神様はあの子の頑張りをちゃんと見ておいでだったのね
その日の午後、昼食を済ませた後、柔らかな光が差し込む居間にドアノッカーを叩く音が響いた。
小柄でかわいらしいおばあさんが、編み物の手を止めて顔を上げた。
すっかり白くなってはいたが、貴族らしからぬ短く切りそろえられた髪が、若い頃のアクティブさを垣間見せているようだった。
「あら、こんなところに、どなたがいらっしゃったのかしら」
一人だけいる通いの使用人は、どうやら買い物に出ているようだ。
「はいはーい、今出ますよ」
そう独り言を言いながら玄関の扉を開けると、そこには壮年の執事然とした長身の男に率いられた五人の男女が立っていた。
「あら、どちらさま?」
その言葉に頭を下げながら、執事然とした男が言った。
「我々は奥様の身の回りのお世話仰せつかった者です」
「世話? どちらかとお間違えでは。ここはテックフォードですよ」
「いえ、マリア様のお世話をするようにと、アリシア様から言いつかっております」
「まあ!? アリシアが?」
ヴォイドが亡くなって、彼女への仕送りを打診したときにも平気だと言っていたが、アリシアはとても我慢強く無理をする性格だ。
本当に大丈夫かしらと心配していたところに、使用人を送ってくるなんて。
「こんなところではなんですから、どうぞお入りになって」
にこやかにそう言うマリアに、彼らは、何の証明もしていないのにそんなに無防備でいいのかと内心驚いていた。
❖ ◆ ❖
「それでは改めまして。私はエドワード、家令や執事を申し使っております」
「まあまあ。マリアよ、よろしくね」
四十代半ばくらいの長身で、アッシュグレイの髪を少しこぼれ毛を作ったオールバックの男を見て、マリアは、ヴォイドとよく似た髪色ねと昔を懐かしんでいた。
けれども残念なお知らせがある。
「わざわざいらっしゃって貰ったのに申し訳ないんだけれど、恥ずかしながら、うちには使用人を雇う余裕なんてないのよ」
「ご心配は不要です。こちらを」
そういってエドワードが取り出したのは、フォーディーが代筆したアリシアからの手紙だった。もちろんアリシアの筆跡だ。
それを手に取って、読み始めたマリアは「まあ」と思わず声を上げた。
要約すると、アリシアがヴォイドの友人の遺産を相続したという報告だった。
彼は、海洋国家群の出身で、南方諸国との貿易を生業にしている人物だった。
いまでも事業は継続していて、そこから上がる利益で、自分の生活もグレナフィオーラの維持も十分できる余裕があるらしい。
公証人が訪ねてきたときはびっくりしたけれど、おじいさまは有名人だったから間違いようがなく、相続にまつわるトラブルもなかったと綴られていた。
「まあまあ。なんてこと」
ヴォイドがどこの出身なのかは、最後まで分からなかったし、そんな友人がいたという話も聞いたことがなかったけれど、あの人はいい人だったから、きっとどこかで誰かを助けたに違いないと彼女は確信していた。
「ほんとに、あの人ったら……」
少ししんみりとしたマリアの気持ちが落ち着くまで、少し間を開けてから、エドワードが言った。
「こちらの女性がサラです。マリア様の侍女になる予定です」
百六十五センチくらいだろうか。女性にしてはやや背の高い、芸術家の手で作られたかのような美貌を持った女性が、首筋程度の長さの濃いめの茶色の髪をさらりと垂らしながら美しい所作で頭を下げた。
「実質はオールワークのようなものですが、よろしくお願いいたします」
「助かるわ。今通いの人が一人いるのだけれど、もうずいぶん高齢で。そろそろ暇を乞われる時期だったの」
「後はお任せ下さい」
どうにか彼女にも年金をお支払いできるわねと、嬉しそうにしているマリアに、エドワードが続けた。
「こちらの大柄な男は、ジルベルト。庭師兼御者兼下男といったところでしょうか」
「要するに力仕事のなんでも屋です。お見知りおきを」
百九十センチ近くありそうな筋肉質の男を見上げながら、マリアはその憎めない態度に笑顔を見せて頷いた。
「残りの二人は、マーシャルとトマス。一応護衛ですが、ジルベルトと同じように扱っていただければ」
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしますね」
ヴォイドが建てたこの家には、もともと使用人の部屋もある。
館を建てたとき、ヴォイドの、「一緒に住んでりゃみんな家族だろ」の一言で、屋根裏部屋ではなく西のウィングの二階に、家族の部屋よりも少し狭いとはいえ使用人用の立派な個室が作られたのだ。
ちなみに領主一族の居室は東のウィングにある。アリシアは、二階のまっすぐな廊下を走り回って、使用人たちと仲良く遊んでいたのだ。
紹介が終わり、部屋割りをエドワードに任せたマリアは、そのまま途中で放り出していた編み物を取り上げて、五人が上がっていった階段を見上げながら、「神様はあの子の頑張りをちゃんと見ておいでだったのね」と呟いた。
今夜手紙を書こうと心に誓いながら。
❖ ◆ ❖
「こちらホモイドM・1 エドワード。ホモイドF・1 サラおよび、ホモイドM・3、4、5のジルベルト、マーシャル、トマスも、無事マリア様の屋敷に受け入れられました」
部屋割りを済ませたエドワードは、自分の部屋で窓の外を見ながらこめかみに手をやり、誰かと話していた。
「エドワード。やるべきことは分かっていますね」
「マリア様の安全を確保することを第一義に、快適に過ごしていただけることを心がけます」
「結構。マリア様は館周辺に広がっている花畑をことのほか大切にしていると伺っていますから、周囲の環境デザインはその保持を優先してください」
「アファーマティブ」
「当面の物資は、サラに預けてありますから、それを使ってください。地下道の接続は九十二時間後、以降はそれを利用して輸送します」
「承知しました」
❖ ◆ ❖
「マリア様、お茶はいかがですか?」
「え? ああ、そうね。いただこうかしら」
サラは、見たことのないワゴンに、見たことのない茶器を載せて、見たことのない入れ物の茶葉を使って、お茶を入れていた。
「それは?」
「アリシア様からお預かりしたものです」
「そんなところまで気を遣わなくてもいいのに」
「マリア様が、快適に過ごせるようにとお心を砕いていらっしゃいましたよ」
「まあ、あんなに小さかった子が、立派になったものね」
マリアはしみじみとそう語った。
最初は驚いたものだが、こうしていると、なんだかヴォイドがいた頃の雰囲気が戻ってきたような気がして、少し弾むような気持ちを感じた。
「元気にしているといいけど……」
サラは、「それはもう、お元気でしたよ」とにこやかに答えた。




