なんでこいつら、こんなに貧乏なの?
「ねえ、フォーディー」
「なんでしょう?」
アリシアは、シャーリーが縛って回っている十人ほどの連中を見下ろして、その懐を探って得た銀貨数枚を掌の上で転がしながら残念そうに呟いた。
「なんでこいつら、こんなに貧乏なの?」
あれからフォーディーの予想にしたがって、近隣の盗賊を三つほど潰して回ったが、ちっともお金にはならなかったのだ。
報償は少ない、所持金は少ない、アジトがあっても金目のものはゼロだった。
そう、連中は、仕事をして得た金で酒池肉林を地で行って、手持ちが乏しくなったら、また仕事をするというサイクルで生きていたのだ。
仕事が盗賊でなければ、ちょっと放蕩が過ぎる労働者と同じだった。仕事をするのは金がなくなったときだけだ。
当然、放蕩が過ぎる労働者に借金はあっても貯金はない。
盗賊狩りの冒険者に専任がいない理由がよく分かった。まったく労力に見合わないからだ。
財宝をたんまりため込んだ盗賊を討伐するのは、冒険中に遺跡を発見してアーティファクトを手に入れるのと同じくらい難しそうだった。
「アリシア。十分に豊かな者は、盗賊になどなりません」
中には趣味的な盗賊や、巨大シンジケートの一部で自動的に仕事が割り振られる場合もあるだろうが、この世界の盗賊は、概ね食い詰め者からスタートするのが普通のようだ。
ひもじい、寒い、もう死にたいが不幸の始まりなら、死ねなかった連中が向かう先は――まさに盗賊一直線というわけだ。
「そうね……」
考えてみれば、盗賊狩りだって、盗賊に対する盗賊のようなものだ。
もしもお金が十分にあったとしたら、アリシアだって、こんなことをやってはいなかっただろう。
「行為だけ見れば、私たちも同じ穴の狢だもんね」
「その通りです」
珍しくフォーディーの声に安堵がにじんでいた。
「このまま義賊になるなどと言い出されたらどうしようかと思っていました」
「義賊……正義の盗賊かー、それはそれでかっこいいかも!」
「ネガティブ。それが許されるのは物語の中だけです」
そもそも圧政を敷いている悪者がいなければ、義賊など存在することすらできはしない。
「冗談よ。むしろ私よりシャーリーの方が好きそうでしょ、そういうの」
「お嬢様……確かに私はヴォイド様に憧れてはいましたが、戦闘狂というわけでは……」
小さい頃は、おじいさまに枝で斬りかかって遊んでもらっていたし、緑の小鬼たちの群れに突っ込んでいく様や、のりのりで盗賊を始末している様を見ていると、とてもそうは思えなかったが、アリシアは突っ込まないことにした。
長い間の付き合いで、突っ込んだ先にある地獄を何度も経験していたからだ。
「それより、そろそろ限界だよね」
それは盗賊の連行だった。
最初の時のように鈴なりに歩かせていたのでは、不眠不休で歩かせても、一日一件が限界の距離に来ていたのだ。
「しかし、アリシア。本当にあれを使うのですか?」
「だって仕方ないじゃない」
そう言ってアリシアが取り出したのは、本当にただの丸太を繋いだ筏のようなものだった。
試しにとばかりに急遽切り倒した丸太で適当に作った代物で、丸太同士の接続はフォーディーに協力してもらったため壊れはしないだろうが、車輪すらついていなかった。
「セイランの力に問題はないんでしょう?」
「もちろんです。ですが、心配しているのはそこではありません」
彼が気にしていたのは、乗せられた盗賊たちの状態だった。銀河連邦では、犯罪者にも人権というものがあって、不当に取り扱ってはならないのだそうだ。
何をすれば不当なのかすらよく分からないが、この世界では犯罪者にそんなものはないし、そもそも盗賊はほとんどが死罪になる。
死罪になる人間の待遇を気にしてどうするというのだろう?
「銀河連邦に死刑はありません」
「ええ? じゃあ罪を犯した人たちはどうなるの?」
「通常は懲役刑が加算されていきます」
その結果、罪によっては、懲役300年などと言うことが起こるそうだ。
「フォーディー。それって罪を犯した人間を、国の予算で死ぬまで養うってこと?」
「そうなります」
「スラムには毎日の食事にも事欠く人たちがいるのよ? それは放置して、罪を犯した人間は国の予算で養う? 銀河連邦ってどうなってるの? 罪を奨励(*8)してるってこと?」
しかも大きな罪を犯せば犯すほど長期間にわたって養ってもらえる?
罪を犯せば食事ができるというのなら、食事ができない人間は罪を犯すに決まっている。
空腹を抱えて危険な路地裏で小さくなっているよりも、牢の中とはいえ食事ができて屋根があり、安心して暮らせるほうが遙かにましだと言えるだろう。
そうではない、大切なのは自由だなどと言えるのは、極限まで飢えたことのない者だけだ。
「そのあたりは銀河連邦内でも議論の余地があるところです」
「どんな議論があるのか興味のあるところだけど、私には理解できそうにないわね」
諦めたようにそう言ったアリシアは、討伐した盗賊をずるずると引きずって、筏に乗せているシャーリーを手伝い始めた。
やっぱり荷馬車のようなものを連結するべきなのかなぁと考えながら。だが、無い袖は振れないのだ。
❖ ◆ ❖
サヴールの王都は、その成り立ち(*9)から、バイリヴィールとゴート湾に港を有するナーニワからから、ほぼ等距離の位置にあった。
その王都のスラム街に近い平民エリアの一角に立つ、これと言った特徴の無い建物が、軍が血眼になって探しているワイルドパンチの本拠地だ。
その半地下で、大柄な男が、部屋の中央にある大きな椅子に腰掛けて肘掛けにもたれかかりながら、一人杯を傾けていた。
「シビノか」
部屋の入り口に音もなく現れた小柄な男に向かって、そちらを見もせずに大柄な男がそう呟いた。
「どうした?」
「どうやらまた餌食になった連中が出たようです」
「餌食? ここ数日暴れ回っている、あれか?」
情報担当のシビノが持ってきた話に、彼は杯を傾けながら短くそう答え、深くため息をついた。
ここ数日、盗賊狩りが活発になっている話は聞いている。しかも、まるで、彼が流した情報を辿るように。
このままでは、せっかく作り上げたネットワークにも亀裂が入りかねなかった。
「だがネズミは何も言ってこない」
軍に潜り込ませているネズミは、その動きを定期的に連絡してくるのが仕事だが、突発的な事態が起こればそれも報告してくるはずだった。
彼らはその情報を巧みに使い、各地に散らばる盗賊連中に提供することで仕事を斡旋。収穫を一括で買い上げることで急速に勢力を伸ばしたのだ。
だが今のところそのルートは沈黙していた。つまり軍に特段目立った動きはないということだ。
「なら冒険者連中でしょうか?」
「それにしちゃあ、まるで名前が聞こえてこないってのがな……」
冒険者連中は名を売ってなんぼだ。
だから魔物や盗賊の討伐で、大きな成果を上げた連中は、これ見よがしにそれを喧伝する。むしろ盛っていない方がどうかしているくらいだ。
「噂じゃ、美しい月の光に誘われた悪魔が、地獄から地上へと現れたって話ですが――」
「バカ言え、とっくに月は欠けてるぞ」
ぐいっと杯を煽りながら、サンダンスは横目で男を見た。
「それに悪魔ってのは、俺たちのことだろ?」
「違いありません」
サンダンスの言葉に男は追従した。
サヴールという巨獣の腹を内側から食い破る悪魔。そのために彼らはここにいるのだ。
「報告は、バイリヴィール周辺から始まって、徐々にナーニワや王都方面に広がっています」
初犯でもない限り盗賊には報奨金が掛かる。最初は極少額だとはいえ、盗賊のリストには載るということだ。
そして、報奨金が掛かっている連中は、そのリストから消えることで討伐されたことが分かる。
脅威ではなくなったと判断されたときや、それを見越して裏から手を回し、賄賂でもみ消すことで、リストから外されることはあるが、それは稀だ。
「せっかく築き上げた盗賊どもの信用を毀損されるのは業腹だな」
「なら、ハニーポットで?」
それを聞いたサンダンスは、口元をゆがめてニヤリと笑うと、杯をテーブルにたたきつけた。
「ちょうど出荷の時期だ。時間的な余裕がないから、場所は〈集積所〉のそばだな。腕っこきを用意しとけ」
「アイサー」
シビノはかしこまってそう返事をすると、すぐに部屋を出て行った。
〈集積所〉は、その名の通り集めた物資を一時保管する場所で、ナーニワのそばの山中に隠されていた。
鹵獲した物資を北へ送るにしても、都度ナーニワ内に持ち込むことは難しい。一旦〈集積所〉に集めてから、一度に港へと送るのだ。多少の鼻薬をかがせて。
しかし、相手の力量がはっきりと分からない以上、今回は自分も出る必要があるだろう。
手を抜いて破滅するのはごめんだ。
そうしてサンダンスは、椅子の背にかけられた袋から一つの武器を取り出し手入れを始めた。
そこには、コロネンの分隊が深淵の森で手に入れたものが、黒光りしながら存在感を振りまいていた。
*8) 罪を奨励
他意はありません。
現代でも裕福な先進国でしか持ち上がらない理想論を前にした、前時代的な価値観の国で育ったヒロインの率直な感想です。
*9) 成り立ち
いずれ明らかにされるでしょう。




