契約
「アリシア・テックフォード候補生、仰せに従い参りました」
「入れ」
天幕へと入って来たその少女ともいえる女性は、候補生としては満点と言える敬礼をした。
ビリー・"アンク"・コロネン少尉は、この少女のどこにあんな真似ができる力があるのだろうと内心首を傾げていた。
「君の成績は見た」
彼はいきなりそう言うと、両手でペンを弄びながらテーブルの上に身を乗り出した。
「あんな真似ができる君が、この成績だというのが信じられん。そもそも学院からの資料によると、君はグレード9までの魔法しか使えないということになっているようだが」
現代の魔法は、その威力や難易度によって10段階に分類されている。
二百年前の偉大な魔法研究者だったランベルトがまとめたことから、正式にはランベルトグレードと呼ばれる分類で、グレード10がもっとも簡単なものを、グレード1がもっとも高威力高難度のものを表している。
大雑把に言えば、グレード10は学院への入学レベルで、初級の攻撃魔法や練度の低い身体強化が使えるレベルだ。9が学院生下位から中位、8が使えれば卒業時の学院生上位陣および職業魔法使いレベルだということになっている。
さらに7が使えるものを上級魔法使い、6が使えるものを魔導士と呼ぶ。以降は5が使えれば高位魔導士、4が使えれば人類最高位の魔導士になれる。
その上には集団で使う戦略級の魔法や、伝説や神話に登場する魔法が並んでいた。
戦闘中、彼女は誰かと話していたようにも見えたが、補助魔法分類とはいえ、念話は最低でもグレード7の、しかも特殊技能に分類されている。
なお、ランベルトグレードは攻撃魔法を基準にしたグレーディングであり、防御魔法はどのグレードの攻撃魔法を防げるのかでグレードが決まるが、相性があるのでやや低めに設定される傾向がある。
補助魔法と回復魔法は、攻撃系の取得難易度に合わせて設定される独自のグレードになるため、他の魔法と直接的なグレードの比較は取得時の参考程度に過ぎない。
彼女が銀星の大杖以外の攻撃に使ったと思われる魔法は、ビリーの目から見る限りグレード4は確実で、下手をすれば3以上でもおかしくはなさそうだった。
「資料が本物だとしたら、とてもじゃないが、あんなことができるようには思えん」
「固有魔法は隠される傾向にありますから」
「それは詳細が、だ。君の資料には、固有魔法の『こ』の字も書かれていない」
アリシアは、何も答えず黙っていた。それは質問ではなかったからだ。
「それに、君の魔力量と結果に大きな齟齬があり過ぎる」
彼はびっしりと何かが書きつけてある机の上の資料を掌で叩いた。
「上位種も含めて、ほとんど一撃で倒している以上、その魔素変換効率をライトニングボルトやファイヤーボルトと比較して計算してみた」
ビリーは探るようにアリシアを見つめて言った。
アリシアは隊長って意外とインテリなのねと失礼なことを考えていた。
「──結果、少なく見積もっても千二百倍以上の効率だったという答えが出た」
だがアリシアはその事実に何の反応も示さなかった。もっとも内心は、まずいことになったなぁと冷や汗をかいていたのだが。
「ボルト系魔法は研究されつくしている。新しい魔法の効率が1.5倍になっただけでも魔法界は大騒ぎになるだろう」
ビリーは手にしたペンを振りながら考え込むようにした後、ぴたりとペンを止めて言った。
「それが千二百倍?」
彼はペンを机の上に放り出すと、処置なしとばかりに手を広げた。
「それも君が全力で魔法を使っていたらという前提で、だ」
一度魔力を枯渇させれば、普通なら回復するのに一晩はかかる。
それがケロッとした様子で目の前に立っていることを考えれば、全力で魔法を行使したとはとても思えなかった。
高性能の魔力回復薬は高価だし、軍は今回それを配布していない。自腹と言っても、テックフォードは、いまや商家どころか平民並みの財力だ。そんなものがほいほい買えるとは思えなかった。
「仮に固有魔法だとしても、あまりに異常だ」
「そう申されましても……」
「それに固有魔法を隠ぺいするのはともかく、実力まで隠そうとする意味が分からん。理由があるのか?」
理由と言われても、アリシアは全力でやってその成績だったのだ。
つまり今回の結果の方が仮初の……仮初?
フォーディーの力は本物だ。そしてそれは今、自分の力でもあるのだ。銀河なんとかのルールに縛られているとはいえ、それは十分以上な力だった。
彼が壊れてしまえば元のモクアーミだが、それを仮初の力とは言えない気もした。ただし調子に乗り過ぎてはいけない。人間というのは足を引っ張り合う生き物なのだ。
「危機に陥り、命の危険を感じたことで、突然覚醒したと言ったら信じてくれますか?」
「覚醒? 突然に?」
ビリーは何を言い出すんだこいつはと内心思ったが、言いたくないなら仕方がない。問題はそこではないからだ。
「……まあいいだろう。実際の問題は報告書なんだ。事実をありのままに書いても?」
「できれば私の関与はなかったことにして頂ければ」
「だがそうすると、この大手柄がうちの隊のものになってしまうんだよ……」
「他人の功績を奪うことに忌避感がおありですか?」
スナッチ野郎の例を挙げるまでもなく、階級社会で他人の功績を横取りすることは多かれ少なかれ行われている。
ビリーにしても、自分がそうするかどうかはともかく、ある程度は仕方のないことだと認識していた。
だが──
「功績だけなら喜んで受け取るよ、給料も増えるしな。だが、軍の功績ってやつには、その後の使われ方って問題がくっついてるんだ」
いかんせん今回の功績は大きすぎた。
千を超える魔物がいた大集落を分隊ひとつで攻略し、しかも損害はゼロなどという話が表に出れば、次に同じような問題が起こったとき、便利に使われる可能性は高い。と、言うより必ずそうなるだろう。人の妬みというやつは恐ろしいのだ。そうしてそれは大抵死を意味することになる。
「はぁ、大変ですね」
「それに嘘の報告書をでっち上げてバレたりしたら、下手すりゃ物理的に首が飛ぶだろ?」
ビリーは舌を出しながら、右手の親指で自分の喉を切って見せた。
だが、嘘の報告書自体をはっきりと断らないところをみると、彼は何かの取引を持ち掛けているのだろうか。
彼女は少し考えてから口を開いた。
「私のことは報告書に書かないという前提で、落としどころがあるなら教えてください」
それはとても学院生とは思えない態度だった。
だが、もしも彼女がやる気になりさえすれば、キャンプの人間を皆殺しにしてから、一人だけ生き残ったという体で近くの街へと駆けこんで、報告書を捏造することだって不可能ではないのだ。
集落にいた、上位種込みで千以上もの魔物を蹂躙した人間に、たかだか百人程度の人間を蹂躙できないと考えるほうがどうかしている。
学院の成績証明と行動の食い違いを見るにつけ、どんな理由があるにしても、それを三年もの間隠し通してきたのだ。彼女が猫をかぶったとき、それに気が付く方が稀だろう。
彼女は不幸な生き残りとして処理されるに違いない。
要するにこいつは学院生の皮を被った化け物なのだ。おそらくは超弩級の。
さすがは銀星の孫娘だと言えるのかもしれないが。
ただし、そう考えた場合、ビリーには今回の行動がまったく理解できなかった。どうして三年間隠し続けた力を、今ここで自分に見せたのだろう?
一つだけ可能性があるとしたら、人一倍ヒューマニティーに富んでいて、他人を見捨てられなかったというものだ。
彼はその一点に賭けることにした。
「俺の部隊にはどういうわけか魔術師が配属されなくってな。こちらの召集要請に応えてくれるなら同意しよう」
「召集?」
「今回の実績で無茶な命令が出されたら助けてくれってことさ」
仕方がなさそうにぶっちゃける隊長を見て、アリシアは内心くすりと笑った。この人は意外とまともなのかもしれない。
考えてみれば、今回だって行方不明になった自分を助けに来ようとしてくれたのだ。少なくとも最低限のルールは守る男なのだろう。
それに、もしかしたらこれで学費が払えるかも──
「取り分は?」
「状況にもよるが、最低二割は保証する」
「五割ください」
アリシアにはお金が必要だった。この際、取れるところから取れるだけ取ろうと、商業都市ナーニワの商人たちのようなことを考えていた。
「おいおい無茶言うなよ、うちにも隊員がいるんだぜ……しょうがねぇなぁ、二割五分で手を打っとけ」
「仕方ありませんね。その代わり今回手に入れた魔石から、来年分の学費を払ってください」
「学費ぃ? ……魔法学院の学費ってそんなに高額だったか?」
ビリーは騎士学校の出身だ。だから、そっちの学費は知っていても魔法学院の学費には詳しくなかった。
「年間金貨百五枚ですね」
「百五……って、お前、仮にも貴族だったんだろ? それが払えない?」
金貨百五枚──百五万リブレは確かに大金だ。
だがそれなりの平民でも月に金貨十五枚は稼ぐし、軍の少尉たる自分なら最低でも月に五十枚は貰っている。いかに子爵家が貧乏でも百枚程度は微々たるものだと言えるはずだ。普通なら。
「……悪い?」
その態度を見てビリーは地雷を踏んだことに気が付いた。
ここは取引の場だ。彼女にへそを曲げられては、将来の安全が確保できない。
「いや、別に悪くはないさ。じゃあそれは保証しよう」
「ではそれで。今後ともよろしくお願いします」
そう言って、年相応の笑顔で差し出してきたアリシアの手を、ビリーは苦笑しながら握った。
ともあれ、非常勤とはいえ、これで部隊に念願の魔法使いが生まれたのだ。それもおそらくは規格外の。彼は純粋にそれを喜んだ。
損耗率ゼロのミスター・アンク。それはすでに彼の重要なアイデンティティを形成していた。




