悪の芽は摘んでおかなきゃいけないと思わない?
馬車でなくても、日が落ちてから街の外を移動する者はほとんどいない。そもそも街灯などないので、真っ暗になってしまうからだ。
だが、今宵は満月にもほど近い十三夜(*6)。月影はさやかに、街道を蒼く浮かび上がらせていた。
しばらく街道を進んだところでアリシアが取り出したのは、寮で使っていた布団を丸めて作った「身代わりくん」だ。頭にかぶっている木のおけがキュートポイントだ。
「どうせ夜だし、もしも誰かとすれ違っても、何かが座ってれば御者だと思ってくれるよね!」
身代わりくんを御者席に固定した二人は、移動をセイランに任せて、居室へと引っ込んだ。
現在馬車は、バイリヴィールのずっと西にある商業都市ナーニワへと続く街道をゆっくりと進んでいた。
路肩に停まっていると、誰かが通ったとき、何かあったのかと調べられる恐れがあったから移動するしかなかったのだ。
途中にはいくつもの宿場町がある街道だが、とにかく次の街との間を行き来していれば朝までは大丈夫だろうとアリシアは考えていた。
「アリシア」
「フォーディー? どうしたの?」
「御者は必要ですか?」
「そりゃまあ、御者がいないとおかしいしね」
「では、三十六時間後に手配します」
「三十六時間後? 手配?」
フォーディーにこちらの知り合いがいるとは思えない。あのコンテナの中に人がいたということだろうか?
そうでなければ、一体どうやって?
「一体、どうやっ――」
「マスター、八百メートル――いえ、メテル先で何かが待ち構えています」
アリシアがフォーディーに話を訊こうとしたとき、セイランからの報告が割り込んだ。
「何か? もしかして魔物?」
「いえ、どうやらヒトのようです」
その言葉と同時に、まるで昼間のような映像が空間に投影された。どうやら彼女たちにくっついているドローンからの映像のようだ。
そこには、バラバラの装備を身に付けた十数人の男たちが、何かと戦っているわけでもなく街道の両側に潜んでいた。
「お嬢様、これって……」
「どう見たって盗賊だよね」
夜中の街道を護衛もなく単独で走る馬車。うん、襲ってと言わんばかりだ。
だけど、そんな馬車はほとんどいない。そんなレアな獲物を求めてわざわざ夜中まで仕事をしているのだろうか。盗賊って暇なの?と、アリシアは内心首をかしげた。
「どうします?」
「どうって……」
そのときアリシアの脳裏に、一つの考えが閃光のように浮かび上がった。
これって、チャンスなのでは?
「シャーリー!」
「はい?」
「学院生として、悪の芽は摘んでおかなきゃいけないと思わない?」
「お嬢様?」
「降りかかってくる火の粉は払わなきゃならないし、それに――」
賊の討伐は、冒険者への依頼だったり、その賊に対して報奨金が掛かっていた場合は金にもなるが、そうでなければ治安協力金としてわずかな額が支払われるのがせいぜいだ。
だがそれではあまりに旨みがない。そのせいで討伐する者がいなくなることを避けるため、各種ギルドと国家の間で一つのルールが策定されていた。
「――盗賊たちの持ち物は、討伐した者の所有になるのよ!」
「お嬢様……」
本音だだ漏れのアリシアに、シャーリーは残念な子を見るような目になったが、相手は魔物と違って人間だ。
アリシアが人間を害したことはないはずだ。シャーリーはその点が心配だった。
「フォーディー、あいつらをどうにかできる?」
「アリシア、銀河連邦宇宙軍法の緊急事態条項203-0101では――」
「現地生命体の虐殺は禁止」
「――そうです」
アリシアは、フォーディーにとって、私たちも緑の子鬼たちも一緒なのねと少しおかしくなった。
「フォーディー、これは戦争よ。あなたにもその概念はあるのでしょう?」
軍があるのだ。戦争がないはずがない。
「アファーマティブ。戦争は外交の一手段です。残念ながら銀河連邦にも戦争や紛争は存在します」
彼女は、我が意を得たりとばかりに頷いた。
「しかも私たちは先制攻撃を受けそうよ」
そう言って、武装した適性勢力が道路の両側で待ち伏せしている様子を示しながら続けた。
「銀河なんちゃら法の条項には、左の耳を切り取られたら右の耳も差し出せって書いてあるわけ?」
「ネガティブ。我々の生命財産に対する脅威になる場合は例外的な措置が許されています」
「ならいいんじゃない?」
「ネガティブ。彼らは現時点で脅威とは見なされません」
ああ、十数人の賊が襲ってきたところで、この馬車もセイランも小揺るぎもしないってことか。
それはそれで安心なのだけれど、今はそれでは困るのだ。
しかし、頭固いなぁ。
「お嬢様。ここは私が」
シャーリーが大杖――レーザーブラスター――を二丁取り出しながら、心なしか嬉しそうに言った。
大丈夫かな。おじいさまに憧れていたと言っていたけれど、ちょっと戦闘狂っぽくない?
「このまま突っ切って逃げることをお勧めします」
「バカねフォーディー」
アリシアも自分のレーザーブラスターを手に取ると、彼を諭すように言った。
「――ここはそういう世界なのよ」
実は単にお金目当てだったのだが、アリシアの言葉のせいでフォーディーの回路は熱くなるほど思考を繰り返していた。
様々な星の、様々な国家の歴史をひもとけば、古い時代には自分の身を自分で守らなければならない時代は当然あった。
国家の暴力装置が適切に配置された、成熟した社会になる前の時代は大抵がそうだ。
そこに生きる人々が自衛を行うことは適法だし、その判断や行動にフォーディーたちが割り込むことは禁止されていた。
社会が成熟して、科学がある程度発展するまで、銀河連邦は基本的に見守ることしか許されていないのだ。
だがその装備そのものが、その社会に生きる人の所有になった場合は?
本来なら起こりえない事態だ、緊急事態条項999がなければ。つまり前例がないのだ。
フォーディーは自分の中に刻まれているルールの複雑な優先順位を整理してみたが、不必要に大規模かつ直接的な攻撃を要求されない限り、所有者の意思が優先されることは間違いない。
そしてそのサポートや安全の確保は、本人の意思に反しない限り最優先事項だった。だから自殺をすることはできる。それは人間の権利だからだ。
他に誰もいない場所で、何十年も一人きりで生きる。ただ生きるために生きることに耐えられないこともあるだろう。緊急事態条項999が発動されるということは、本来そういうことなのだ。
それでも都市にミサイルを撃ち込んで丸ごと破壊するような行為は、おそらく拒否できるだろう。
だが、所有者が自分自身で、自分の機能を使って都市を丸ごと焼き払おうとしたとき、果たしてそれを止められるだろうか。
どこまでが大規模で、どこまでが不必要なのか。
法は一般的に、こういった曖昧な要件に対しては、『社会通念に照らして判断』することで対処している。だが、社会自体が一般的ではなかったとしたら?
銀河連邦が十分に成熟していない科学や文化を持った社会と直接的に接触することを禁じているのは、そういった事態を避けるためでもある。
だが、緊急事態条項999は、その壁をたやすく乗り越えてしまっていた。
彼は微妙な条件設定によって結論が変わる、非常に線引きの難しい問題に直面していた。
「仕方がありません。できればこちらをご利用ください」
そう言って壁の一部が開くと、そこには大杖とは違う、もっと短い武器が置かれていた。
そう、彼は自分の能力を十全に発揮できるハードウェアが稼働するまで結論を先送りした。つまり日和ったのだ。
❖ ◆ ❖
「おいおい、何かの間違いかと思ったら、本当に馬車だぜ」
「今夜は月が明るいとはいえ、カンテラも見えませんぜ。御者はハイトみたいに夜目が効くのかもしれないが、馬はどうなんです? あれ」
「相当訓練されてるな。よく見えていなくても御者の手綱に従って走ってるんだろう」
「そりゃ凄い」
基本的に馬は夜目が利くが、限度というものがある。
明かりのない街道を進むなんてことはなかなか難しい。なにしろ街道は舗装されているわけではないし、何かに足を取られれば簡単に骨折してしまうだろう。
「それに、こんな夜更けに走っている馬車だ。人目に付きたくない何かを運んでるってことじゃないか?」
「違いない」
「護衛は?」
頭のような男が、傍らにいる背の高い男に問いかけた。どうやらこの男がハイトで、夜目が効く系統のスキルを持っているようだった。
彼は馬車の方を見て頭を振った。
「見る限りじゃ護衛らしい人影はありません。馬車の中は判りませんが、一頭立ての馬車ですのでぎっしり詰め込まれていたって大したことはないでしょう。しっかし、すげぇ馬ですぜ、あれは」
「よし、馬は鹵獲する。狙いは御者だ。おい」
「へい」
そう言って、背の高い夜目が効く男は、なかなか立派な弓を取り出し、矢をつがえてそれを引き絞った。
「やれ」
男の合図とともにひょうと放たれた矢は、コーンという甲高い音を立てて、御者らしきものの頭の辺りに突き刺さった。
すると馬の歩みが遅くなり、やがて馬車は停止した。
「よし、行くぞ!」
男たちは、月の光で明るい街道を、シルエットになっている馬車に向かって走り出した。
近づいてみれば、落ち着いた立派な体躯の馬が目に入る。こいつを売るだけでも結構な収入になるだろう。
そしてこんな馬を所有している連中が、夜中にこっそりと運んでいるものはといえば――
彼らは莫大な臨時収入に思いをはせて、舌なめずりしながら近づいた。
「なかなかいい腕ですね」
鈴の音のようなその声は、今まさに襲いかかろうとしていた馬車の頭上から降ってきた。
「な、なんだ?」
慌てて声のした方を見上げれば、大きな月を遮るようにして、まるで十字架が馬車の上に屹立しているかのようなシルエットが浮かび上がった。
頭につけたカチューシャの縁にあるレースが月の光に透けて、まるで光輪のように見える。
吹いてきた一陣の風に、ロングスカートの影が踊るように舞った。
「卑しき盗賊に身をやつした獣どもよ。その矮小なる魂が惜しければ、その場に跪きなさい」
「なんだと!?」
涼しげな声はどう聞いても女のものだ。頭飾りやロングのスカートらしいシルエットを見る限り、馬車に乗っていたメイドか何かだろう。
しかも現れたのはたった一人。それが言うに事欠いて跪け?
「シャーリーったら、ノリノリだなぁ……」
馬車の中にいたアリシアは、ゴーグルに映るドローンからの映像でその様子を苦笑しながら見ていた。
こんなことに目覚めちゃったら、彼女の旦那になる男は大変だろうなーなどと、どうでもいいことを考えながら。
「ふ、ふざけるな! 相手は一人だ! やっちまえ!!」
その言葉を待っていたかのように放たれた矢が、正確にシャーリーの頭をめがけて飛び――
「はっ?」
その矢を放った夜目の利くハイトが、変な声を上げた。
矢は彼女の頭部を正確に捉えたはずだ。だが、それはそのまま力なく地面へと落ちていった。
その瞬間、屋根の上の女の口元がゆがんだかと思うと、瞬く間に先頭にいた二人の男が倒れ伏した。
「な!? 何を転んで――」
「二つ」
そう言った女は、月夜に飛んで、泡を食っている彼らの後ろにふわりと舞い降りた。
彼女のはいているブーツは、フォーディー提供の特別製だ。
「三つ、四つ、五つ、六つ」
盗賊の頭は、何もできずに、倒れていく仲間たちを見ていた。
彼女が振り回す腕の先から、チカチカと何かの光が瞬く度に、一人、また一人と仲間が倒れていく。
こいつはバイリヴィールの魔法使いか? いや、そんなもんじゃねぇ。
男は何度も魔法使いの戦いを見たことがあったが、この女は詠唱もせず、何かを飛ばすわけでもない。ただ腕の先が瞬くだけだ。
間違いない。こいつは月の光に誘われた悪魔が、地獄から馬車に乗って地上へと現れたに違いない。
「七つ、八つ、九つ――十」
その言葉で、となりに立っていたハイトが倒れ、弓を手放した。
それを見て、残りの六人はてんでバラバラな方向へ逃げ出した。
「あらあら」
そう言って笑ったその女は、腕の先を六回瞬かせ、そうして逃げ出した六人は全員が倒れ伏した。
「お、お前……いや、あなた様は一体……」
「私たちのことはいいのよ」
突然聞こえた別の声に頭が振り返ると、そこには成人前のように見える少女が立っていた。
「ここでその生涯に幕を下ろすか、ため込んだ財貨を吐き出すか。好きな方を選びなさい」
にっこりと笑うアリシアを見て、シャーリーは「お嬢様、それではどちらが盗賊か分かりません」と、内心ため息をつきながら倒れた盗賊を縛り始めた。
非殺傷系の武器で捕らえるだけならフォーディーが実行しても良かったようなものだが、馬車やドローンに非殺傷系の武器は搭載されていなかった。
経験を積んだのが深淵の森では仕方がない。
そこで彼は、非殺傷に設定できる暴徒鎮圧用のショックブラスターを持ち出した。
相手が普通の人間なら、それで十分制圧が可能だし、盗賊は生きていた方が価値が高いという点で、アリシアとフォーディーの利害が一致した、のだが――
「聞いてよシャーリー」
「どうしました?」
襲ってきた連中はアジトを持っていなかった。
以前のアジトから、新しい獲物を求めて移動してきたところで、まだアジトを作る前だったのだ。
今回の連中は、前のアジトを引き払い、新しい獲物を狙える場所を探して移動してきたところへ、深夜に走る馬車を見つけて行きがけの駄賃とばかりに襲ってきたようだ。
どうりで誰かが通るとは思えない時間に街道にいたわけだ。
「でもほら、見て見てシャーリー!」
居室では、盗賊連中から巻き上げた金貨を並べてアリシアがはしゃいでいた。
彼らが所持していたお金を巻き上げた結果、金貨で二十七枚になったのだ。
「なんだか、いけそうな気がしてきたわ!」
「お嬢様……」
「だって、たった一日で二万四千リブレよ? 十四日で十万五千リブレなら――楽勝じゃない!」
盗賊狩りを行っている冒険者は確かにいる。
大抵は護衛任務が専門なのだが、隠れて護衛することで盗賊をおびき寄せ、それを退治するわけだ。
だがこれを成立させるためには、一つの大きな問題があった。
「お嬢様……それには盗賊が必要です」
盗賊はそれなりにいる。だが、どこで活動しているかは様々だ。
サヴール王国の国土は広大だ。発生率は商業都市ナーニワに至る道が高そうだが、それにしたってどこで襲われるのかは分からない。
それが分かっているのなら、誰も盗賊に襲われたりはしないのだ。そこを避ければいいだけなのだから。
「盗賊の出現場所かぁ……」
今日は幸運?にも向こうから襲ってきてくれたが、たとえ最高の餌をつけて投げ込んだところで、魚がいなければ何も釣れるはずがない。
「フォーディー、そういうのって分からない?」
「山の中にいる人を発見することはできますが、それが盗賊かどうかを判定することは困難です」
隊商を襲っているというのならともかく、それが盗賊かどうかを判断するのは難しい。
仮に悪意を抱いていようと、怪しいと言うだけでぶん殴れば、逆にこちらがお縄になってしまいかねない。
「最も正確なのは、盗賊の情報を持っている組織に聞くことでしょう」
「うーん……」
盗賊が出現した最新情報を持っているのは、討伐依頼が出る冒険者ギルドか、襲われた情報が集まる商業ギルドか、そうでなければ警備を担う軍部だろう。
都市部を守る衛兵隊もいるが、広範囲の街道を警備しているわけではない。
「コロネン少尉に借りを作るのはなぁ……」
その中で知り合いといえば、コロネン少尉しかいない。ネームカードも貰ったし、連絡をつけることはできるだろう。
だが、召集されることが決まっている以上、大きな借りがあると余計なことまでやらされかねない。できれば関係はイーブンにしておきたい。
「どうせ商業ギルドには話を聞きに行かなければなりませんし、この際、将来のために加入しておくというのはいかがでしょう?」
ギルドで情報を得るには、ギルド会員になる必要がある。それにはお金が必要だ。ことに商業ギルドとなると保証金も必要になるだろう。
だが、手元には盗賊から巻き上げた金貨二十七枚がある。何かを販売するためにも、商業ギルドの会員になっておくのは悪くない選択だ。
詳しくは知らなかったが、最下級の会員ならそれほどお金もかからないはずだ。
「そうね。そうと決まれば、もう寝ましょう」
セイランには、朝方バイリヴィールへ到着する速度で歩くよう指示をして、アリシアはシャーリーと別れてベッドへと潜り込んだ。
盗賊たちは馬車の後ろに鈴なりに繋いで歩かせている。
フォーディーの用意したロープは、仮にナイフを隠し持っていたとしても、とても切れそうになかったし、放っておいても大丈夫だろう。
途中でこけたものは容赦なく引きずられるだろうが、セイランにしてみれば、その程度の負荷はないも同然だ。
もっとも、外から見れば鬼の所業に見えるだろう。御者席に、頭から矢を生やした男が座っているならなおさらだ。
フォーディーの用意してくれたベッドは、寮で使っていたものとは比べものにならないくらいふかふかで、彼女たちはすぐに夢の世界へと旅立っていった。
*6) 十三夜
一般に惑星の自転と衛星の公転周期には目立った相関がない。
だからこの星の衛星の公転周期が月と似ているのは偶然だ。だって、大きく違うと説明が複雑になるんだもん。
なお海がある惑星の自転周期<<衛星の公転周期の場合、最終的には惑星の自転周囲=衛星の公転周期で安定するが、何十億年も先の話だろう。




