捕らぬ狸の……
「ふんふんふーん♪」
実習が終わりバイリヴィールに帰ってきた翌日。魔法学院は今日の午後から学期終わりの長期休暇に入ることになっていた。いわゆる冬休みというやつだ。
その日のアリシアは、広いとはお世辞にも言えない学院の寮で、椅子に腰掛け組んだ足をお行儀悪くぶらぶらさせながら鼻歌を歌っていた。
「ご機嫌ですね、お嬢様」
「そりゃあね!」
今日はコロネン少尉がこないだの報償を持ってきてくれる日だ。アリシアの手にあるのは彼が送ってきた先触れの手紙だった。
そこには今回の実習で活躍した者への報償を渡すために、本日午後お邪魔するという旨が書かれていた。
「男性と部屋で待ち合わせとは、お嬢様もやりますね」
「ちょっと! それじゃまるで私とコロネン少尉の間に何かあるみたいじゃない!」
「狭い馬車の中で腰を抱かれる程度の仲だということは存じております」
「誤解されまくりそうな発言はやめてくれない?」
シャーリーは、ジト目で向けられたアリシアの視線を笑いながらやり過ごした。
「学費の納入期限は休暇明けでしたから。間に合って良かったですね」
「ほんとにねー。いくらゴブリン系列とはいえ上位種もいたし、倒した数だって千はくだらないでしょ?」
それを質問だと思ったのか、フォーディーが答えた。
「あの場で処理した適性生物の数は、二千百六十三です」
あれから約七十二時間が経過したころ、突然彼の声がふたりに届いた。どうやら、最初の衛星とやらが打ち上げられたらしい。
そのときは、準天頂衛星がどうとか、まだ個数が足りないとかよく分からない理由で、フォーディは一日のうちの限られた時間しかアリシアたちとリンクできなかったが、今では一日の大部分でリンクが確立しているようだった。
「二千百六十三! もうウハウハね!」
ゴブリンの魔石は一つで銀貨一枚程度だが、あそこにはかなりの数のオークがいたし、上位種だってゴロゴロいた。そして極めつけはユニーク固体だ。
オークなら十倍、上位種なら五十倍、ユニーク固体なら五百倍超だっておかしくないし、上は青天井だ。五百万や一千万リブレ程度は見込めるだろう。百五万リブレなど楽々支払ってもらえる――はずだ。
「お嬢様、そのような表現は――」
シャーリーが苦言を呈しかけたとき、部屋にノックの音が響いて、寮監のミス・デイジーが客を連れてやってきた。
ミス・デイジーはアリシアと部屋の様子を見て不思議そうな顔をしたが、アリシアが何かを言う前に下がっていった。
「やあ、テックフォード候補生。元気にしていたか?」
「はい。コロネン少尉もお元気そう――あんまりお元気そうじゃありませんね」
デイジーに案内されてきた彼は、非常に疲れているように見えた。
あまりよく寝ていないのか、目の下にしっかりとクマができていた。
「どっかのお嬢様のせいでな。常識外の事態の後始末が大変なんだよ」
アリシアはその言い草に内心苦笑しながら、彼に椅子を勧めた。
「早速だが、こいつを渡しておこう」
勧められた椅子に座るやいなや、彼は懐から皮の袋を取り出して机の上に置いた。
「今回の討伐の報奨金だ」
袋の状態を見る限り、中身はあまり期待できそうになかった。
もっとも全財産が銀貨八枚と少し――今ではもっと減っている――だったアリシアにとっては、慈雨とも言えるお金だった。
「大きな討伐だったが、君の関与をなしにした結果。学院生には一律の報償が支払われるのみとなった」
「はい」
「一人当たり、金貨三枚だ」
「それはありがたいのですが、あの……学費の件は?」
「それなんだが……」
ビリーは非常に言いにくそうに言葉を濁していたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
彼は意を決したように、「魔石はすべて没収された」と口にした。
「は?」
「どうやらファーレンハイト中尉が、ジンファンデル伯爵に大げさに伝えたらしく――いや、実際は大げさでもなかったんだが――ジンファンデル伯爵はすぐに常備兵を出陣させ、大規模な徴兵を行ったんだそうだ」
「え? だって、数時間しか経っていませんよね?」
ビリーは苦渋を浮かべると、それに頷いた。
報告されている対応は、どう考えても早すぎるからだ。しかし否定する材料もなかった。
「それで、俺の『解決済み』の伝令が届いたときは、すでに大規模な軍が編成され結構な金が使われた後だったらしい」
「つまり?」
「その対価として、軍からジンファンデル伯爵に、残されていた魔石の権利が譲渡されたというわけだ」
「ええ!? じゃあ、魔石の収入は――」
「ゼロだな」
「嘘でしょ!?」
「ジンファンデル伯爵の話はちょっと眉につばを付けなきゃならんが、なにしろ証拠がない」
今回のような事態に素早く対応することは、褒められこそすれ咎められるようなことではない。
もう一度同じことが起こって、同じように素早く対応できるかどうかは分からないが、現状嘘だと断定することはできなかった。
「二千百六十三匹分の魔石がぁ……」
「二千百六十三匹?」
なんでそんな細かい数を知っているとばかりに、彼が眉をひそめた。
「あ、いや……じゃあ、魔石の収入で学費を払うって話は……」
「悪いな」
そう言ってビリーは肩をすくめた。
ジンファンデル伯爵に魔石を譲渡した結果、軍の収入はゼロになった。
約束は「軍が彼女の学費を支払う」ことではなく、「魔石の収入で彼女の学費を支払う」ことだ。収入がゼロなら支払えるはずがない。
「嘘でしょ……」
おそらくこれは、ジンファンデル伯爵にファーレンハイト中尉が勝手に譲り渡したのだろうとコロネンは考えていた。
スナッチ野郎の名は伊達ではないのだ。
もともと領軍を動かして事態を収拾するからには、その際倒した魔物の魔石の所有はジンファンデル伯爵の軍にある。
まさか、魔物たちがすべて討伐されているなどと思いもしなかったファーレンハイト中尉は、最初に、こちらが倒した魔物の魔石もジンファンデル伯爵に譲る話をしたに違いない。
それにしたって、すべてというのは慣例的にも無理がある。こちらにだって働いた者はいるからだ。せいぜい半分といったところだろう。
半分はあのクソ中尉にリベートとして環流した可能性がある。いや、むしろあの男ならそうするだろう。
だが、蓋を開けてみれば討伐は終了していた。
約束は反故になるところだったが、ファーレンハイト中尉がそれを嫌って、軍の編成名目で徴集することをジンファンデル伯爵に耳打ちしたに違いない。
ビリーは目の前でうなだれている女の子を見て、「ま、運が悪かったな」と内心で呟いた。
「そういうわけだ。できるだけ力にはなってやるから、何かあったら連絡してくれ」
そう言って連絡先の書かれたカードを置くと、彼は立ち上がり、シャーリーに見送られて帰って行った。




