帰還
キャンプに戻って来たとき、学院生は集合用の天幕に集められているようで、宿泊用のテント群には使用人たちしかいないようだった。
こっそりと自分たちのテントへ入ったアリシアは、緊張を解いて深い息を吐いた。
「はぁ~、なんとか戻って来られたわね」
「ほとんど魔物もいませんでしたから、ただ歩いていただけですけど。どうぞお嬢様こちらへ」
そう言うとシャーリーがくつろげるタイプの椅子をどこからともなく取り出してテントの隅へと配置した。
「何それ?! そんなものどこから?」
「この首輪の機能です。フォーディーさんは、『くーかんかくちょー』がどうとか仰ってましたが、詳しいことは……」
どうやらそれは首に付けたチョーカーの機能で、収納系魔法のような効果があるらしい。
大きさは、半径が約2.71828メテルの球と同じ程度ということだった。
「ああ、空間拡張ね。だけど、何でそんな変な数字なの?」
「よく分かりませんが、フォーディーさんのお話では、それが『えねるぎー』とやらを最小にして自然に拡張できるサイズなのだそうです」
シャーリーはそう言いながら、小さなお茶会に使うようなテーブルを取り出して椅子の傍に置いた。
「ふーん。便利なのは確かだけど、もうちょっと大きいといいのにね」
「お嬢様のお世話をするには十分ですよ」
体積にすれば、約84.13立方メテルだ。テーブルセットや茶器や着替えを始めとして、食料まで含めても、一人分のお世話アイテムと自分の私物を収納しておく程度なら十分だといえた。
シャーリーは、一辺が4.38メテルの立方体だと考えれば分かりやすいと教えられていた。
ただ、この機能には続きがあった。
「これ、一体いつ淹れたの?」
そのお茶に口を付けたアリシアは、驚いたようにそう尋ねた。
「向こうを出る直前です」
「それで、お茶が熱いままだとか意味が分からない」
彼女が取り出したポットからカップに注いだ紅茶は、まだ熱かったのだ。まさに今淹れたばかりのように。
「向こうでも試してみましたが渋くもなりません。どうやら、収納した時のままのように思えます」
「不思議だけどシャーリーの魔法だと言い張れば、言い張れないこともないか」
きわめてレアだとはいえ、この世界にも収納系の魔法は存在している。時間が止まるなどというものは見たことがないが、見た目は収納魔法だ。言い張れないこともないだろう。
もっともこれが知られれば、シャーリーの引き抜きは増えそうだが。
「お嬢様もお持ちじゃないですか」
「まあね」
アリシアのゴーグルには、空間拡張ではないが似たような機能があった。
「でも収納できる種類の数には制限があるから」
同じ種類のものをスタックするタイプの収納系魔法に近いようで、容量は判らなかったが収納できる種類に十六という制限があった。
「フォーディーさんのお話だと、空間拡張内に、空間拡張を利用したアイテムは入れられないそうですが、お嬢様のものには入れられるそうですから、そちらの方が凄くありませんか?」
実は空間拡張には二つの種類がある。
一つは亜空間をそのまま利用するもので、もう一つはそれを通常空間として固定して利用するものだ。前者を空間拡張(亜空間)、後者を空間拡張(固定空間)と呼ぶ。
空間拡張(亜空間)は、生物や空間拡張を利用したアイテムを入れられないという制限があるが、その代わりに利用空間のプロパティを設定できる。
具体的には、時間の流れや大きさや温度などを変えられるのだ。
空間拡張(固定空間)はこの逆だ。
空間のプロパティはそれを利用している実空間に支配されるが、その代わり内部に入れられるものの種類に制限がない。
ただし、実空間がそのまま存在しているもの以外、つまりアリシアのゴーグルようなアイテムの場合は、セキュリティの制限上、生物を格納することは禁止されていた。
つまりシャーリーのチョーカーには亜空間版が、アリシアのゴーグルには固定空間版の空間拡張が施されていたのだ。
アリシアのゴーグルの機能は、空間拡張を利用したアイテムをシャーリーのチョーカーに収納できなかったため、フォーディーが急遽とりつけた機能のようだった。
そして十六枠の一つは、そのチョーカーに収納できなかったアイテムで埋まっていた。
テントのようなものだとフォーディーは言っていたが、そのアイテムには、移動拠点(偽装:馬車)というタイトルが付いていた。
「うーん……」
テントなのに移動? 馬車と言うからには見た目は馬車のようなものなのだろうが……
戻ってくるまでに一度出して確認しておけばよかったと彼女は後悔した。キャンプの近くで取り出して、それがとんでもないものだったりしたら困ったことになることは明らかだからだ。
それはともかく、確かに空間拡張を施したアイテムに物を詰め込んで、それを収納しておけるならシャーリーのチョーカーの上位互換と言えるかもしれない。
だが、出し入れに手間がかかるし、それ以前に空間拡張を施したアイテムなど、今のところ他にはないから意味は薄い。
フォーディーのコンテナ内にはそれを作ることのできる設備があるらしいが、まだ設置もされていない。
ゴーグルとチョーカーは、コンテナ内の通常空間に保存されていたものを流用したものだ。
「今のところは微妙だけどね」
フォーディーはこの機能を『セーフポケット』と呼んでいた。貴重品を入れておけと言うことだろう。
確かにここに入れておけば盗まれることはないだろう。仮にゴーグルを盗まれたとしても、アリシア以外には利用できないから取り出しようがない。
「お金を入れておくのに便利ってくらいかな」
「革袋で持ちきれないほどのお金がどこにあるんです?」
シャーリーが笑いながらそう言った。
「ぶー」
主人を揶揄うなどもっての外だが、子供のころから一緒にいた彼女たちの関係は今でもこんな感じだった。
しかしお金の問題は切実だ。
領地といえば、美しいが住民などほとんどいない場所だ。なんとか暮らしていくのが精一杯といった体だから、税の徴収だって最低限だ。とても送金は望めない。
現在の全財産は、何度数えたところで変わらない、銀貨が8枚と銅貨が4枚。学費を支払うあてなど、どこにもなかった。
「結構活躍したし、何か報償が貰えないかな?」
「貰えるかどうか定かでないものをあてにされるのもどうかと思いますよ」
「まあ、そうなんだけどさー」
残された道は、退学するか特待生になるかのどちらかだが、アリシアの成績はせいぜいが中の下だ。特待生は夢のまた夢と言っていいだろう。今までなら。
しかし彼女は祖父の遺産らしきものを手に入れた。
そのあまりの異常さに困惑していたアリシアに、フォーディーは「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかないものですよ」と嘯いた。
座学はいまさら頑張ったところで急に伸びたりはしないだろうが、魔法学院は実技偏重なところがある。次の試験でそれを活用すれば、もしかしたら特待生の審査に通る可能性だってゼロではないかもしれない。
問題は次の試験を受けられるかどうかなのだが……
「帰ったらいろいろと試してみないとね」
衛星とやらが出来上がるのは、おおよそ七十二時間後だと彼は言った。そうすればまた彼と話ができるはずだ。細かいことはそれから相談すればいいだろう。
なにしろ帰るまでに二週間はかかるのだ。
「さてと。それじゃあ隊長に報告に行きますか」
紅茶を二杯飲んで人心地付いたアリシアは、仕方がなさそうに立ち上がった。
どこまで真実を話すのかは難しいところだったが、フォーディーについてはすべてを隠した方がいいだろう。少なくともある程度拠点とやらが整備されるまでは。




