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テックフォードの遺産  作者: 之 貫紀
第2章 FOURTEEN FRANTIC DAYS

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33/34

お嬢様を欲しいからじゃないですか?

「実力がばれたから、もっと上の方から囲い込みを受ける可能性があるって言われてもなぁ」


 そして、実際にそうなってしまえば、彼女はコロネンの部隊には配属されない。

 それどころか、コロネンの部隊には誰も配属されないのだ。どうも誰かに嫌われているらしい。


 そもそもアリシアの学院の成績は言いたくないけれど中の下だ。

 座学はそれなりに好成績だが、何しろ実技が壊滅的。もうギリギリ合格ってレベルなのだ。

 

 それはアリシアが我々とのクオーターだからだと、フォーディーは考えていた。

 

 ロイの遺伝子に魔法なんて要素は欠片もない。

 どの部分が機能しているのかは、まだ分からないが、その領域がまったく意味をなしていないロイとの交配で、アリシアの遺伝子は魔法に関する遺伝子座の所々がヘテロになっているはずだ。

 

 魔法が使えなくなってはいないが、いくら練習したところで、上手く使えるようになるのは難しいのだろう。

 

「ですがお嬢様が成し遂げたことは、上級者でも難しいように思えます」

「私とシャーリーが、だね」


 むしろシャーリーの方が活躍していると言える。

 アリシアよりも先に飛び出していくからだ。


「それに、本を正せば全部フォーディーのおかげじゃない」

「アリシア。人の力というものには、その人の置かれた立場や財産も含まれるものです」

「なに、フォーディー、慰めてくれてるの?」

「ネガティブ。一般論を提示しているだけです」

「そこは、嘘でも『はい』って言いなさいよ」


 アリシアは仕方がないわねと言うように苦笑した。


「どうせ軍で使われるなら、知ってるコロネン少尉のところの方が少しはましだもんね」


 そう、アリシアは契約書にサインをしたのだ。

 もっとも今の段階では秘密契約のようなもので、あれが効力を発揮するのは軍からの引き抜きが本格化したときだ。


「考えていても仕方がないし、まずは学費ね。早速納めてこなきゃ」

「これで、心配事も半分は消えましたね」

「半分?」

「お嬢様……寮は追い出されたんですよ」

「そうだった!」


 あまりに拠点が快適なので忘れていたが、明日から新学期が始まるというのに、アリシアは公式にはホームレスだ。

 本来部屋を探すべき時間は、すべてが盗賊狩りに捧げられていたのだ。そうでなくても部屋を借りるお金などなかったのだが。


「今から、学院のそばに空いている部屋なんかあると思う?」

「新学期ですからねぇ……」


 新学期に空いている部屋は少ない。

 一時的に宿屋を使うという手もあるが、先立つものが手元にない。


「馬車の場所だけ貸してもらえれば――」

「連絡先になんて書くんですか」


 住所に不定と書くことが許されるかどうかは微妙だし、仮にそれが許されたとしても、テックフォードは馬車に住んでいるなんて噂が立つのはさすがに遠慮したい。

 

 そのくせ清潔感を保っていたりすると、馬車の秘密がばれるかもしれないし、かといって、汚い格好をするのは生理的に無理だ。


「あー、どうしよう?」

「お嬢様。それよりも、まずは学費を」


 そう促されたアリシアは、仕方なさそうに馬車を出て学院の事務室へと向かった。


  ❖ ◆ ❖


「すみません。来期の学費の支払いに来たんですが」


 事務室で座っていた年輩の男性に向かって、そう声をかけた。


「はい、結構ですよ。お名前は?」

「アリシア・テックフォードです」


 彼はパラパラと台帳のようなものをめくると、すぐにおかしな顔をして手を止めた。


「アリシア・テックフォードさん? すでに入金準備手続きは終わっていますけど」


 事務員の男が、不思議そうな顔でアリシアにそう告げた。


「え?」


 入金準備手続きとは、締め切り日まで何もなければ、自動的に準備金から支払われるシステムだ。

 さまざまな理由で利用されるが、通常は支払い忘れを防ぐために使われる。


 まさかおばあさまがとも考えたが、連絡もなしにそれなはいだろう。

 

「フォーディー?」

「ネガティブ。何もしていません」


「じゃあ、一体誰が?」


 アリシアの呟きを質問だと思った事務員の男は、書類をめくりながら答えた。


「手続きされた方は――ええっと、ビリー・コロネンとなっていますね」

「ええ!?」


 コロネン少尉?

 どうして、あの人が??


「テックフォードさん? どうします? もちろんこの場で支払うことも可能ですが」

「あ、じゃあ、お願いします」


 アリシアはそう言って、ぺこりとお辞儀をすると、革袋のまま金貨百五枚を提出した。


  ❖ ◆ ❖


「コロネン少尉が?」


 アリシアに事の顛末を聞いたシャーリーは、一瞬驚いた後、ニヤリとメイドらしからぬ笑みを浮かべた。


「やりますね、コロネン少尉」

「でもなんで彼が?」

「そりゃ、お嬢様を欲しいからじゃないですか?」

「ほ、欲しい!?」

「あの人の小隊って、魔法使いがいないんでしょう?」

「あ、ああ、欲しいって、そういう……」


 アリシアは顔を赤くしながらそう言った。


「金貨百五枚で身売りはお勧めしません」

「シャーリー!」


 彼女は笑いながら続けた。


「お嬢様が除籍になって、グレナフィオーラに帰ったりしたら呼び出しだって大変でしょう」


 連絡が届くのに二週間もかかるようでは、到着した頃には作戦が終わっていてもおかしくない。


「それはそうかもだけど……」


 銃を金貨百五枚で買い取ったのは、コロネン本人だ。

 つまりこの手続きは、もっとずっと前に行われていたはずだ。


「なんで黙ってたのかな?」

「そりゃあ、お嬢様を勝手にさせておけば、サヴール最大の盗賊団が壊滅したりするからじゃないですか?」

「それっていいように使われてたってこと?」

「見守ってもらっていたと考えた方が、精神衛生上よろしいかと」


 確かにその通りだ。

 コロネンがどんな思惑でこんなことをしたのかは分からないが、最後の最後、本当にダメだったときには彼の厚意で救われるはずだったのだ。


「これって、やっぱりお礼を言いに行ったほうがいいかな?」

「人として当然ですね」


 シャーリーは何かを思いついたといったていで、ぽんと手を叩いた。


「そうだ、ついでに住む場所も斡旋してもらうというのはどうでしょう?」

「俺の家とか言われて、小間使いにされそうだからヤだ」


「アリシア」

「どうしたの?」

「住む場所の話ですが、バイリヴィールに土地を購入することは可能ですか?」

「土地ぃ!?」


 突然のフォーディーの質問に、アリシアは思わず声を上げた。

 そもそも土地が買えるのなら、学費など簡単に捻出できるはずだからだ。

 

 また、銀河なんちゃらの制限かしらと、アリシアはブツブツ文句を言いながらも説明した。


「通常は領主の持ち物だから売買はできないけれど、バイリヴィールの場合は少し複雑なの」


 そう言ってアリシアが説明してくれたのは、銀河連邦に所属している文明が、まだ未開時代に存在していた特許都市と似たような形態だった。

 

 土地は基本的に領主のものだ。

 領主が領有権を独占していて、市民は利用権を認められることで地代や税金を払うのだが、特許都市は、都市の参事会が領主から自治権を購入することで、ある程度の自治が認められている。

 

 この参事会が、領主から所有権自体を買い取った場所は、参事会が市民に再割り当てを行うことになる。

 それが貸借の場合、参事会は領主と同様、地代を払ってもらうわけだが、バイリヴィールの法に基づいた所有権の売買も行われていた。


「貸借にしろ売買にしろ、普通はノタリウス(*20)の仕事ね」

「相場はどの程度でしょう?」

「それは場所と広さによるだろうし、そもそも買おうと思ったことがないから分からないわよ」

「できれば土地の購入が望ましいのですが、難しければ借地でも構いません」

「お金はどうするの? 予算は?」


 金額にもよるが、簡単な調査の結果、深淵の森に現れる中位以上の魔物の素材は、結構な額で取引されているようだった。

 グレナフィオーラに人員を派遣してから十日以上が経過して、討伐した魔物も結構な数になっている。


「現在、グレナフィオーラに護衛として派遣したマーシャルとトマスが、魔物を狩って現地通貨を調達しています」

「えー! なら学費に回してくれてもよかったんじゃ……」

「最終的に必要ならそうしましたが、人には成長のための試練が必要です」

「……フォーディーってさ、惑星開発用って言ってなかった?」

「はい」

「未知の惑星開発に、意図的な試練なんかない方がいいんじゃない?」


 深淵の森を切り開こうとしている誰かのサポートが、誰かが成長するためなどと言って試練を作り出すのは、はっきりってサボタージュだ。

 安心安全に開発を進めなくてどうするのかと言いたい。


「アファーマティブ。不要どころか害になります」

「ひどっ!」


 そう叫んで、アリシアはがっくりと肩を落とした。

 コロネン少尉といいフォーディーといい、助けてくれるのはありがたいが、どうせなら、もっと分かりやすく助けて欲しいよと思いながら。


「まずは場所があるかどうかと、相場を調査してください」

「分かった。でも、どうして土地が欲しいわけ?」

「生活は移動拠点でも可能ですが、社会的にもある程度自由にできる拠点がないと不便ですし、個人所有物件の内側なら法に触れる制限が極めて緩くなるからです」


 言ってみれば現地の大使館のようなものだ。

 フォーディーにとって、現在グレナフィオーラの近くに建設されているテックフォード領もそうだが、自分の土地の内側は、治外法権であり、銀河連邦の法で治められる場所だ。

 

 もっとも現在のフォーディーはアリシアの所有物だから、アリシアの法で治めるわけだ。そんなものがあるのなら、だが。


「まさか……また、魔改造するつもり?」

「必要な施設を必要なだけ設置する予定です」

「必要な施設ぅ?」


 たかが馬車一つでこれなのだ。

 自由にできる土地? そんなものを手に入れたら、一体何が作られるのだろう。アリシアには想像もつかなかった。

 


---- footnote ----

*20) ノタリウス

本来は、ラテン語の「notae(速記・記号)」に由来し、速記で記録を取る人々のこと。

現在の「公証人」の起源となった文書作成・証明の専門職。

この世界では、色々な法的事務を司る人くらいの意味だ。


ちなみに若き日のシェークスピアやマーク・トゥエインも、この仕事(またはその助手)を務めていたそうだ。

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