端緒
ファーレンハイト小隊長から学院生の捜索と集落の調査を依頼されたビリーは、自分の分隊だけでは手が足りないため、もう一つの分隊から二班を借り出し、学院生十二名を選抜して各班に二名ずつを加えた六人編成の六班で捜索を開始した。
彼女が向かったと思われる場所へ扇形に広げるように開始された探索は、わずか一時間でトラブルに遭遇した。
「巨大な集落? 報告されていたやつか?」
「報告と方向が違うのですが、おそらく。第二班が侍女の痕跡を追跡中に発見しました」
「規模は?」
「おそらく千はいそうな大きさだそうです」
「千だぁ?」
一体何の冗談だとビリーは眉根を寄せた。
「……キングがいるのか?」
「それが、ゴブリンだけでなく奥にはオークのような反応もあるそうです」
複数の異なる魔物が同じ集落を形成しているというのは、さらに良くない報告だ。そこには必ず支配系上位種の存在があるからだ。
しかも異種混合の集落となると、ゴブリンどころかオークやオーガの上位種がいてもおかしくなかった。
「こりゃあ、学院生交じりの一小隊でどうこうできるレベルじゃないぞ。すぐ、ここの領主に──」
そう言いかけて、彼はここが誰の領地でもないことを思い出した。
「──いや、ジンファンデル伯爵家に早馬で連絡しろ」
「え? しかし中尉が……」
「チッ」
そういえばこの小隊の隊長は、ファーレンハイト中尉だ。
あまりの緊急事態に、つい、いつもの自分の部隊のつもりで行動をしようとしたビリーは、仕方なく「中尉殿に報告して指示を仰げ」と命令を変えた。
そんなことをしている場合ではないのだが、さすがに頭越しはまずい。
幸いここは深淵の森だ。近くに村落などあろうはずも──
「一つだけあったか……」
グレナフィオーラ。テックフォードの村だ。
「それで第二班は?」
「一応、斥候として見張らせていますが……」
「ああ、学院生か」
「はい」
目の前に千を超えるような魔物の集落があれば、それを見張る側の消耗も少なくないだろう。そこに交じっている二人の学院生にとってはなおさらだ。
「どうします?」
分隊の副長で、隊長の秘書官のような仕事もしているライザ・ニンブルが、そう尋ねた。
アホな上司ならそのまま討伐を指示したりするだろうが、ビリーならそんなバカな命令を下したりはしないはずだ。もしそんな命令が中尉から下りてきたとしても、彼なら平気でその命令に逆らうだろう。
だからいまだに少尉止まりなのだけれど。
「どうしますったってなぁ……見なかったことにして、そっと引き返すなんてのはどうだ?」
「非常に魅力的な提案ですが──」
そのとき、中尉の伝令が届いた。
だが、それを見たビリーは、思わずそれを握りつぶした。
「なんて?」
「中尉殿が、伯爵への伝言を引き受けてくださるとよ」
「ええ? ここの責任者ですよ?」
「小隊長代理は任せるから、後はよしなにとのことだ。嬉しくて涙がちょちょぎれそうだぜ」
要するに中尉はここから先の責任から逃げ出したのだ。
しかも自らが伯爵へ報告することで、状況の説明は捏造のし放題。さすがにスナッチ野郎はキレが違うとビリーは憤懣やるかたない様子で潰れた命令書をにらみつけた。
「ちっ、こうなったからには伯爵軍が来るまでの間くらいは張り付いておかなきゃならんか……」
「エンド地方で伯爵軍の到着待ちですか……何年か前の惨事を思い出しますね」
数年前、エンド地方で起こった魔物の反乱で、最後まで少数でそれを押しとどめていたアリシアの両親が命を落とした。
「心配するな。俺はテックフォード名誉子爵と違って腰抜けだからな。ヤバそうならケツまくって逃げる」
「喜んでお供します」
そもそも一分隊程度の戦力で、千を超えそうな魔物の集落をどうにかできるはずがないのだ。
刺激しないよう監視を続け、襲われたら逃げる。それ以外にできることなどないだろう。もっとも、近場に防衛力を持った場所などあるはずがない。つまり、逃げる場所などないのだが。
「とりあえず周囲の隊を引かせて集めろ。無駄に広がって接触の危険を増やすのはバカのやることだ。最低限深淵の森の外へと向かう動向だけ探っておけばいいだろう。第二班と交代させるローテーションも考える必要がある。それに何かあった場合の後詰も必要だな」
そう言ってから、彼はつまらないことを言ったとばかりに肩をすくめてため息をついた。
「もっとも、何かあったとしたら後詰ごと踏みつぶされるだけだろうけどな」




