ほんと、なんなの、あいつ」
アリシアは淑女ならざる態度で小さく舌打ちすると、生きて帰れたら、思いっきりぶん殴ってやろうと心に誓った。
そうして地図を眺めているうちに、ふと一つの隊の動きが気になった。
その隊はアリシアが落ちた崖が緩やかに下っていった場所に連なるに平地を移動していた。
「この隊、このまま進むと例の集落と鉢合わせするわね」
その隊の行く先には、崖の上から見た集落が広がっていた。崖の上からではよく分からなかったが、上空から見る限りその集落は結構な規模だった。
なにしろフォーディーの話では、二千匹の魔物がひしめいているのだ。下手に接触して、昨日のラルーみたいな真似をしたら、蜂の巣をつついたような騒ぎになることは間違いない。
アリシアは腕を組んで地図が表示された画面をにらんでいた。
この隊がどんな編成になっているのかは判らないが、この状況で学院生だけの隊を作るはずがない。
精鋭でなくとも、正規の軍ならゴブリンが作る小規模の巣の討伐くらいは問題なく行えるだろう。だが、あの巣には、確実に支配系の上位種がいて多くの手下を従えているはずだ。
仮にも自分を捜していると思われる作戦中に隊員が死んだり怪我をしたりするのは、なんとなく嫌だった。
一部には恨みがあったとしても、大部分は無関係な人たちなのだ。
「フォーディー」
「はい」
「あなたって、魔物──あなたの言うところの敵性体ってやつだけど──を討伐することができる?」
「敵性体がこの周辺にいたようなのと同じようなものでしたら問題ありません。所要時間は約5秒」
「5秒?」
事もなげにそう言ってのけた彼の言葉を聞いて、アリシアは、自分はきっとこの力を持て余すだろうと予感した。
だが今は頼もしい――
「ですが――」
「え?」
「緊急事態条項203ー0101で、現地生命体の虐殺は禁止されています」
「何それ?」
「緊急事態条項203は、未知の惑星における行動規定です。セクション0101で、現地生命体の虐殺は、環境保護の観点から禁止されています」
「それって、銀河連邦宇宙憲章みたいなやつ?」
「そうです。正確には、銀河連邦宇宙軍法による規定です」
サヴール王国にも軍法は存在する。
アリシアは、フォーディーはどこかの軍に所属していて、彼の行動は、そのルールに縛られているのだと理解した。
たとえ、自分に与えられた力だとしても、フォーディー自身は、それを逸脱して勝手に振る舞うわけにはいかないようだ。
「あいつら魔物だよ?」
「それがなんであれ、我々の生命財産に対する脅威にはなっていません。従って、今のところは単なる現地生物の一つとして取り扱う必要があります」
例えば、拠点を切り開く際に脅威として判断されれば駆除するが、そうでなければ自然のままに放置するということだろう。
「現地人である私が、あのブラスターってやつを使って助けに行くのは?」
「私の中にあるリソースは、すべてアリシアの所有です。それをアリシアが使うのは自由で問題になりません。お勧めはしませんし、禁止事項はそれと伝えますが」
それを聞いて、アリシアは棚にかかっていたレーザーブラスターを取り出した。
シャーリーもそれに続こうとしたが──
「銀星の大杖がこんなに……あれ? 外れませんよ、お嬢さま」
そのままでは祖父の直系卑属以外に使用できなかったことを思い出したアリシアは、フォーディーにシャーリーを使用者として登録するように命じた。
するとすぐに、シャーリーにもそれを取り出すことができた。
「ちょっと、ヴォイド様に憧れてたんですよね」
彼女は、それを2丁取り出すと、両手に持って振り回してみせた。
その危なっかしい様子に、フォーディーが提案した。
「初心者向けの設定が可能です。設定しますか?」
「お願い。彼女はブラスターなんて使ったことがないから」
「アファーマティブ。エイムアシストおよびオートエイムを有効にします。──斥候システムとのリンクを完了しました」
オートエイムは優れた機能だが、熟練者ともなれば、手動のエイミングの方が遥かに素早く行えるため初心者向けの機能に分類されている。
何が行われたのか解らなかったアリシアは、素直にフォーディーに質問した。
「で、どうすれば?」
「撃ちたい対象に向けて引き金を引いてください」
「それだけ?」
祖父の使っていた銀星の大杖は、その先端を正確に的に向ける必要があった。
どうやらこれは大雑把でいいらしい。
「細かな照準は自動で行われます。出力は最大にしてありますから、それで大抵の敵性体は排除できるはずです」
「味方に当たったりは?」
「しません」
見方の判定は、今のところ人間ということだろう。残念ながら、これでラルーを撃つことはできないようだ。
フォーディーはレーザーポインタで、引き金と安全装置の使い方を説明すると、服の下に着るタイプの防刃防弾スーツとインカムを装備させて二人を送り出した。




