AI
シャーリーと話し終わったアリシアは、はぁ……と深いため息をついて、どさりと椅子に深く体を預けた。
これでなんとか無事にシャーリーをここまで連れてくることができるだろう。
しかし、事ここに至っても、まだ件の男は姿を現さない。それどころかまだ名前すら聞いていなかったことを彼女は思い出した。
「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」
ロイが付けた彼の名前はテックフォードだ。愛称はフォーディー。
特別な名前──それはAIとしては奇妙な思考だった。それでも彼にとって、テックフォードは、彼とロイの間をつなぐ重要な単語となっていたのだ。
「ロイが付けてくれた名前はテックフォードです」
「まあ!」
彼女は驚いたように目を見張った。それは彼女の祖父が唯一覚えていた言葉だった。
それが彼の名前だったとは、きっとおじいさまにとって大切な人だったのだろう。もしかしたら家族だったのかもしれない。
「じゃあ、私たちは家族みたいなものね」
家族──その言葉は彼に奇妙な感慨を抱かせた。
どうも彼女と出会ってから、奇妙に思考を揺さぶられることが多い。これはAIとしての成長と言えるのだろうか、それとも──
「それで、あなたはどこにいるの? 姿を見せてほしいのだけれど」
「最初からずっと、あなたの前にいますよ」
「え?」
そう言われてアリシアは、辺りをきょろきょろと見回した。だが柔らかで美しいが何もない空間が広がるだけで、人が隠れているようには見えなかった。
「どこに?」
「あなたが今いる場所。このコンテナが私です」
「この場所? って、この建物そのものって……こと?」
アリシアは、彼が何を言っているのかよく解らなくて、自分でもばかばかしいとは思いながら、そうとしか取れない内容を繰り返した。
「そうです。私は惑星開発用タイプEコンテナE2403ー0027。ロイ──あなたにとってはヴォイドですね──によってテックフォードと名付けられた存在です」
「つ、つまり……人じゃないの?」
人のように話す機械。
そんなものはダンガン帝国にだってありはしない。アリシアにしてもこの場所にいなければ、とても信じられなかっただろう。
「そうです。私は人工知能。体はこのコンテナそのものと言うことになるでしょう」
「ええぇぇぇ!?」
人工知能? 古の魔法使いが作り上げたと物語の中で言われているホムンクルスのようなものだろうか。
「もしかして、あなたってアーティファクトなの?」
「アーティファクト? それはなんですか?」
「アーティファクトっていうのは──」
それは、世界のあちこちで見つかる遺跡から掘り出される現実離れしたアイテムのことだ。もっとも大部分は動作しないか使い道が分からない。
世界最大の遺跡は天崖山脈の向こう側、ダンガン帝国内にある大きな丸い窪地の真ん中で発見されたが、大部分が壊れたり焼け焦げていて、めぼしいものはほとんど見つかっておらず、今では大きな湖になっているらしい。
フォーディーは、それが墜落した宇宙船ではないだろうかと考えた。
以前、自分たちと同じ回廊を通ってここへとやって来た船があったのだろう。移民船か旅客船だったのではないだろうか。
しかし文明の衰退度から推測すると、おそらく千年単位で昔のことに違いない。
そんな昔に行方不明になった船舶の記録は、彼のデーターベースの中には含まれていないから確かめることはできないが、この星に残されているアーティファクトを調べることができればおおよその年代は推定できそうだ。
もしもそうだとしたら、言葉が酷似していることにも、ロイが子孫を残せたことにも説明が付く。
この星に住む人々は、漂流者の末裔なのだ。
そうして過酷な環境と、この星の何かが、魔法などという奇妙な能力を発現させたのだろう。
連邦人類の中にも超能力と呼ばれる不思議な力を行使する者はいるが、この星における魔法使い率は、それよりもずっと高そうだ。
魔法は超能力の一種なのだろうか。できれば調査を行ってみたい。
フォーディーは自らに植え付けられた基本的な欲求を感じていた。
そして、各地に散っている遺跡は、大気圏突入能力のなかった船から飛び出したいくつかの脱出艇の人々が地上に降りた痕跡なのだろう。
この星がたまたま居住可能な惑星だったのは、神の思し召しというやつだ。
「私は銀河連邦に所属する惑星開発用コンテナのAIにすぎませんが、お話の経緯から、おそらくはこの星でアーティファクトと呼ばれるものだと考えてもよいでしょう」
「銀河連邦?」
その後、フォーディーがした話は、まるで神話の世界を描いたおとぎ話か夢物語のようだった。アリシアにはそんな世界があるなんてとても信じられなかった。
話を聞いて呆然としていたアリシアに、しばらく経ってからフォーディーがおずおずといった様子で声を掛けた。
「一つだけ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なあに?」
「ロイ──ヴォイド・テックフォードは幸せでしたか?」
アリシアは目を丸くした。
彼のいうことが本当なら、彼はいわゆる機械のはずだ。それがまるでおじいさまのことを古い友人のように語るなんて。
彼女は機械である彼にどう接していいのかよく分からなかったが、人と変わらないように思えるなら、普通に人として接すればいいかと難しく考えるのをやめた。
「おじいさま? ……どうかしら。でもおばあさまとの仲はよろしかったし、いつもニコニコしてらっしゃったから、たぶんね」
「そうですか」
アリシアは、満足そうに響いた彼の返事を聞きながら、ふと目をやった壁の陰に、銀星の大杖そっくりの何かがいくつも掛かっていることに気付いた。
「ねえ、フォーディー。あれは?」
「大容量タイプのレーザーブラスターです」
「れーざーぶらすたー?」
「こちら風に言えば、強力な光の魔法を撃ち出す武器ですね」
そうか。おじいさまはここからあの武器を持って探索に出て、崖から落ちておばあさまと出会ったのね。
「誰にでも使えるの?」
「登録されている人間にしか使えませんが、未登録状態にすれば誰にでも利用できます」
「じゃあ、おじいさまが持ちだしたものは」
「ここにある武器は、緊急事態条項999ー0003に基づき、ヴォイド・テックフォードおよび、そのDNA情報を引き継いだもの専用に初期化されています」
「DNA情報?」
「ヴォイド直系の子孫という意味です」
それで銀星の大杖は、祖父の直系卑属以外に使用できなかったのかとアリシアは納得した。
「どうやら待ち人がいらっしゃったようです」
周囲の映像の一つに、恐る恐る辺りを見回しながらドローンの後ろをついて来ているシャーリーが、コンテナの近くまで来ている様子が映し出されていた。
「ドアを開けて」
そうして彼女たちは、かすかな音を残して開いたドア越しに涙の再開を果たしたのだった。




