暴発
「くそっ、くそっ、くそっ……」
中尉の訪れから数時間が経過して、第6班に配属されたラルーは、現在集落の監視を行う任務に就いていた。
だが、頭の中ははめられた悔しさで一杯だった。
「おい、サンドレイク。集中しろ! あれに襲われたらひとたまりもないんだぞ」
軍に所属している男が、少し先にある集落を指差しながら、ラルーに小さく声を掛けた。
彼は心ここにあらずといった様子で、名前も知らない男に、あいまいに返事をした。
「あ、ああ……」
その様子を見た男は、ずいぶんストレスにやられているようだが、本当に大丈夫だろうかと不安を抱いた。
次の編成時はそれを上申して対処してもらおうと考えながら、自分の持ち場へと戻って行った。
つい昨日まで、ラルーは勝利者だった。
高位貴族の家に生まれ、領地にいる者は皆が自分にひざまずいた。
サヴール王国では数少ない魔力に恵まれ、エリートの登竜門ともいえるリヴィリア魔法学院にも合格し、次男とはいえ後継を狙えるポジションで活躍するのを待つだけだったのだ。
それが今やどうだ?
昨日あのクソ中尉にはめられたラルーは、自ら自分の罪をペラペラと自白してしまったのだ。しかも彼はそれを録音していた。
このままではあのクソ中尉にいいように操られるコマになってしまいかねない。
彼は、追い詰められたときの癖で、親指の爪を噛みながらそのことばかりを考えていた。
シンプルに考えれば問題の解決方法は二つしかない。
一つはあのクソ中尉を亡き者にすることで、もう一つはあのクソ中尉が見せつけた録音の魔道具を破壊して、証拠をなくしてしまうことだ。
しかし、冷静に考えてみれば録音の魔道具は高価だ。
サヴールの伯爵以上の高位貴族にファーレンハイトなんて家はないし、大商人の類いでも聞いたことがなかった。
つまり彼の家は良くて子爵。しかも、あの年で軍の中尉をやっているということは、もっと下の爵位か、嗣子ではなく、そのスペア品ですらない可能性まである。
そんな男が録音の魔道具などというものを都合よく持ち歩いているだろうか。
だがそれがハッタリであるかどうかはともかく、わずかでも本物であるかもしれないという恐れがある以上、本物だとして対処するしかなかった。
「なあに? 侯爵家のご子息ともあろうお方が、ビビってんの?」
不快な暑さの草むらでじっとして、少し先にいるゴブリンの群れを監視しながら、自分の犯した失態を繰り返し噛みしめていたラルーのイライラは頂点に達しようとしていた。
いつもなら彼の腰巾着になっているハリスが彼の気を紛らわせているところだが、今回のチーム分けは、アリシア探索の都合上、そのとき一緒にいた二人は別のチームに配属されていた。
そのため、彼の隣にいたのは彼にきつく当たりがちで、その神経を逆なでするのが得意なシャネル・ブラントだった。
「うるさいな! あんな雑魚ども相手に、そんなわけないだろ!」
「ふーん……まあいいわ。で、聞きたいんだけど──」
まるで獲物をいたぶる猫のような視線で彼女はラルーを舌なめずりするように見た。
「な、なんだよ」
「あなた、アリシアをどうしたわけ?」
「なっ」
そのことばかり考えていたラルーは、思わず言葉を呑み込んだ。
「アリシアがいなくなった時、あなたとハリス・オーダーと彼女の三人だったみたいじゃない?」
「な、何を根拠に! 軍の引率だって──」
「引率ねぇ……」
彼女はその唇を薄く引き伸ばすようにして、酷薄な笑顔を作った。ラルーはその顔に圧倒された。
その結果に満足したのか、楽しそうに彼をなぶったシャネルは、そのまま何も言わずに集落に目を戻した。
ファーレンハイト中尉にさんざんやられていたラルーは、シャネルにも同じ傷に塩をすり込まれて激高していた。
たかだか子爵家の令嬢が、侯爵家たるサンドレイクに向かって、何もかも知っていますと言わんばかりの態度。彼は頭の中が真っ白になる気がした。
そうして熱に浮かされたような目を、少し先でうろうろしている魔物たちに向けた。その時、素晴らしいアイデアが閃いた。
「おあつらえ向きじゃないか」
目の前にはゴブリンの大集落。その大きさはキングがいてもおかしくはない。それを殲滅すれば英雄だ。
そして我々は候補生とはいえ今は軍人だ。それと戦う混乱の最中にシャネルが死んだとしても仕方がないし、ついでにどこかにいるはずの中尉も同じ道をたどるかもしれない。
それは名誉の戦死だろう。
たとえ死因が誰かの誤射であったとしても。
「責任はすべて死者に」
そう呟いて口をゆがめたラルーは、計画を実行に移した。
「なんだ!?」
後方で突然膨れ上がった魔力に、前方の軍人たちが敏感に反応した。
同時にゴブリンたちが一斉に振り向くと、こちらに向かって高い警告音を発しながら走り出した。
「あんた、何を!」
「緊張に耐えかねて、魔法を使おうとしたお前を押しとどめたのさ」
皆の注意が向かってくる魔物に向かっている間に、そう言ってシャネルの足を思い切り叩きつけたラルーは、足が折れたのか泣き叫びながらうずくまる彼女を確認すると、一気に集落とは反対方向に逃げ出した。
後ろの集落からは次々と魔物が姿を見せ始めている。下手に魔物と戦えば、後ろから津波のごとく押し寄せてくる群れに押しつぶされることは確実だ。
シャネルは女だ。だからすぐには殺されないかもしれないが、死ぬよりひどい目に合うだろう。そうして最終的に助かる確率は、ゼロだ。
彼はざまあ見ろとばかりに、少し良くなった気分で中尉を捜しながら誰よりも早く撤退した。やつにも一発お見舞いしなければ。




