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テックフォードの遺産  作者: 之 貫紀
第2章 FOURTEEN FRANTIC DAYS

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私のお金って羽が生えてるんじゃない?

 それは、休みに入ってから八日目の寒い朝の出来事だった。

 アリシアたちは、いつものようにフォーディーの予測にしたがって、ナーニワから北へと向かう街道を走っていた。

 彼の予想では、その街道から東へ入る道が、次の補給隊が襲われる場所のはずだったのだ。


「あー、もう。無駄な時間を食っちゃったじゃない」


 居間のソファであぐらを書きながら、アリシアが憤慨していた。

 シャーリーは、朝食後のお茶の準備をしながら、「お嬢様、お行儀が悪いですよ」と、お小言を言っていた。

 

 昨日、アリシアは盗賊の身柄をナーニワの衛兵に引き渡したのだが、その際衛兵に怒られたのだ。

 理由は、引きずってきた筏にあった。

 

「バイリヴィールの、ウェスガードさんだっけ? あの人たちは、なんにも言わなかったのに」

「お嬢様、あれは呆れかえって言葉も出なかったというやつでしたよ」


 馬車が盗賊を満載した筏を引きずってやって来れば、普通は驚く。

 

 大抵移動は夜だったから街道で見とがめられる危険は少なかったが、早朝何かを引きずる音に驚いて門から出てきた彼らが見たのは、馬車の後ろに牽引された筏の上にくくり付けられた大勢の人間の姿だった。

 たとえそれが盗賊だと言われても、彼らには口をぽかんと開ける以外にできることはなかったのだ。


「さすがにナーニワの衛兵の方は盗賊慣れしていましたね」


 捕まえた人数が少なかったこともあったが、彼らは筏の上の盗賊を見ても、さほど驚いた様子はなかった。

 彼らが怒ったのは、フォーディーが指摘したような盗賊の扱いではなく――


「まさか街道が痛むだろうがと、お小言を頂くとは思いませんでしたね」


 石畳ならともかく、街道には土を押し固めた部分も多い。

 筏を引きずれば当然道には溝ができるし、溝ができれば雨で水も溜まる。


「馬車の轍だって、同じようなものだと思うんだけどなー」

「アリシア、物事には程度の問題というものがあるのです」


 馬車の車輪でも同じことは起こるが、ぬかるんででもいない限り、その影響は筏を引きずるよりは遙かにましだろう。

 おかげで昨日は、一日かけて筏に車輪をつける羽目になったのだ。そうしてまた幾ばくかの費用が飛んでいった。

 

「もう、私のお金って羽が生えてるんじゃないの?」

「フォーディーさんがストックしておいてくれた食料のおかげで、食費がかからないだけましだと思いましょう」


 用意されていた食料には色々と見慣れない素材もあったが、どれも味は良かった。

 元手はタダだし、それほど注目もされないだろうから、この食料を売れば――とも考えたのだが、いまさらそんなものを売ったところで学費に間に合うはずがない。食料は比較的安いのだ。


「あーあ、もう休みも半分過ぎちゃったよ。本当に間に合うのかなぁ……」


 そう言って、自分の手を見つめたとき、フォーディーが警告を発した。


「アリシア、この先で馬車が襲われているようです」

「え?」


 アリシアにとって、それはまさに渡りに船だった。目的の場所まで移動しなくても、鴨が向こうからやって来たのだ。


「ああ、神様。今度こそお金を持っている盗賊団でありますように」


 アリシアが不謹慎にもそう祈り、シャーリーがクスクスと笑いながら、いつものショックブラスターをラックから取り出したとき、フォーディーが奇妙なことを言い出した。


「アリシア」

「何?」

「盗賊から、やる気が感じられません」

「やる気ぃ? 何それ?」


 フォーディーは、襲っている連中に殺意が感じられず、まるで舞台の殺陣のようだと言った。


「ジェームズ、ちょっと止まって」


 アリシアはゴーグル越しに御者のジェームズへと指示を飛ばした。


「コピー。停止します」


「どうします、お嬢様」

「フォーディー。仮にあなたの言うとおりだとして、理由はなんだと思う?」

「銀河連邦なら何かの撮影という可能性もありますが、ここには媒体自体が存在していません。事件の現場検証か、そうでなければ――」

「なければ?」


 フォーディーは少し間を置いた後、答えた。


「罠でしょうか」


 フォーディーの言う撮影はおろか、事件の現場検証も聞き慣れない言葉だった。

 サヴールでそんなことが行われているなんて聞いたこともない。

 つまり――


「罠ね。一体何を捕らえるつもりなのかな」

「助けに来る軍や衛兵、あとは冒険者というのが、もっとも妥当な推測です」


 アリシアは、そういった人物に心当たりがあった。


「獲物は、最近毎日盗賊を狩って歩いている誰かだと思う?」

「もしも盗賊に、コロネン少尉と話した組合のようなものがあるとしたら、その可能性は極めて高いと思われます」


  ❖ ◆ ❖


 馬車を襲ったふりをしながら剣を適当に合わせていた男たちが、つばぜり合いを演出しながら小声で話していた。


「おい、後ろの馬車、止まったようだぜ」

「気付かれたか?」

「さあな、あるいはただの旅人って線もあるかもな」


 普通の旅人なら、面倒事には近づきたくないものだ。


「そいつはなんとも、運がない」


 男は獰猛な笑みを浮かべながらそう言った。

 この現場を見られた以上、生きて返すわけにはいかないからだ。


「一頭立ての馬車。変な幌が付いているが、よく見れば妙な質感があって高価そうだって情報にはぴったりだったんだが」

「当たりならラッキーくらいでいいだろ。こんな茶番をいつまでも続けてられるかよ。さっさと、やっちまおうぜ」

「そうだな。どっちにしろ実入りが増えるのはいいことだ」


 そういった男は、独特なポーズで剣を振り上げた。それが実行開始の合図だった。


  ❖ ◆ ❖


「後方に反応。複数の人間がこちらに向かってきます」

「後方?」

「街道沿いに潜んでいた形跡は確認されていません。離れて付いてきていたか、脇道の先に待機していたものと思われます」

「ずいぶん計画的じゃない」

「用意周到な相手です。このまま突っ切ることをお勧めします」


 突っ切るなら後方の方が簡単そうだが、わずかな後退ならともかく、馬車は前進して旋回するように作られている。

 この道で旋回しようとするなら、どこかの空き地が必要だし、その間に隙を見せすぎることになるだろう。

 

「マスター。どうやら逃がしてはくれないようです」


 セイランからの報告と同時に開いたモニターには、荷馬車を街道の中央に並べて突っ切れないようにしている様子が映し出されていた。

 しかも開けられた荷馬車のあおり(荷台の横の扉)は、まるで馬防柵の様相を呈していた。


「やる気がないどころか、殺意マシマシじゃない?」


 やはり真の狙いは自分たちだったのだろう。


「こうなってしまっては仕方がありません」


 シャーリーがそういうのを聞いて振り返ると、彼女はフォーディーが用意した全身を覆うぴったりとした服を着込んでいた。インナースーツというらしい。

 未知の惑星を調査する際、動きのサポートなどを行って、調査隊の行動や安全を確保するためのものらしいが、パーソナルシールドを抜けてきた攻撃に対応することもできるという。

 

「あ、シャーリー、私も――」

「お嬢様、真打ちは最後に登場するものですよ」


 彼女は、その上にもう一度メイド服を着てチラリと鏡を見ると、楽しそうに馬車へと出て行った。

 

 その背中を見ながら、「誰が戦闘狂じゃないって?」と、アリシアが苦笑していた。


  ❖ ◆ ❖


 馬防柵化した馬車の後ろで、サンダンスとシビノが、目をすがめながら少し先に止まっている馬車を見ていた。

 御者は微動だにせず、ただ御者席に座っているだけだ。


「ここまで来て、まるで動きがないってのは、どういうことだ?」


 普通なら逃げようとするだろう。そうでないなら戦う準備をするはずだ。

 諦めたのならいいが、その静けさはむしろ不安をかき立てた。

 

 傍に立っていた男が、「ぶるって出てこられないんじゃないですか?」と軽口を飛ばしたが、サンダンスは取り合わなかった。

 そして、隣にいたシビノに、「外れだと思うか?」とだけ訊いた。


 シビノは少し考えた後、首を横に振った。


「いや、なんだか嫌な予感がします」

「ほう」


 根拠はない。

 ないがシビノの勘は無視できない程度には実績があった。諜報の世界で生きてきた男は、その勘で過酷な現実を生き残ってきたのだ。


「大規模な魔法でも準備していそうか?」


 近くにいたローブを着た男にそう尋ねると、彼は無言で首を横に振った。

 魔法使いは魔力を感じる力がある。大規模な魔法を使おうとしているなら、その前兆は誰にでも感じ取れるものらしい。


「ふーむ」

「そろそろ後ろの連中が所定の位置につきます」


 何をするつもりかは分からないが、囲んでしまえば、後は輪を縮めて襲うしかない。

 

 こちらには五十人を超える手練れの連中がいるのだ、街道警備の軍隊程度なら互角以上に渡り合えるだろう。

 ましてや相手は馬車一台。客観的に見れば、過剰とも言える戦力だ。


 実働メンバーの部隊長の一人が、今まさに襲いかかる命令を発しようとしたとき、音を立てて馬車の扉が開いた。


「なんだ?」


 妙な幌のせいで顔は見えなかったが、扉から出て来たのは足下を見る限り女。しかもメイドのようだった。

 

 屈強な男たちに遠巻きにされた馬車から降りてきたメイドは、周囲を気にしたようすもなく、馬車とこちらの間に立って膝を折った。カーテシーというやつだ。


「お初にお目もじいたします。なにやら物々しいご様子。できればそこを通していただければ」


 芝居気たっぷりにそう言われた男たちは、お互いに顔を見合わせ、下卑た笑いを浮かべた。


「そうだな、お嬢ちゃんが相手をしてくれるって言うなら考えてもいいぜ?」

「お相手?」


 シャーリーが首を傾げたところで、いきなり男が突っ込んできた。


「やらせろって言ってんだよ!」

「まあ!」


 その男がシャーリーに近づき、今まさにつかみかかろうとしたとき、突然びくりと体を震わせて固まった。

 周りを囲んでいる男たちは、一体何が起こったのか分からず、動きを止めた男を訝しんだが、その男がそのまま地面に倒れ込むのを見て大きく目を見開いた。


「早い男は嫌われましてよ」


 手の甲で口元を隠しながら、シャーリーが小さく笑った。


  ❖ ◆ ❖


「シャーリーって、ああ見えてすっごく耳年増なんだよね」

「耳年増?」

「メイドのたしなみなんだって」

「こちらにはそんな文化が――」


 フォーディーが真に受けようとしたのを感じて、アリシアは慌ててそれを否定した。


「ないから! そんなのないから!」


  ❖ ◆ ❖


「あ、相手は一人だ! 囲んじまえばどうとでもなる!」


 気を取り直した男がそう叫ぶと、数人が周囲を囲むように突っ込んできた。さらにその外側にもさらに数人が後を詰めている。盗賊にしてはなかなかの連携だ。

 だが――

 

「大勢に言い寄られるのも悪くはありませんが――」


 シャーリーは両手を肩の高さまで上げ、くるりとダンスを踊るように回転した。

 スカートがふわりとまくれ上がり、それが落ち着くのに合わせるかのように、前衛の男たちが前のめりに倒れた。

 

 後ろから詰めていた男たちはそれに躓き蹈鞴を踏んだが、体勢を立て直す前に、次々と倒されていった。


「むさい男は遠慮させていただきます」


  ❖ ◆ ❖


 粗野に見えても、突っ込んでいった男たちは、捨て駒にするには惜しい程度に腕の立つ精鋭だ。

 それがまるで有象無象のように、一瞬で倒されていく。


「どうだ、ソード。やれそうか?」

 

 サンダンスが隣で馬車にもたれかかっていた男にそう尋ねた。

 特命を帯びてサヴールに潜入した三人のうち、最後の一人がソードだった。

 

 彼は、目をすがめながらその戦闘を見ていた。

 

 どうやら伸ばした腕の先にいる者が倒されているようだ。魔法使いの男に目をやると、彼は小さく首を横に振った。つまり魔法じゃない何かだってことだ。

 手の中に何かを握っているのか、掌から何かを撃ち出しているのか、いずれにしても向けられた方向の延長線上にさえいなければ問題はなさそうだ。


「動きそのものはほとんど素人だ。何をしているのかははっきりしないが、どうやら、あんたの銃みたいなもののようだな」


 片手剣と同じくらいの長さだが、ややそりがある細めの剣を腰に据えたソードは、倒されている男たちの中心で舞うように相手を倒している女に目を向けながら答えた。


「なに、当たらなければどうということはない」


 その台詞にサンダンスは吹き出した。

 

 ソードは帝国軍の中でも変わり者で、少人数で運用する銃をまったく信じていない男だった。曰く「銃のむいた先にいなければ、弾は当たらん」だそうだ。

 言葉の通り、射線を外しながら素早く近づき、近づいてしまえば剣の方が速い。それを体現した男だった。


「銃嫌いのお前らしいな」

「別に。剣の方が好きなだけだ」


 そう言って、奇妙に動きのない馬車を見て眉をひそめた。


「むしろ不気味なのは、あの馬車の方だろう。なぜ動かん?」


 戦っているのはその姿からして護衛メイドだろう。ならば、それが仕えている何者かがいるはずだ。

 黒ずくめの御者も、逃げるでもなく慌てるでもなく、静かに御者席に座っているだけだ。


「確かに不気味だが、なすすべもなく神に祈り、振るえているのかもしれないぞ」


 仮に相手が高貴な連中なら――あのメイドを雇えるならおそらくはそうだろうが――その方が普通だろう。


「それにしちゃ、御者に動揺が見られん。中にいるのが、あのメイドを従える程の化け物だったら?」

「そんときゃ、運が悪かったと思うしかないだろうよ」


 すでにこちらの損害は十人を超えている。

 ここまで来れば手を引いたとしても見逃してくれそうにはなかった。


「シビノ」

「はっ」

「どうやらかなりヤバそうだ。お前は早めに離脱して、最悪の場合は帝国に情報を届けろ」

「サンダンス……」

「心配するな。俺の腕は知ってるだろ?」


 銃を使わせればサンダンスの腕前は帝国でも屈指の男だった。

 そして弾丸は最強だ。まともに当たれば、深淵の森の化け物どもにも十分に通用した。人などひとたまりもないだろう。あれが人だったとしたら、だが。

 

「いずれにしろ、まずはあいつをどうにかしなけりゃな」


 そう言ってソードは、もたれかかっていた馬車から背を離した。


「いいか、余計な手を出すなよ」


 本来は、動きの激しい戦いに銃が割り込むと誤射が恐ろしいからなのだが、彼が口にすると違う意味に聞こえた。



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