第2章 プロローグ
2章の更新時間は 23:20 です!
本日はプロローグがあるから2話。明日からは1話更新です。
コンテナ内にも最低限のエネルギー炉は用意されているが、あくまでも惑星に降下するまでの簡易的なものだし、フォーディーの能力もほとんどコンテナ管理と初期防衛に制限されていた。
降下後の展開プログラムを実行した彼は、開発初期のエネルギー源として原始的なダイレクト・コンバージョン(*1)の核融合発電システムを深淵の森の地下に配置しながら、アリシアたちについて考えていた。
もはや彼女たちの祖先が、銀河連邦の住民であることは明らかだ。
そもそもこの惑星で進化したのだとしたら、銀河連邦の文化との類似性が説明できなかった。
例えば時間だ。
この惑星での時間は銀河標準時間と同じなのだ。通常、惑星で進化したのだとしたら自転の長さに起因する単位になるだろう。
この惑星の自転周期は、銀河標準時間で二十五・八五七時間だった。そしてアリシアに聞いた暦の情報によると、一日は二十六時間で、一週間に一度二十七時間の日があり、うるう時間は神のために捧げる一時間とされていた。
普通の文明なら、自転周期の1/26などという数値を使うことはほぼあり得ない。高度合成数(*2)が選択されることが数学的な必然だろう。
日付もそうだ。
肉眼で観測できるレベルの惑星が三つしかないにもかかわらず、週は7日で定義され、銀河連邦とよく似た名前がついている。
それに、アリシアの遺伝子をスキャンしたときは気が付かなかったが、その後シャーリーの遺伝子をスキャンしたとき、彼はそこに強烈な違和感を抱いた。
彼女の遺伝子には、微細なものを含め、問題を引き起こす劣性遺伝子が一つも存在していなかったのだ。
それだけならあり得ないほど低確率の偶然ということも考えられるが、アリシアが助けた少女の血液から採取した遺伝子も同じだった。
つまりこの星の人間の遺伝子は、ほぼ間違いなく意図的にデザインされているということだ。
フォーディーは、遙か昔、この場所に遭難した客船だか移民船だかのAIが自分だったらどうするだろうと考えた。
当時の船の規模から考えて、遺伝子プールは極小さなものだっただろう。
推定で500人程度のコロニーだとすると、まず最初に手を付けるのは、近親交配率上昇に伴う近交弱勢(*3)の回避だろう。
医療設備が生きていたのだとしたら、全個体のゲノム解析を行い、潜在的な致死・重症疾患の原因となる有害劣性遺伝子を特定して、受精卵のゲノム編集で正常型に修復したはずだ。
それがシャーリーや、アリシアに助けられた少女の遺伝子に劣性遺伝子がない理由だろう。近親交配が繰り返された結果、致死性の遺伝子がパージされた(*4)結果にしては無理がある。
アリシアの遺伝子がそうでなかったのは、ロイの遺伝子由来の部分に違いない。
自分ならその次に、免疫系遺伝子に人工的な配列多様性を導入するだろう。遺伝的ボトルネックによる免疫多様性の喪失を防ぎ、特定感染症の流行による集団全滅リスクを排除するためだ。
実際彼女たちのそれはバラバラで、人工的な配列多様性を導入しなかったと断言できるものではなかった。
そして魔法だ。
彼女たちの遺伝子のセーフハーバー領域には、プロモーター(転写開始のスイッチ)と正常なコード領域(開始・終止コドンやイントロンの除去構造)が整えられた遺伝子座が多数含まれていた。
そして、偽遺伝子領域にも機能性偽遺伝子を避けながら、同じような構造が見られた。
もしこれが魔法を使える原因だとしたら、この遺伝子のデザインは、ほとんど神業だ。ゼロからこれを行うことはフォーディーにもほとんど不可能だし。遙か昔のAIにそれを成せるとはとても思えなかった。
可能性としては、この惑星にいる魔法を使える生命体の遺伝子を解析して必要な遺伝子を特定、シミュレーションとトライアンドエラーで設計したという所だろう。
それにしたところで、未知の生物の遺伝子を解析して遺伝子座を特定し、それが合成するタンパク質を特定するところまではともかく、その機能を同定するなどという作業は、偉業も偉業、大偉業で、ヒトならそれを執念と呼んだだろう。
銀河連邦の法に影響されているフォーディーは、緊急事態条項203ー0087で義務づけられた未知の惑星の調査に引きずられ、それが彼の基本的な欲求を構成していた。
だかそれを抜きにしても、彼はそのAIと話してみたいと思った。
それがまだ生きているのなら。
*1) ダイレクト・コンバージョン
水蒸気を利用してタービンを回すような機械的工程を行わない発電方式。
核融合時に発生する荷電粒子の運動エネルギーを、直接電気エネルギーとして回収したりする。
身近なところでは太陽電池などがダイレクト・コンバージョンの一例。
*2) 高度合成数
それ未満のどの自然数よりも約数の個数が多い自然数のこと。
具体的には 1, 2, 4, 6, 12, 24, 36, 48, 60, 120, 180, 240, 360, ... が高度合成数で、要するに割れる数字が一杯ある数ってことだ。
*3) 近交弱勢
ヒトにはそれなりの個数の劣性遺伝子が存在している。例えばタンパク質符号化遺伝子だけを例にとっても、致死性の遺伝子
が平均でも数個含まれている。
とある遺伝子座(遺伝子の位置)にある遺伝子がヘテロ結合(ペアになる遺伝子の片方だけが劣性、つまり壊れている)している場合、半分は正常なタンパク質を作り出すため問題が表面化しない(ことが多い)が、近親交配を繰り返すということは、同じ遺伝子座に同じ劣性遺伝子が含まれている個体同士がペアになるということだ。
つまり、Aを正常、aを劣勢とするなら、生まれる子供は、AA Aa aA aa のいずれかの遺伝子を持つことになる。
この遺伝子が致死性ではないものの場合、全体としては世代交代を繰り返す毎に、aa遺伝子(致死性ではない遺伝子異常)の割合が50%に近づいていく。これを近交弱勢と呼ぶ。
*4) パージされた
AA Aa aA aa の劣性遺伝子が致死性の場合、aaは死亡するため子孫を残せず、仮に3か所の遺伝子座にそれがあったとしても、おおよそ10世代も経てば半分以上がが正常ホモ(この場合AA)になり無害な状態になる。
このことを遺伝的パージングと呼ぶ。




