侍女
それは彼女たちが築いた仮拠点のように見えた。
だが、かなり上空からの映像のようで、空を飛べる魔法使いか、飛竜に乗るドラゴンライダーでもなければ見ることができない景色だった。
しかもそれが目の前に表示されているのだ。
「ドローンからの映像です」
「ドローン?」
ロイが出て行ったあと、最低限の周囲の調査を行うためのドローンを製造したフォーディーは、周囲の安全を確保するために敵性体の掃討を行っていた。それが周囲に魔物がいなかった原因だ。
ロイがドローンの生産を待って一緒に出立していれば、もしかしたらロイはフォーディーによって助けられ、歴史は変わっていたかもしれない。だがそれはすでに取り返しのつかない過去の出来事だ。
「そんな魔法初めて聞くけど……」
「魔法?」
あまりに唐突な言葉に、フォーディーは思わず確認した。
「魔法が存在するのですか?」
「そりゃあるわよ。ほら、こんな」
そう言ってアリシアは自分の指先に光を灯して見せた。魔法使いが最初に練習する魔法だ。
それを認識したフォーディーは、自分の回路に負荷がかかるのを検知した。どうやら驚愕したようだ。
「この星の人は全員魔法を?」
「この星の人?」
奇妙な言い回しにアリシアは首を傾げたが、すぐに質問に答えた。
「ううん。スペル公国はともかく、サヴール王国の魔法使いはそんなに多くないけど」
どうやらこの国はサヴール王国と言うらしい。
それに魔法使いが多い国の名前がスペル公国とはしょっている。
「そうですか」
銀河連邦でも超能力者は確認されているが、その数は本当にわずかだ。
それがこの星では、アリシアの話を聞く限り、それなりの人数がいるようだ。しかも今しがた実演されたアリシアの魔法を観測した結果、ESP反応とは異なっているようだった。
軍に所属していたAIとしては、非常に興味を引かれる話題だったが、より喫緊の問題があったためフォーディーはその話題を後回しにした。
「それで──よく解らないけれど、これが今起こっている事ってこと?」
「そうです」
そこには闇にまぎれ始めたキャンプ地から、一つの影が飛び出して森へ入ろうとしている様子が映し出されていた。
「ええ!? まさか、シャーリー? ううん……よく見えないな」
彼女がそう呟いた瞬間、その人物を中心に画像が拡大され、明るさが調整された。
そこに映っていたのは彼女の侍女のシャーリーだった。
悲愴な顔で、バックパックを背負いながら森へと足を進めている。
アリシアが崖から落とされたのは昼を過ぎた頃だ。あれからどのくらいの時間が経ったのか正確には判らないが、大分日も傾いているようだから、きっと私が落ちたことが伝わったのだろう。
日没が近い今、この森に救助隊が出せるとは思えない。それを聞いた彼女が、単独で探しに出ようとしているに違いない。
「無茶よ、シャーリー……」
彼女は、軍人でも冒険者でも、ましてや魔法使いでもない普通の女性だ。それが一人で深淵の森に入って無事でいられるはずがない。
自分が無事だということを彼女に伝えることができればいいのにと、アリシアはこぶしを握りしめた。
「この女性はアリシアの知人ですか?」
「え? 知人って言うか……そう、家族みたいなものね」
ずっと自分と一緒にいてくれた彼女は、主従というよりも家族のようなものだろう。
「分かりました。彼女も保護の対象としてマークします」
「え?」
シャーリーは、森の手前で立ち止まると、何かを決断しようとするように下を向いていた。
「ねえ! 彼女に私が無事だって伝えることはできない?」
❖ ◆ ❖
「お嬢さま、待っていてくださいね。必ず……必ず、私が助けに行きますから!」
シャーリーは、白くなるほどこぶしを握りしめ、バックパックを背負い直すと、悲壮な覚悟でベースキャンプを抜け出して深淵の森へと足を踏み入れた。
部隊の隊長は、すぐに暗くなる以上、今すぐの捜索は不可能だと言った。
だが、もしもアリシアが動けずに助けを待っているのだとしたら、今すぐ行かなければ彼女を救えないかもしれない。シャーリーには一秒一秒が、黄金の一粒のように感じられた。
だが、ここは深淵の森だ。
たった数十メートル進んだだけで、まるで森が迫ってくるような錯覚に陥り、今にも気持ちがくじけそうになる。
その度に彼女は、待っているであろうアリシアのことを思い出して気持ちを奮い立たせていた。
目に涙を浮かべながら無理やり次の一歩を踏み出した時、突然その声は聞こえてきた。
「シャーリー」
驚いた彼女は足を止めて辺りを見回した。
日はだいぶ傾き、木々の隙間から見える空は赤く染まり始め、森は暗さを増している。
「お……嬢さま?」
まるでアリシアが幽霊になって自分に会いに来たかのような、そんな気分に襲われて、彼女は震える声でそう呟いた。
「シャーリー」
「お嬢さま!? どこにいらっしゃるんです!?」
「落ち着いて、シャーリー。私は大丈夫。安全な場所にいるから」
「どこです? どこにいらっしゃるんです?」
「いい、シャーリー。今から案内を送るからそれに付いて行くのよ。決して驚かないでね」
「案内?」
シャーリーがそう言った途端、彼女の目の前に得体の知れない何かが突然現れた。
「きゃっ!」
「落ち着いて。それが案内役よ。ドローンって言うんだって」
「ど、どろおん……さん?」
「そう。それが魔物からあなたを守ってくれるそうだから、安心してそれに付いて行って。私はそこで待ってるから」
「わ、解りました」
すると暗い森の闇を光が切り裂き、彼女の前方が明るく照らされた。
シャーリーには、それがまるで希望へと続く道のように見えた。
❖ ◆ ❖
「テックフォードの侍女が消えた?」
食事を終えたテリオス・ファーレンハイト中尉は、着替えをしながら部下の報告を受けて顔をしかめた。
「はっ。先ほどコロネン分隊長の要請で様子を見に行ったところ、テックフォードのテントの中には誰もいませんでした。内部も冷え切っておりましたので──」
「あの後キャンプを抜け出したということか」
彼は、いつまでもしつこく訴えを行っていたメイドの姿を思い出しながらそう言った。
「おそらく」
主を捜しに行ったのだとしたら見上げた忠誠心だが、それだけで生き残れるほど深淵の森は甘くない。
すでに死体、いや残骸となっている可能性が高いだろう。
「学生から犠牲者を出しては責任問題に発展しかねないが……それも今更か」
テックフォードの行方不明事件だけでも、それ以上の面倒はごめんだと思っていたが、侍女まで消えてなくなるとなれば、誰かが責任を取る必要があるだろう。
彼は、自分の責任を回避するために行動を開始することにした。
「侍女の捜索はついででいい。ともかく捜索は明日だ。予定に変わりはない」
「はっ」
部下が天幕を出て行くのを見送った彼は、剣を身に付け静かに席を立った。
「さて、サンドレイクのご機嫌でも伺いに行くかね」
聴取の様子を見る限り、ハリス・オーダーの方は少し押してやるだけで簡単に落ちるだろう。
サンドレイクがいかにしらを切ろうとも所詮はガキのやることだ。どうにでもなると思いながら、彼は学院生たちの天幕が集まっている場所へと歩みを進めた。
「おうおう、さすが侯爵様。学院生のくせに、小隊長たる俺の天幕よりも良さそうじゃないか」
ラルーの天幕を見上げながら、ファーレンハイト中尉が面白そうに小さく口笛を吹いた。
彼は入り口にいた侍従を押しのけ、天幕をくぐると、そこで椅子に座っていた男に声を掛けた。
「お前がサンドレイク侯爵家のラルーか?」
家格ではサンドレイク家の方が遥かに上だが、彼は現在軍に属している。この場ではテリオスの方が上位に当たるため敬語を用いる必要はなかった。
ラルーは周囲に護衛がいるからだろうか、ビビりもせず座ったまま、不遜な態度でこちらを見上げて返事をした。
「ファーレンハイト中尉?」
「自分の隊の隊長相手にその態度とは、さすがはサンドレイク家の御曹司ってところか?」
「……それで?」
「ちょっと訊きたいことがあってな」
そう言ってテリオスはラルーの前に腰を下ろして辺りを見回した。
「人払いをしなくていいのか?」
「なぜ?」
「いや、その方がお前のためかと思っただけだ」
つまり彼はそういう話をしに来たのだろう。心当たりは、アリシアの件しかない。
ラルーは手を振って使用人を下がらせた。
それを確認すると、テリオスは前置きもなく切り出した。
「それで、お前。テックフォードの娘をどうしたんだ?」
「どうした?」
「隠すなよ。お前ら何かしたんだろう?」
「な、何を根拠に!」
「あのな……」
テリオスは頭を掻くと「そういうスキルがあるって言えば分かるか?」と言った。
「ス、スキル……?」
スキルでできることの幅は広い。
真偽官が持っている、嘘発見器のようなスキルを始めとして、言動の正当性を保証するスキルがあってもおかしくはなかった。
もっともテリオスがそんなものを持っているはずもなく、彼はその経験でラルーやハリスの嘘を感じ取り、鎌をかけただけだったのだが。
ラルーはハリスに自信満々で語ったのとは裏腹に、突然挙動が不審になった。
テリオスは高位貴族などといっても、所詮ガキはガキかと内心笑みを浮かべていた。
「心配するな、俺はお前の見方だ。今や風前の灯火のテックフォードよりも名門のサンドレイクに恩を売っておいた方が──解るだろ?」
「あ、ああ……」
「だが、ごまかすにしたって何があったのか正確に知らなきゃ、ごまかしようがないってわけだ」
「そ、そうだな」
追い詰められたラルーは、この隊で一番偉い男が同意を示してくれていることに安心したのか、つい実際にあったことを吐き出してしまった。
テリオスは、安心させるような笑みを浮かべ、時折相槌を打ちながらそれを聞いていた。
そうして、あらかた聞き出した後は、声を録音する機器を取り出しテーブルの上に置いた。
それを見て驚いたように目を見開いたラルーに、「まあ、これからもよろしくたのむよ、御曹司」と声を掛けると、その機器を懐にしまって颯爽と天幕を後にした。
ラルーはテリオスに首根っこを押さえられたのだ。
茫然としたまま動けなかった彼は、それを再認識した瞬間、うかつな自分を呪いながら頭を抱えた。




