不安
「結局銃の残骸らしきものが二つ見つかっただけか?」
ビリーは分隊用に張られたテントに一つで、その残骸を見ながら言った。
「死体は人もモンスターもゼロです。血痕の類いは、仮にあったのだとしても、現在では残っていませんでした」
調査をしたメスカルが、そう言って肩をすくめた。
「人の側が片付けたのだとすれば、埋葬したということも考えられるが……」
それにしては墓らしきものがない。
「スライムのように、何もかもを溶かして捕食するやつの仕業ってこともあり得ます」
ビリーは今ひとつはっきりとしない調査結果に、小さくため息をついた。
「こいつらが犠牲になったのは遠い過去の話で、今まで、たまたま誰にも発見されず、原因はすでに立ち去った後だと思いたいね」
「隊長。討伐命令が出されたにもかかわらず、この辺りに予想よりも魔物が少ねぇのは、もしかして……」
「おおっと、メスカル、そいつは口にしちゃだめだ。噂をすれば影って──」
ビリーが振り返ってメスカルに向かって人差し指を立てた時、そのセリフは駆け寄ってきた分隊のメンバーに遮られた。
「隊長!! 調査に出たチームDが脅威を発見! ゴブリンを始めとした人型の集落だそうです」
「ほらな……」
ビリーはがっくりと肩を落とし、うつむいた。
❖ ◆ ❖
「ラルー様、本当に大丈夫でしょうか?」
「なんの話だ?」
無事ベースキャンプへと帰還したラルーたちは、報告を軍人たちにまかせて、自分たちに割り当てられている天幕へと戻っていた。
「アリシアですよ!」
「アリシア?」
まるで視線で射殺そうとでもするかのようなラルーの目つきに、ハリスは息を呑んでただ頷いただけだった。
だが彼は、もしもアリシアが救出されたり自力で戻ってきたりしたらどうするつもりなんだよと、内心涙目で叫んでいた。
どう言い訳をしても、自分たちは彼女を囮にして逃げ出したのだ。むしろ生け贄と言ってもいい。
もしも彼女が生きて戻って来て、それを証言したりしたら窮地に陥ることは間違いない。
「そもそも、彼女が勝手にパニックに陥って、森の奥へと駆けだしたんだろう?」
「え?」
目撃者は全部で五人。そのすべてに彼の息がかかっていた。彼女一人の証言などどうにでもなると思っているのだろうか。
しかしこの世界には真偽官がいる。今回のことだって、もしも真偽官が出張ってきたりしたら大事になりかねない。口裏を合わせていたりしたらなおさらだ。
「し、しかし真偽官が……」
「忙しい真偽官がこの程度の事件に首を突っ込んでくることはない。それに、仮にそうなったところで、質問官にも父の知り合いは大勢いる」
真偽官は嘘を見破るスキルを持った者たちで司法権も有している強力な官だ。ただし、プライバシーの侵害を防ぐために真偽官自身の質問に答える義務はないし必要もない。
そのため、司法の場では質問は別の人間がすることになっている。一般的には質問官がその役を担っていた。
つまり質問官の質問によっては、嘘をつかずに事実と異なる主張をすることも可能だった。
ハリスは司法を捻じ曲げるその言葉に内心顔をしかめたが、ラルーに逆らうことなどできるはずがなかった。
彼は、おとなしく頷いて引き下がった。
自分が質問される立場になりませんようにと神に祈りながら。
❖ ◆ ❖
「どうして捜索隊が出ないんですか!」
黒い瞳のメイド服を着た女性が、黒髪を揺らしながら、その隊をあずかる男に詰め寄っていた。
「落ち着きたまえ」
細面で整った顔立ちをした金髪の美男子、テリオス・ファーレンハイト中尉は、平民のメイド風情が自分に噛みついてくるのを見て内心青筋を立てていたが、それでも表面は慇懃に見えるよう苦しみを浮かべながら言った。
「いいかい? 君の主の捜索を行おうにも、どこにいるのか判らない上に、そろそろ日も落ちる。危険なんだ」
「危険だから助けに行くんじゃありませんか!」
「部隊を預かる身としては、無駄な犠牲を出すわけにはいかない」
彼は力を込めてそう言うと、彼女を両手で押し戻した。
シャーリーは、涙をこらえながら恨みがましく彼を見つめていたが、何を言っても始まらないと、小さくお辞儀をして天幕を出て行った。
「やれやれ、困ったお嬢さんだ」
冗談めかして肩をすくめ、周りにアピールした彼は、先ほど行われたチームDの事情徴収を思い出していた。
酷い上官として悪名を轟かせてはいたが、彼は無能な男ではない。むしろそれでも出世する程度には切れ者だった。
ラルー・サンドレイクの証言では、テックフォードが魔物を見てパニックになり、それを止めようとした彼を振り切って逃げ出したということだ。
だが、同じチームだったハリス・オーダーの反応を見る限り、その報告は眉唾物だ。
むしろ全員でテックフォードを慰み者にして殺害、森に捨てて来たとでも報告された方が納得できるような反応だった。
軍の連中は、どうやらサンドレイクとオーダーの手の者らしかったし、証言の捏造くらいはお手のものだろう。
だか彼は、特にそれをとがめるつもりはなかった。自分に火の粉が降りかかってこない限りは。
それにうまくすればサンドレイクに貸しを作ることができるだろう。
しかし、明日は一応捜索隊を出す必要がある。無駄だと判ってはいても、世の中には手続きというものがあるのだ。
しかも、魔法を使うゴブリンどもの集落だ?
彼は部下が部屋を出ていったのを確認すると、面白くなさそうに顎に手を当てて呟いた。
「まあいい。いざとなったらコロネン少尉になんとかしてもらおう」
彼が率いる分隊のうち、軍人で構成された二つの分隊の片方は貴族の護衛の集まりのようなものだ。当然詰め腹を切らせるわけにはいかない。
そうすると必然的にコロネン少尉の分隊がその役を担うことになるだろう。
「面倒は面倒だが……」
幸い行方不明になっているのはテックフォードの一族だ。この一族には係累がほとんどいない。
だから、アリシアが死んでいたとしてもさほど大きな問題にはならないだろう。
「だがこれ以上の面倒はごめんだな」
集落の規模が分かり次第、討伐はコロネン少尉の分隊に押し付けて、自分たちは報告に戻ることにしようと彼は密かに心に決めた。
❖ ◆ ❖
「人間だと?」
暗い色のローブを羽織りフードを目深にかぶった、やせた顔色の悪い男が、目の前でひざまずいている通常よりも二回りは大きい黒いオークの報告を聞いていた。
大抵の魔物は言葉をしゃべらない。だが男には、オークの伝えたいことを理解できるようだった。
「まさか、また帝国の連中か?」
以前、帝国の連中が性懲りもなく追いすがってきたときは、うまく深淵の森で始末をつけた。
深淵の森をこの辺りまで来られる精鋭らしかったが、一人の逃亡者も出さず、全員まとめてアーケリアの川(*4)を渡らせてやった。
我々を追い出した連中がいかにそれを望もうとも、さすがに部隊をすぐに編成できるとは思えない。
黒いオークに問うと、以前戦った銃とは違うと考えているようだった。
「それならサヴールの調査隊か? やれやれ騒がしいことだ」
男にとって、銃との戦いは出来過ぎとも言える結果に終わった。おかげで芽吹いた種は大きく育ち、いくつかの集団を形成して森に根付いた。
特にここは、その中でも人型種を中心にしたそれなりに大きな集団だ。大きくなった弊害か森からはみ出すものも出始めたせいで、サヴールの連中を引き寄せたのだろう。
力任せの討伐に出て来ないということは、少人数の部隊に違いない。ならば、この規模の集落を確認したなら、隣領のジンファンデル伯爵に援軍を求めるはずだ。
連中の実力が以前の通りなら、あんな弱兵が何千人いようと物の数ではない。
「帝国もサヴールも、いずれ我々にひれ伏すことになるだろう」
男は声を立てずに笑いながら、ひざまずいている黒いオークに向かって手を振った。
そうして、彼らが集落へと戻るのを見届けると、男は薄い唇をゆがめて、酷薄そうな笑みを浮かべた。
*4) アーケリアの川
この世とあの世の間にある川。この川を渡ると死者となりこの世に戻ってくることはできなくなると信じられている。




