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テックフォードの遺産  作者: 之 貫紀
第2章 FOURTEEN FRANTIC DAYS

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シャーリー……私、もうだめかも

 学院のそばまで馬車で移動してきたアリシアたちは、そこでこの十四日間の稼ぎを並べていた。

 既に幌は外し、幾ばくかのお金になるかとウェインライト(荷馬車工房)に売ってみたが、戻ってきたお金は元の一割と言ったところだった。


「シャーリー……私、もうだめかも」


 確かにお金は稼いだ……はずだ。

 最初の盗賊たちを始めとする報奨金だって手に入ったし、サンダンス盗賊団についてはかなりの金額になるだろう。

 

 だが、今すぐ使える現金がない。ないのだ。

 いまなら全財産を金貨百枚と交換してくれると言われれば、二つ返事でOKしてしまいそうだった。


「お嬢様。サンダンス盗賊団討伐の支払いは確実に行われるわけですし、証明書もあります。ここは事情を話して学院にお願いしてみては?」

「そうか! 一月待ってもらえるなら、金貨百五枚くらい楽勝……楽勝よね?」


 散々不遇な目に遭ってきたアリシアは、少し弱気になっていた。


「もちろんです。待ってもらえるかどうかは分かりませんけどね」

「シャーリー……」

「私のお給金はお待ちしますよ」

「シャーリー……」


 応援されているんだかいないんだか分からない、いつものシャーリーの調子に少し肩の力を抜きながら、アリシアは午後から学院へ行って交渉してみようと心に決めた。


「マスター、コロネン少尉が近づいてきます」

「コロネン少尉?」


 セイランの報告にアリシアはうつむいていた顔を上げた。

 

 ここは学院のそばだ。偶然彼が歩いている可能性もなくはない。

 だが、そうではなく、ここを目指していたとしたら? 突然ドアを叩かれたりしたら、中にいないとトラブルの元だろう。それでなくても一度は部屋を覗かれているのだ。

 

 アリシアとシャーリーは慌てて馬車へと乗り込んで、部屋への入り口を消した。

 

 案の定コロネンは、まっすぐこちらに向かってくると、軽く帽子に手を当てて御者に一礼した後、馬車のドアをノックした。


「はーい。あれ? コロネン少尉どうしたんです?」

「どうしたもこうしたもあるか。寮にいるかと訪ねてみればこんなところで」

「あー、寮はちょっと」


 なんだそれはと彼は眉をひそめたが、まあ手間は省けたかと話を続けた。


「まあいい。実はちょっと話があってな。そこのカフェにでも行かないか。もちろん奢る」

「え? 奢り? 少しくらいなら。シャーリーもいいですか?」

「もちろんだ」


 どういう風の吹き回しか知らないが、学院の午後の受付までにはまだ時間がある。奢ってくれるというのなら少しくらいは話を聞いてもいいだろう。

 それにそのカフェは、学院生の憧れの店だ。だが、ビンボーなアリシアにはほとんど無縁の店だった。このチャンスを逃してなるものかと、彼女は二つ返事で了承した。

 

  ❖ ◆ ❖

 

 カフェで注文を済ませたコロネンは、世間話をすっとばして、いきなり本題を切り出してきた。


「実はな、お前たちが鹵獲した銃なんだが――」

「ダメです!」


 アリシアは食い気味に彼の言葉を遮った。


「は?」

「いや、だって、どうせよこせとか言うんでしょう?」

「そんなこと言うか! あ、言うのか?」

「どっちなんですか」

「いやな……」


 軍としては早急にあの銃を調べてみたいらしかった。

 

 なにしろ銃が鹵獲されたのは、コロネンたちが深淵の森で拾った、かなり壊れたものだけだったからだ。

 完動版があるのなら、もっとずっと早く、その構造もつかめるだろう。

 

 買い戻し用に作られた鹵獲品のリストには掲載されているが、そもそもあれは帝国のものだし、家宝として買い戻したいなどと言う人物は現れないはずだ。

 仮に現れたとしても、審査ではじかれることは間違いない。


「ま、そういうわけで、できれば先に譲ってもらいたいってわけだ」

「今すぐですか?」

「そうだ」

「ちょ、ちょっとトイレ!」


 いきなりそう言って立ち上がったアリシアに、コロネンは呆れたような目を向けた。


「……お前、仮にも女なんだから、もう少し慎みというものをだな」

「余計なお世話!」


 そう言って彼女はトイレへと向かった。

 

「で、フォーディー。あの銃の価値ってどのくらい?」

「銀河連邦で言うなら、武器としての価値はゼロです」

「いや、製造費から見た想定価格とか。あるでしょ、そういうの」

「製造費は文明にもよりますから算定は難しいですが、量産されているようですし、軍用だとすると、概ね二千GDから五千GD、金貨二十枚から五十枚といったところでしょうか」

「二十枚から五十枚か」


 そう呟くと、彼女は席に戻った。


「すっきりしたか?」

「……人の慎みをどうこう言う前に、デリカシーという言葉を覚えた方がいいんじゃないですか?」


 コロネンは笑いながら、運ばれてきていた飲み物を口にすると、カップを置いて話の続きを始めた。


「それで、価格だが――」

「き、金貨百五枚!」


 アリシアは精一杯ふっかけてみた。

 

 この降って湧いたようなチャンスは、彼女を哀れんだ神様が与えてくれた最後のチャンスだ。

 ここで金貨百五枚を手に入れなければ除籍は免れない。


「あ?」

「そんな目で見てもダメ。金貨百五枚よ! びた一リブレまからないから!」

「いや、まあ……いいのか?」

「もちろんよ! その代わり今すぐ払ってくれないとダメですからね!」


 なにしろ学費の納付期限まで、あと半日だ。

 午後一で交渉に行こうと心に決めていたが、目的が支払いに変わるなら、望むところだ。


「そりゃいいが……本当に百五枚?」

「そう! 天が落ちてこようと地が裂けようと、百五枚ったら百五枚なんだから!」


「分かった」


 そう言って、コロネンは二つの革袋を取り出すと、そのうちの一つをそのままに、もう一つから五枚の金貨を取り出して、その横に並べた。


「確認して受け取りをくれ」


 すんなりと出てきた大金に、アリシアは目をしばたたかせた。

 それでもなんとか数え終え、確かに百五枚あることを確認すると、コロネンから軍仕様の領収書を受け取って、そこに金額と但し書きを書いてサインした。


「じゃ、こいつはお前のものだ」


 ずいと突き出された革袋と金貨に、アリシアは目的を達成した喜びに、目を潤ませ体を震わせながら叫んだ。


「や、やった! シャーリー! 金貨百五枚よ!」


 ここはカフェなんだがなと、その様子を苦笑しながら見ていたコロネンが、ふと真顔に戻って言った。


「なあ、テックフォード候補生」

「はい?」

「お前の鹵獲品は、一定の買い戻し期間を置いた後、お前の希望で適切な価格で売却されることは知っているな?」

「ええ」


 小麦の山など貰っても仕方がないし、宝石だって不要と言えば不要だ。

 なんだか分からないものもいらないから、フォーディーが欲しがったもの以外はすべてそうするつもりだった。


「そして価値があるものはオークションにかけられるわけだが、当然その前にオークションリストには掲載される」

「まあそうでしょうね」


 何が出てくるのか分からないオークションも悪くはないだろうが、事前に出品物が分かっている方が普通だ。


「で、だ。もしもあの銃が掲載されたとしたらどうなると思う?」

「価値なんか大してないでしょ? 弾薬もないし、帝国にはそれなりにあるみたいだし」

「まあそうかもな」

「あ、言っとくけど金貨は返さないわよ!」

「分かってるよ。だがな――」


 コロネンは実際に起こるであろう話をアリシアに聞かせた。


 鹵獲された最新技術は当然調べられる。だが、それを手に入れたのが軍部ではなく一般人で、うかつにもオークションにかけてしまったとしたら?

 そしてそれを調べられたくない誰かがいたとしたら?


「え? それって……」

「王国の軍部と、帝国の息のかかった誰かの間で、壮絶なビッド合戦が行われたかもな」

「え、ええ!?」


 そうして価格は天井知らずに上がっていく。なにしろ国家と国家の戦いだ。上限はそのとき用意できた現金の量になるだろう。

 アリシアは一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直した。


「ま、まあそうかもしれないけど、私には今の百五枚の方が重要だから」

「ほー」


 もっとごねるかと思ったが、なかなか潔いやつだ。

 欲深いやつは、和を乱しがちだ。こいつなら、分け前でもめることはないだろうと、コロネンは少し安心した。


「でな、ついでにこれにもサインしてくれると助かる」

「なんです?」


 差し出された書類を見たアリシアは首を傾げた。それは、あのエンドのテントの中でした口約束を、そのまま文書化したものだったからだ。


「こんなことをしなくても、ちゃんと約束は守りますよ?」

「いや、それがな……ちょっと事情が変わったんだ」

「事情ですか?」

「そうだ。実はな――」


 コロネンは飲み物を飲んで、間をかせぎ、カップを置くとおもむろに言った。

 

「――お前のことがばれた」

「はい?」


「本当にすまん」


 彼はテーブルに額が着くほど、大きく頭を下げていた。



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