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テックフォードの遺産  作者: 之 貫紀
第2章 FOURTEEN FRANTIC DAYS

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そこはお知らせしない方向で

「ふわー」


 大きなあくびをしながら、アリシアは居室から馬車へと出て、ドアを小さく開けて、幌を避けながら馬車の後ろへと降り立った。

 もうすぐ門が空く時間だ。セイランは計算通りこの時間にバイリヴィールに到着するように走ったのだろう。

 

「それにしても、昨日は散々だったわね」

 

 昨日、最初に行ったコーチメーカーでは、けんもほろろに断られた。

 仕方なく、その後いくつかのメーカーを回ってみたが、どこも同じような対応だった。

 

 箱馬車は注文生産だから、自社製馬車の修理ならともかく、突然訪ねたところで雑にあしらわれても仕方がない。とはいえ、さすがに大声で怒鳴られ続けれるのはこたえた。

 最後は結局、ウェインライト(荷馬車工房)で幌部分だけ購入して、シャーリーと二人、フォーディーの指示とドローンの協力でなんとか取り付け終えたのだが、終わってみればほとんど深夜に近い時間だった。

 

「しかも、こんなにしょぼい幌なのに、金貨24枚って……」

 

 馬車の後ろから不格好な幌を見ながら、アリシアは肩を落とした。

 荷馬車だって、普通は注文生産なのだから。いきなりやって来て、なんでもいいから幌をくれなんて要求を聞いてくれただけでも御の字といえば御の字だ。

 だが、懐の軽さを考えれば肩も落ちるというものだ。


「お目覚めですか、アリシア様」

「え?」


 前方から声をかけられ驚いた彼女は、慌てて馬車を回り込んだ。するとそこには、身代わり君の代わりに見知らぬ男が座っていた。

 全身黒づくめで立てた襟に深く顔を埋め、黒のディアストーカーハットを目深にかぶって目だけを出している、控えめに言っても怪しげな男だった。


「だ、誰!?」


 その言葉に呼応するように、ゴーグルの中にメッセージが表示された。


〔 ホモイドM・2 ジェームズとリンクしました 〕


「へ? ホモイド?」


〔 マスター・アリシアを確認しました。以降は彼女の指揮下に入ります 〕


「ま、まさか――」

「始めましてアリシア様。上から失礼。私はジェームズ・セルビー、御者です。ジェームズとお呼びください」


 そう言って彼は御者台に座ったまま、軽く帽子の縁に手を当てて挨拶をした。


「フォーディー!」

「なんでしょう、アリシア様」

「一応聞いておくけど、ホモイドって何?」

「エクウソイドと同様、人のようなものという意味で付けられた名称です」

「ひ、人のようなものって……じゃあ、彼もセイランと同じで、ゴーレムのようなものだってこと?」

「アファーマティブ。丁度三十六時間で派遣しましたが、深夜だったため、御者として馬車に座らせておきました」


 それを聞いて、アリシアは先日御者が必要かと訊かれた話を思い出した。

 そうして再び御者台に座る男を見た。それは、どこからどう見ても人間に見えた。服装は怪しいことこの上なかったが。

 

 もっともセイランだってどこからどう見ても馬だ。異常に立派だというだけで。それなら人が作れても――いや、やっぱりおかしいな。

 

 もはや何が何だか分からない。馬までは許容したが、人間?

 人じゃない人間を作る? そんなことが――

 

 できるのかと考えたところで、よく考えてみればフォーディーのやることはどれをとっても、「そんなことできるわけないだろ」と言うべきものばかりだ。

 いまさら人にそっくりのゴーレムが出て来たところで、はあそうですかとしか言い様がない。

 

 おちついて、アリシア。現実を受け入れるのよ。

 彼女は自分にそう言い聞かせて、大きく息を吸い込み、静かにそれを吐き出した。


「だけど、三十六時間って……あのコンテナからここまで、そんなに短時間で運ぶ方法があるわけ?」


 軍の行軍で二週間。馬はローテーションで使ったことを考えると、距離に直せばざっと七百キロと言ったところだろう。

 そんな距離を三十六時間?


「移動時間だけでしたら、空輸すれば、ほぼ一時間と言ったところです」

「一時間!? 空輸って、空を飛ぶってこと?」

「アファーマティブ。大気中を飛行するシステムの場合、概ねそのくらいの速度が、最もコストと速度のバランスが優れていますが、必要でしたら、もっと早く移動することも可能です」

「そ、それって、私も移動できるってこと?」

「深夜、人気の無い広い場所があれば、垂直離着陸機でお迎えに上がれます」

「そうかぁ……」


 垂直離着陸機がなんなのかはさっぱりだが、フォーディーができるというなら帰ろうと思えばいつでも帰れるわけだ。

 ただし、誰かに見られたりしたら、それこそ大騒ぎになるだろう。グレナフィオーラ側なら問題にならないだろうが、都市部周辺では……深夜にこっそり移動すれば大丈夫かな?


「待って。M・2? なら、1があるの? もしかしてフォーディーってこと?」

「ネガティブ。M・1エドワードは、現在マリア様の元に派遣されています」

「は? おばあさまのところ? どうして!?」


 突然のことに、アリシアは驚いた。

 誰ともしれない人間が――人間じゃないのだけれど――突然訪れたりしたらマリアも驚くだろう。


「マリアはヴォイドの配偶者ですから連邦市民と見なされます。したがって、銀河連邦宇宙憲章に基づき、最低限度の文化的な生活を営むために必要なコストは援助の対象です」

「ええ!? じゃあ孫の私もそうじゃない!」

「連邦市民と見なすこともできますが、特別な教育にかかる費用は最低限度とは認められませんし、そもそもまだ現地の通貨を確保していません」

「何、その融通の利かなさ!」


 本物と寸分違わない貨幣を造ることも可能だが、それは違法だ。

 文化を維持している知的生命体との接触の場合、現地通貨は文化的な交流を元に、手に入れる必要があるのだ。


 とにかくフォーディーは、マリアの面倒を見るために人員を派遣したらしかった。

 それを人員と呼んでいいのかどうかは難しい問題なのだが。


「状況は分かったけど、どうやって屋敷に入り込むつもり? こう言っちゃなんだけど、無理に押しかけたところで、うちにそんな人員を雇う余裕はないから断られるだけよ」


 無償で働きますというのは怪しすぎる。ただより高いものはないのだ。


「そこでご相談なのですが――」


 フォーディーは、アリシアに手紙を書いてもらえないかと言い出した。


「アリシアの文字は学習してありますから、許可さえいただければ、こちらで作成することも可能です」

「ええ!? それって、私そっくりのサインが書けるってこと!?」

「アファーマティブ。ですが、許可を得て主人の代わりに手紙を書くのは秘書の仕事では?」

「ええ? そうなの? そうなのかなぁ……」


 許可を得て書けるということは、許可を得なくても書けるということなのだが、あのお堅いフォーディーがそんなことをするとは思えない。

 まあ、許可を得るならいいかと、心に棚を作ったアリシアは、彼に尋ねた。


「で、内容は?」

「アリシアが派遣したというのと、ロイ――ヴォイドに、昔、大恩のある友人が成功して派遣したというのと、どちらがお好みです?」

「私が派遣するには無理があるし、おじいさまは有名人だからなぁ……今になってその友人が現れるのは少しおかしくない?」

「では、昔ヴォイドの世話になった友人が、彼に遺産を残した、というのはどうでしょう? そして遺言で――遺言ってありますか?」

「あるよ」

「では、遺言で、彼が死んでいればその子孫に渡すよう指示されていたということで」

「うーん……」


 その友人が人ではないという事実に目をつぶるなら、それは概ね本当のことだ。


「銀河連邦云々って話はどうするの?」

「そこはアリシアにお任せしますが、それを知る人間が増えるほど秘密は守りづらくなるでしょう」


 おじいさまが外宇宙からやって来た宇宙人だったなんて話をしたら、おばあさまはひっくり返る――いや、あの人なら「あらまあ」と言って笑うだけかもしれないが。

 だけどそれが知られたりしたら、私は宇宙人の子孫だから……実験動物みたいに扱われたりするかも!?


「そこはお知らせしない方向で」

「アファーマティブ。アリシアとシャーリー以外の人間には開示しないという原則を新設します。この国に相続税の概念はありますか?」

「相続税? 貴族の当主の持ち物は、当主が代わってもそのままね」


 個人ではなく家を主体として考えているからだろうか、財産は当主の持ち物であり、当主が代わっても相続は発生していないということなのかもしれない。

 賄賂や挨拶といった金はかかるのだろうが。

 

 いずれにしても相続税がないのだとしたら、アリシアへの相続はこの国でも合法だ。


「では、相続人のいなかったヴォイドの友人が、ヴォイドの子孫に遺産を残したというカバーストーリーで話を進めます」

「カバーじゃないんだけどね」

「嘘は大部分が真実だからこそ輝くものですよ」

「フォーディーらしくない台詞ね」

「嘘も方便と言いますし、嘘が直接罪になるという法はありません」


 もしもそんな法があったとしたら、世界は犯罪者であふれることになるだろう。


「とにかく、おばあさまへの件は任せる」

「承知しました」


 こうして、アリシアは、ヴォイドの知り合いの遺産を相続したことになった。

 もっともほとんどは事実だったのだが。


ふわー多いな……(2回)

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