↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テックフォードの遺産  作者: 之 貫紀
第2章 FOURTEEN FRANTIC DAYS

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/34

冒険者なのかと問われました

 エドワードたちがグレナフィオーラを訪れてから一週間。

 数日前には、コンテナとこの地を結ぶ地下のトンネルも完成し、いまでは屋敷の納屋と台所の床に入り口が作られていた。

 

 グレナフィオーラは、東西に流れているブルックとだけ呼ばれている川の北側に広がる土地で、北側にある急峻な崖と南側にあるブルックに守られた、あまり魔物も出てこない奇蹟のような場所だった。

 マリアとヴォイドは、その崖の下で出会ったのだ。

 

 深淵の森の影響か、年中なんらかの花が咲いている土地だったが、ことに春から初夏にかけて一面に花が咲き乱れる様子は、グレナフィオーラの名前に恥じないものだった。

 マリアは毎年、二階のテラスから、その様子を眺めるのを楽しみにしていた。

 

「マリア様。少しテラスへ出てみませんか? ビオラがきれいに咲いていますよ」


 居間でなんとなく刺繍をしていたマリアに、サラが声をかけた。


「まあ、サラ、それは素敵ね。でも風邪をひくから冬は出るなって言われているのよ」

「先日、新しい空調システムをジルベルトたちが設置していましたから、たぶん大丈夫ですよ。少しだけ覗いてみませんか?」

「空調システム? そういえば少し前から、室内が凄く暖かい気が……暖炉に火も入っていないのに」

「今は全館で統一した温度に設定できるそうです」

「まあまあ、私の知らないうちに世の中は進んでいるのね」


 その正体はフォーディーが用意した環境調整フィールドだ。トンネルの中に電力ケーブルを引いて、屋敷で機器を利用できるようにしたのだ。

 将来的には、グレナフィオーラのそばの地下にエネルギー炉を建設する予定だが、土地が土地だけにアセスメントの最中なのである。

 

 サラに促されるままに、テラスへと出たマリアは、その暖かさに驚いた。

 それはまるで、春が一足先にやってきたような、とても気持ちのいい暖かさだった。

 

「これは……」

「さあさあ、マリア様、こちらへ」


 そう言って、サラが、テラスに置かれた座り心地の良さそうな一人用の椅子に彼女を導いた。

 そこに腰掛けたサラは、「なんて気持ちがいいのかしら」と呟いた。


 頬をなでる風は、春のそよ風。

 眼下には盛りのビオラが様々な色を誇りながら咲き乱れ、花の絨毯のようだった。

 

「お気に召しましたか?」


 そう言ってお茶を入れるサラに、「もしかして、もう天国に召されたのかしら?」と言って、彼女は笑った。

 もしもそうなら、きっとヴォイドも、隣の椅子に座っていただろう。

 

 お茶に添えられた焼き菓子は、ブール・ノワゼット(*16)の香ばしい風味と不思議なコクに彩られた、優しい甘さのものだった。

 

「これも素敵ね」

「フィナンシェといいます。私の故郷のお菓子ですよ」


 彼女の料理が素晴らしいことは、この一週間でよく分かっていたが、お茶もお菓子も一流のようだった。


「あなたはお菓子も上手なのね」

「恐れ入ります」


 しばらく優しい時間を過ごしていると、テラスにエドワードがやってきた。


「奥様、少しよろしいでしょうか」

「どうしたの?」

「実はマーシャルとトマスが――」


 グレナフィオーラは、奇蹟のような場所だが、それでも深淵の森の内側だ。

 ここにはめったに現れないとはいえ、周辺にはそれなりの数の魔物が棲息していた。

 

 ヴォイドはそれを狩るのを日課にしていたが、彼が亡くなってからは誰もその任を負えず、徐々に数を増やしていた。

 最近ではエンドの村にまで影響が出ているようだった。

 

 その作業をマーシャルとトマスが請け負っているというのだ。


「まあまあ、そんなことまで」

「グレナフィオーラの安全は、我々にとっても重要事項です。そして狩った魔物の権利は奥様に帰属します。それをどうするかをお聞きしたいのです」


 冒険者なら、狩った魔物は狩った者のものだが、使用人が狩った場合は一般的に主人のものなのだ。


「そうね。食べられるものが余るようなら、エンドの村にお分けしてあげて。特にミアータにはお願いね」

「先のハウスキーパーの方ですね」

「そう。あなたたちのおかげで、ゆっくりと暮らせるようになって喜んでいたわ」


 ミアータは最後に残った使用人だった。

 エンドの村が、まだ、マリアの実家であるシェブロン騎士爵家の領地だった頃から、ずっと使えてくれて、ヴォイドがなくなった後も最後まで付き添ってくれていたのだ。

 その後エンドの村はシェブロンの絶家と婚姻によりテックフォードの領地となり、ヴォイドの死とともに王家の預かりとなっていた。


「それでも余ったものや、素材はいかがいたしますか?」

「そんなに頑張っているの?」

「無理はしていません」

「そう? なら、残りは彼らの自由にさせてあげて。正当な報酬よ」


 もっとも売れるような場所はないんだけれど、と彼女は寂しそうに笑った。


「ではそのように」


 エドワードは一礼して去って行った。

 サラはお茶を入れ直し、マリアはもう一度眼下の風景に浸った。

 

 グレナフィオーラに、穏やかな時間が流れていた。


  ❖ ◆ ❖


「行商人?」

「はい。この辺りは行商もほとんど来ないそうですから」


 各ホモイドは、フォーディーの耳目を担う役割も持っている。

 社会に溶け込むことで、常識を学習するわけだ。


「長期のシティプランニングに基づいたアーバンデザインに従って、グレナフィオーラの街は鋭意建設中ですが、やはり様々なものを持ち込むためには、なんらかの商業的な外部との繋がりがあるように偽装するべきだと思われます」

「なるほど」


 その理屈は分かる。

 

 ただ、開発初期に使われる、すぐに利用できる状態のホモイドは、男女併せて十二体だ。

 M(男性体)は、すでに五体が使われているから、行商に一人を割いてしまうと、あとはF(女性体)しか残らない。

 

 なお、グレナフィオーラの街の建設を始めとして、エネルギー炉やデータセンター等の建設には、専用のドローン群が使われている。

 これは惑星開発のごく初期に、迅速に必要な建築物を建てるための初期装備で、ホモイドとは違って潤沢に用意されていた。


「ですが、女性の行商人は、社会的に少し異質です」

「それでは、顔見知りになるまで夫婦として男女のペアを派遣するのはいかがでしょう」


 顔見知りになってしまえば、その後は、女性だけでやって来たとしても、それほど警戒されることはないだろう。

 

「その案を採用しましょう。問題は馬と馬車、それに商品ですが――」


 セイランは分類上は、バイオニック・オーガニズムにあたる。


 バイオニック・オーガニズムとは、サイバネティック・オーガニズム(*17)の一種で、機械の骨格やシステムをベースに、外装や一部の機能をクローン皮膚や生体組織で覆ったものだ。

 見た目は生体と変わりがないが、中身は機械なのだ。


 惑星開発コンテナは、通常文明のない惑星に送られるものだから、サイバネティック・オーガニズム系列だろうと、アンドロイド系列だろうと馬形など必要ない。

 一応、クローン用の素材は用意されているから、それを元にバイオロイドやクローンは作成できるが、それが必要になるのはずっと後の話。つまり簡単には取り出せないのだ。

 

 セイランは、初期に利用できるホモイドを始めとするバイオニック・オーガニズムの修理用パーツからでっち上げた馬だ。

 これ以上そういう無理をすると、ホモイドたちの修理やメンテナンスに支障がでるだろう。使用されていない女性型ならニコイチなんてバカなことも可能だが、できれば避けたい。

 

「本物の馬と馬車を手に入れて、空間拡張システムだけ追加するしかなさそうです」

「それには初期投資用の現地通貨が必要です」

 

 もしも行商人として商業ギルドに登録する場合は、金貨三十枚の保証金が必要だ。

 また、もしかしたら、身分証明のようなものも必要かもしれない。


「ルールの解釈次第では、現地通貨を作成することもできるかもしれませんが……」


 現状ではかなりのグレーゾーンだ。できれば検討したい方法ではなかった(*18)。


「マーシャルがエンドの村へ出向いた際、冒険者なのかと問われました。そういう職業が存在しているようです」

「アリシアたちの話にも時々登場していました。どうやら魔物を狩ったり護衛をして生計を立てている職業のようです」

「はい。そしてどうやらこの職につくためには、単に登録するだけでよいようです」


 そこには、命の危険を伴う職業の、互助会的なものがあるのだろう。

 

 そうして、国がそれを認めている理由は、税金の徴収システムとして優秀だからに違いない。

 もしもこういった組織がなく、冒険者たちが勝手に売買した場合、国がその取引を認識して税金を徴収することはまず不可能だ。


 互助会のようなシステムがあれば、人間は、ほとんど何も考えずにそのシステムを利用するようになるものだ。


「幸いこの辺りは魔物が豊富です。マーシャルとトマスを冒険者にして、それを販売し、現地通貨を手に入れるというのはどうでしょう」

「獲物の所有権については?」


 貴族制の歴史をひもとけば、狩りの獲物は、基本的に狩り場の持ち主のものだ。

 従って、単に狩ったからといって自分のものになるとは限らない。


「その点は、マリア様に許可を頂いております。適法です」

「ではそうしましょう。ドローンで作成した地図を転送します。そこから一番近い街と呼べる規模の場所は、少し西にある『スリエナ』です」

「検体としてそちらに送るものは?」

「こちらで採取できるものは不要です。そのリストは送信しておきます」

「承知しました。では彼らを派遣して現地通貨の取得オペレーションを開始します」


「ついでに、鉱石の流通についても調査してください」


 そろそろ現地の鉱石が必要なのだが、残念ながら深淵の森の地下にトンネルを掘った際に得られたそれは、ほとんどなかった。

 

 一般的に鉱石は、マグマ由来の熱水鉱床や火成鉱床、鉄鉱石などが沈殿してできた堆積鉱床、それに地殻変動による圧力や熱でできた変成鉱床などで採掘される。

 

 それらの位置についての本格的な調査は、探査衛星の打ち上げ後に行われるわけだが、今回は少々通常の惑星開発手順とは異なっているため、流通しているものでも可能なら購入したかった。


「北の山脈周辺は期待できると思いますが、勝手に採掘していいのかどうか分かりません。アリシアにも聞いてみますが、流通しているようでしたらそのあたりの調査もお願いします」

「アファーマティブ」


「では、準備ができしだい行商人を派遣します。必要な商品については調査を進めてリストを作成してください」

「承知しました」


 エドワードはフォーディーとの接続を切ると、すぐに行動を開始した。

 

 いずれはアリシアが相続した貿易会社もでっち上げる必要があるかもしれない。

 フォーディーは、通常の惑星開発手順では起こりえない事態に優先順位を振り始めた。



*16) ブール・ノワゼット

焦がしバターのこと。


*17) サイバネティック・オーガニズム

一般的には、生体と機械が融合したものを指す。

本作品では、生体組織だけで作られるものをバイオロイド。生体部品がないものを、アンドロイドと呼ぶ。


*18) 検討したい方法ではなかった

人間なら、少しくらいいいだろ、やっちゃえやっちゃえとなるところですが、機械はそういう意味では融通が利きません。

ちなみにそうなっちゃう人は責任者にはなれません。たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
(部分的に許可は得てるけど)勝手に発展していくのが面白すぎる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。